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前日譚 ~結末に至る為の悲劇~
合成獣の哀歌、少年の夢想
しおりを挟むレウカンセマムの姿をした彼女だけではなかった。いつの間にやらファートゥムの周りは人間ではなく、ホムンクルスたちであふれかえっていた。
昼間、町の中にホムンクルスの姿はほとんどなかった。それはファートゥムが王の館に入る前、宵の口でも同じだった。そしてつい先ほど、燃える王の館から飛び出してきた時も。
プリムラの気配を辿りファートゥムが町をさまよっている間、そのわずかな間に彼らは現れたのだ。まるで、何かに呼ばれたかのように。
ホムンクルスたちは黙々と、皆一様に同じ方向を目指して進んでいた。導かれるように、おびき寄せられるように。巣穴へ向かう蟻の行列のような彼らに混じりファートゥムも進む。
「なんかわかんねぇけど落ち着かないっつぅか、背中がぞわぞわするってぇか……」
ホムンクルスたちに囲まれ、そのなんとも言えない居心地の悪さにファートゥムは辟易する。右を見ても左を見ても、目に入るのは虚ろな抜け殻ばかり。
「やっぱ違う……」
隣を歩く姉と同じ姿のホムンクルスを見て、ファートゥムはつぶやいた。姿だけならば、プリムラよりも隣の彼女の方がよほど姉に近いというのに。
「違う」
それでもファートゥムにとって、隣を歩く彼女はやはり姉とはまったくの別物、別人で。隣の彼女に対して、ファートゥムは何も感じない。愛着も、懐古も。だからたとえば今ここで彼女を殺すことになっても、ファートゥムはためらうことなくできると思っていた。
「なんで……あいつとこいつら、何が違う?」
つらつらと考えながら歩いていたファートゥム。ふと違和感を覚え周りを見渡すと、いつの間にか周囲のホムンクルスたちの足が止まっていた。慌てて自分も足を止めるファートゥム。
たどり着いたのは、外の世界と町を隔てる壁のすぐそば――町はずれに建つ一軒の屋敷だった。
まるでファートゥムの到着を見計らったかのように大きな扉が開かれ、中から鉄人形を従えたソーリスが現れた。彼は屋敷の周りに集まったホムンクルスたちを一瞥し、一瞬だけ不快そうに顔をしかめた。しかしすぐにそれを微笑みに塗り替えると、ファートゥムに向かって優雅な礼を披露する。
「ようこそ、魔法使い様。お待ちしておりました」
「あいつは?」
「相も変わらずつれないお方ですね。心配には及びません。まだ、何もしていませんから」
くつくつと笑うソーリス。そのいちいち人の神経を逆なでする彼の態度に、単純なファートゥムはこちらもまたいちいち苛立ちを返していた。
「さて、邪魔が入ると面倒ですし……どうぞ」
くるりと背を向けると、ソーリスは先導するように屋敷の中へと消えていった。仕方なしに後を追うファートゥム。けれど扉の手前、屋敷に入る直前で彼は立ち止まると振り返った。
「お前らは来ないのか?」
返ってきたのは沈黙。ホムンクルスたちは声どころか、視線さえファートゥムに返さない。彼らの双眸、虚ろな硝子玉はただ一点――地面の下、屋敷の地下部分へと吸い込まれていた。
反応を示さないホムンクルスたちを見限ると、ファートゥムは真っ暗な屋敷へと足を踏み入れる。すると入ってすぐ、玄広間の中ほどに燭台を持ったソーリスが立っていた。
「あなたの大切なお姫様はこの先です。というわけで、道すがらお話しませんか?」
「……トリス。ヤツの居場所を教えろ」
王の館とは異なり、屋敷の中は町同様魔素が薄かった。いずれここにも魔素は満ちるとはいえ、今の濃度ではまだ力でねじ伏せるという選択肢を選ぶことままならず……ファートゥムは渋々といったていでソーリスのお喋りに付き合うこととなった。
「あなたがトリスを追うのは、やはり持ち去られたレウカンセマムの賢者の石が目的ですか?」
「俺の目的なんてどうでもいいだろ。それよりあの女、どこにいるんだよ」
「魔法使い様。欲しいものがあるのでしたら、それ相応の対価を支払っていただかないと」
「…………そうだ。で、やつはどこにいる」
まるで破落戸のようなファートゥムに、ソーリスはくすくすと瞳を細める。
「どうもそれだけではなさそうですねぇ。会ったことはないと仰っていましたが……本当に?」
見透かすようなソーリスの視線は、そもそも会話というものに不慣れなファートゥムをより落ち着かなくさせた。
ファートゥムは記憶転移の一族、その最後の一人。彼らの一族は、訳あって他の魔法使いたちから忌避されていた。そのせいで他人とたわいない会話をするような関係を構築してこられなかったファートゥムは、見ず知らずの相手との何気ない言葉のやり取りというものが苦手だった。
「ねぇよ。トリスは同じ一族ではあっても、俺は直接会ったことねぇし。ただ、あいつのことを知らない魔法使いはいないってだけだ」
地下へと降りる階段を進む二人と一体。階段を抜けると、そこは――
「発魔機は一台だけじゃなかったのか」
屋敷部分と違い、白い光が通路を照らしていた。不思議な材質の白い壁に蛍光灯、それはまるで、つい先ほど侵入した王の館の地下部分とそっくりで……
「からくり王子の呼び名はただの飾りではないので。ちなみにこの地下の部分も王の館の地下と同じ、遺跡の一部なんですけど……そんなこと、もうお気づきですよね」
「御託はいい。さっさとトリスの居場所とあいつを返せよ」
「もっと会話を楽しみましょうよ、魔法使い様。それであなたとトリスとの間には、いったいどんな因縁がおありなのですか?」
苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだファートゥム。と、そこでソーリスの歩みが止まった。
「残念、到着です」
そこには人間が出入りするには、少しばかり大きすぎる扉があった。
ぶ厚い鉄の扉に取り付けられた取っ手の位置からして、この扉は明らかに人間用ではなく……人間より大きい、たとえば鉄人形のためのような。
「イニティウム、開けて」
ソーリスの命令で鉄人形が重い扉を開けていく。
「鉄人形に名前?」
怪訝な顔でつぶやいたファートゥムに、ソーリスは何かを含んだような笑みを向けた。
「おかしいですか? 言ったでしょう、これは特別製だって」
扉が開かれ、眼前に広がった光景にファートゥムの顔が険しさを増していく。
「こんなとこでも作ってやがったのか」
部屋の中に並べられていたのは、薄黄色の液体で満たされたいくつもの大きな丸底フラスコや円筒状のガラス管。それらには細いものから太いものまで様々な管が繋げられていて、羽虫の羽ばたきのような機械音が常に発せられていた。
「僕も作ってみたんです。すごいでしょう!」
無邪気な顔で自慢するソーリス。そんな彼の後ろ、ガラス管の中にはいくつもの人影が揺らめいていた。おもちゃで遊ぶ子供のようなソーリスの瞳と、何も映していない虚ろな彼らの瞳。その不調和なさまに、ファートゥムの背筋を悪寒が走った。
「お前……これ、なんのホムンクルスだよ!!」
虚ろな瞳、そしてその反対側には禍々しい魔力を放つ貴石の瞳。それは後の世で略奪者と呼ばれることになる合成獣たちだった。
「魔法使いのホムンクルスに石人の瞳を入れてみたんです。石人の瞳って面白いんですよ! 彼らの中にある時はまあいわゆる魔臓みたいなものなんですけど、取り出すとすごいんです。途端に魔力が跳ね上がる! じゃあそれを魔臓を持つホムンクルスに移植したらどうなるか……試したくなるじゃないですか!!」
金の瞳を輝かせ、興奮気味に滔々と語るソーリス。
「最初はね、人間にも入れてみたんです。でも、人間はだめでした。元々の魔素の許容量がとても小さいから、すぐ魔素中毒になってしまう。埋め込んだ石の瞳がきちんと動作すればそれも解決できるんですけど……彼らの瞳は取り出した途端、呪いのようなものが発動してしまうんですよね」
ちょこんと小首をかしげるソーリス。その仕草や口調から一切の罪悪感が感じられないことに、ファートゥムはこの目の前の少年を心底恐ろしいと思った。
ファートゥムもたくさんの人間を殺してきた。自分の身を守るため、目的を果たすため、復讐のため……もちろんそれが正しいとも、ソーリスの行いよりも上等だとも、そんなことはファートゥムも思っていない。殺しは殺し、しょせんファートゥムもソーリスも、人を殺したという事実は変わらない。
けれど、それでもやはり、ファートゥムはソーリスの在り方を恐ろしいと思った。
「だったら魔臓を持っているホムンクルスなら! それをたくさん作って野に放てば!! そうしたらこのあたりの魔素は彼らに吸収され、僕たち人間も外の世界へ出ていけるんじゃないかなって思ったんです。それにこいつらが死んだら石も回収できるし、なかなかに魅力的だと思いませんか?」
「……外の世界。それがお前の目的だったのか」
「ええ。僕はもっと色々なものが見てみたい! 外の世界には海という水の張られたとても広い場所があって、それを超えた先には僕らとはまた違う人間が住む国があるそうです。きっとそこには僕の知らない色々な知識があって……ふふ、それを想像すると、僕はもう居ても立っても居られなくなってしまう」
夢を語るソーリス。そこには悪意などかけらもなく、それが余計にソーリスを異質なものとファートゥムに認識させていた。
「そんなうまくいくかよ。外に放ったこいつらに襲われるとかは考えなかったのか?」
「だって、ホムンクルスですよ。疑似魂に『人間への攻撃は禁止』って書き込むに決まってるじゃないですか。今まで何体か作りましたけど、みんな僕には攻撃しませんでしたよ。それに僕には、イニティウムがいますから」
ホムンクルスが自らの意思を持つなどまったく想像していないのか、自らの技術によほどの自信があるのか……ソーリスは鉄人形を撫でながら、さもおかしいと言わんばかりに笑った。
「もういい。ここまで付き合ったんだ、いい加減トリスの居場所を教えろ。それとあいつを返せ」
「なぜ、あのホムンクルスに執着するのですか? あれよりも素体に似ているものなら、他にいくらでもいるというのに」
「いいだろ! いいから教えろ、返せ!!」
聞かれたところで、ファートゥム自身にさえわかっていないのだから答えようもない。誤魔化すように怒鳴ると、ファートゥムはソーリスから目を逸らした。
「怒りっぽいですね、魔法使い様は。ではまず、トリスの居場所から教えて差し上げましょうか」
肩をすくめ、やれやれとばかりにため息をつくとソーリスは一言――「石人の森」と言った。
石人の森。辺境に位置する、石人たちが住む森。石人とは、左右どちらかの瞳に貴石を宿し生まれてくる妖精族。彼らは月の光に含まれる魔素ときれいな水、その二つを糧に生きる種族。当然、魔素の濃いこの地でも生きていける。いや、むしろ魔素がないと生きていけない種族だ。
「捕まえた石人から聞いたんです。森に住み着いてる魔女がいるって」
「その石人は?」
「残念。もう使ってしまいました」
くすくす、くすくす。ソーリスは笑う。
「何がおかしい」
「いえね、少々思い出してしまいまして」
ソーリスは蘇芳色の髪を揺蕩わせる人造石人が入っているガラス管の前に立つと、付き従う鉄人形に手を添えた。
「その使ってしまった石人なんですけどね、彼、半身を求めてここまでやって来たそうです。でもその半身というのがコレ、ここにいるコレだなんて言うんですよ」
くすくす、くすくす。ガラス管の中で揺蕩う蘇芳色の人造石人を見上げ、ソーリスは笑う。
「自分の意志なんてないコレが半身だなんて……石人というのは、本当に面白い」
「石人のことはどうでもいい。さっさとあいつを返せ」
終わらないソーリスのおしゃべりに痺れを切らし、ファートゥムは話を強引に戻した。トリスの居場所も判明し、あとはプリムラさえ戻ってくればファートゥムにとってソーリスなどもう用はない。
「ねえ、魔法使い様。あなたはあのホムンクルスに、いったいどんな疑似魂を入れたんですか?」
問いに無言を返すファートゥム。つかの間の沈黙。するとソーリスはすぐに諦め、ガラス管とフラスコの森を歩きだした。先ほどのガラス管から三つ進んだところ、そこにプリムラはいた。
「お前、こいつに何をした!」
ガラス管の中、プリムラが胎児のように丸まって眠っていた。
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