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前日譚 ~結末に至る為の悲劇~
代償の町、からくりの王子
しおりを挟むホムンクルス――
魂を持たない疑似人間。フラスコから生みだされる家畜。搾取されるためだけに生み出されたモノ。
いくつもの砕けたフラスコ、その周りには放り出されたホムンクルスたちが転がっていた。炎に舐められガラスの雨を受け、それでも彼らは声一つあげずピクリとも動かない。
そんな一種異様で異臭漂う部屋の中、それは生まれた。
「ここ、は?」
白菫色の長い濡れ髪を頬や華奢な体に貼り付け、翡翠色の大きな瞳でファートゥムを見つめる一糸まとわぬ少女。刹那、ファートゥムの脳裏を駆け抜けたのは、懐かしく愛しい面影。
『ファートゥムだけは、どんな手段を使っても私が必ず守るから』
姉よりはだいぶ幼いが、まるで生き写しのような目の前の少女の姿がファートゥムの胸を締め付ける。青みがかった金剛石をかたく握りしめ、ファートゥムは少女を凝視した。
「ホムンクルス……。まだ疑似魂を入れられてなかったはずなのに、なんで」
ホムンクルスは魂を持たない、人為的に生み出された肉の器。フラスコから産み落とされた後、疑似魂という命令を組み込まれ初めて動き出す。
「ホムンクルス……わたしはホムンクルス、型式HLE063」
まっすぐファートゥムを見つめ答えた少女。戸惑うファートゥムとの間にしばしの沈黙がおりる。
「わたしは、どうすれば?」
「そんなの……俺が知るわけないだろ! なんか知らねぇけどお前にはもう魂が入ってるみたいだし、だったらその命令に従えよ。俺の知ったこっちゃねぇ」
「わかった」
ファートゥムは少女を突き放すと歩き出した。一方、少女はファートゥムの後を追うように歩き出した。
燃え盛る部屋を無言で歩く二人。カツカツ、ぺたぺたぺた、カツカツ、ぺたぺたぺた――
「なんで俺についてくんだよ!!」
「命令、従えって言った。どんな手段を使ってもあなたを守る。これがわたしの存在意義」
「な……んだよ、それ! お前みたいななんの力もないホムンクルスが、どうやって魔法使いの俺を守るんだよ!!」
そこへ上の階から、新たな鉄人形と錬金術師たちがなだれ込んできた。殺気だった人間たちを前に、ファートゥムは少女に感じた苛立ちをぶつけるように彼らへと凶悪な笑みを贈る。
「お前のことはとりあえず後だ」
少女を見もせずそれだけ告げると、ファートゥムは錬金術師たちを挑発し始めた。
「さて、飛んで火に入るクソ虫ども。俺の仕掛けた罠をかいくぐって、よくここまでたどり着けたじゃねぇか。ちょっとだけ褒めてやるよ。ま、どのみち後で探しだして、王族は全員消すつもりだったけどな」
ファートゥムの煽り文句で錬金術師たちの額に次々と青筋が浮かび上がる。
「ふざけるな! 貴様、ここがどれだけ重要な施設だったのかわかってて――」
「当然。ただその重要ってのは、おまえら人間にとってだけ、だろ」
床に落ちていた赤い石を拾い上げると、ファートゥムは表情を消して一言。
「賢者の石」
一番手前にいた青年の眉がぴくりと反応する。
「……の、模倣品。これ、魔法使いを素体に使ったホムンクルスの魔臓、だろ?」
「お前、何者だ? なぜここの事やそれを知っている。それは我ら一族しか知らぬはず」
「ん~、教えてやってもいいけどぉ……でもどうせお前ら今から死ぬし、時間の無駄だからやっぱ却下な」
言い終わると同時に、ファートゥムは鉄人形たちの額を炎の弾丸でいっぺんに撃ち抜いた。頭部を炎に貫かれ、呆気なく倒れる鉄人形たち。
「一撃、だと!?」
「鉄人形の弱点は頭部に埋め込まれてる模倣賢者の石。正解、だろ?」
驚愕に固まった錬金術師たちを、ファートゥムは有無を言わさず火柱へと変えていった。とっさに防御をした者もいたが、しょせんは人間。生粋の魔法使いの前ではまったくの無力だった。
「さっきのも合わせて、これで全部か? ……いや、足りないな。確かあと一人、王子がいたはず」
懐から取り出した覚え書きを確認しながら、ファートゥムは火の海の中でのんびりとつぶやく。
ファートゥムがこのコロナへやって来た理由は三つ。一番の理由はもちろん、姉を取り返すため。二番目の理由は、姉以外の魔法使いたちも回収すること。ここまでは完全とは言えないが、いちおう達成した。
そして三番目の理由――それは、この町の機能を停止させること。
コロナはテオフラストゥスによって目覚めさせられた時代錯誤遺物。
人間たちは彼から快適な生活を維持するのに必要な知識を授けられ、それをただ教えられたとおりに実行してきた。町の温度を一定に保つ空調設備、夜の闇を打ち払う照明設備、浄化された水を町の隅々にまで届ける水道設備、それら様々な設備の動かし方や保守点検の方法……そしてそれらすべてを動かすための、動力源の作り方。
ただしこの動力の作り方だけは少し特殊で、魔術の扱える者にしか出来ない作業だった。だから、魔術師だった王家の始祖がこの役割を担った。そんな町の動力源の正体、それは――
ホムンクルス
正しくは、限界まで魔素を取り込み石となったホムンクルスの魔臓。賢者の石の模倣品。魔道具の核となる動力源。
この町は古の人々が造り出した、命の成れの果てを食らう巨大な魔道具だった。
「こんな胸糞悪いもん、全部燃えちまえばいいんだ。俺たちもホムンクルスも、人間どもの便利な道具じゃ――」
「ねえ」
ファートゥムの独り言を遮ったのは少女の声。彼女は物陰から出てくるとファートゥムのすぐそばまで来て、彼と同じ翡翠色の瞳で問いかけた。
「わたしも、廃棄するの?」
恐れも怒りもない、ただ純粋な疑問をぶつけてくる少女。その無垢な眼差しに、宿す姉の面影に、声に……ファートゥムの中の弱い部分がちくちくと痛みを訴える。
「場合によったらな! でもどうせお前らホムンクルスなんて、ほっといても六年足らずで寿命だろ」
「そう、だね。わたしは魔法使いレウカンセマムを素体とした、愛玩用量産型ホムンクルス。耐用年数は六年、魔臓に対する現在の魔素の蓄積量は……」
少女の口から出た名前にファートゥムの顔が盛大にしかめられた。
「レウカンセマムって……その見た目、やっぱりお前の素体は姉さんだったのか。で、愛玩用? あのクソ錬金術師どもが!」
怒りと嫌悪をにじませ、ファートゥムは床の焦げ跡を睨みつけた。けれどそこで彼は我に返ると、改めて目の前の少女を見下ろした。
「でも、なんでただのホムンクルスのお前がそんなことを知ってるんだ?」
「知らない。知らないけど、知ってる。記録を引き継いだから」
「そんな……それじゃまるで」
――記憶転移の一族の固有魔法じゃないか!
自分は持つことの叶わなかった固有魔法を、姉のホムンクルスが持っていた。それはファートゥムの自尊心をひどく傷つけると同時に、姉が生きた証が残ったようでもあり、彼をなんとも言えない気持ちにさせた。
「わかった。お前は殺さない」
「いいの?」
「その代わり連れていく」
「わかった」
ファートゥムはそのまま黙り込むと、自分が着ていた外套を脱いで少女に渡した。少女はそれを受け取ると、こちらもやはり無言でそれを身に着けた。
「お前、名前は?」
「ない。型式なら」
「そりゃそっか、ホムンクルスだもんな。じゃあそうだな……プリムラ。お前、今からプリムラな」
「プリムラ……。わかった」
仏頂面の凶悪な魔法使いの少年とぶかぶかの外套を着たホムンクルスの少女。かつては姉の後を追いかけていた少年と、そんな少年の手をひいていた少女の現在の姿。逆転してしまった現在に、ファートゥムの心をほろ苦い郷愁が侵食する。
現在のファートゥムがあるのはすべて姉――レウカンセマム――がいてくれたから。彼女は固有魔法を持っていなかったファートゥムに己の持っている知識を分け与え、魔法使いとして鍛え、物心つく前にいなくなってしまった両親の代わりに愛を注いだ。
コロナのことも鉄人形の弱点も、トリスとテオフラストゥスのこともホムンクルスのことも、なぜ人間がコロナに引きこもらなければならなくなったのかも……全部全部、レウカンセマムは知っていた。ファートゥムは寝物語に彼女から聞かされたそれらを覚えていただけ。
「ねえ、あなたのことはなんて呼べばいい?」
それまで黙ってファートゥムの後をついてきていたプリムラが唐突に口を開いた。
「あ? そういやまだ名乗ってなかったか。俺はファートゥム……って別にわざわざ聞かなくても、お前の中の記録にあっただろ」
「名前は知ってた。でも、なんて呼べばいいかわからなかった」
「なんだそりゃ。ファートゥムでいいよ」
「わかった」
そんな何気ない会話の中で、ふとプリムラに目をやったファートゥムの視界に飛び込んできたのは鮮やかな赤。
「お前、なんで言わないんだよ!!」
「何を?」
「足! 血が出てるだろ、バカ!!」
「……出てるけど、何か問題?」
ファートゥムは肩を落とすと盛大にため息をつき――
「な!?」
プリムラを肩に担ぎあげた。
「暴れるなよ。こっちの方がお前に合わせて歩かなくて済むし、無駄がない」
「わかった」
「あと! その姿で血を流されるのは、俺の精神衛生上よろしくない。わかったら今後、その体は大切に扱え」
「……わかった」
ファートゥムは歩きながらプリムラの足の裏を水魔法できれいに洗い流した。そして上階から次々と押し寄せてくる人間や鉄人形を片手間に排除しつつ、彼女の足裏に刺さっていた異物を丁寧に取り除。そして最後はその辺から調達した布の切れ端で小さな足を包み込み、そこでようやく彼女を肩から下ろした。
「さて、と。ようやく着いたな」
ホムンクルスたちの生まれる場所よりさらに深く、幾重もの障壁を突き破った地の底。突き当りの薄暗がりに見えるのは、こじんまりとした堅牢な鉄の扉と――
「やはり量産型鉄人形や兄上たち程度では止められませんでしたね」
鉄人形と、一つの小さな影。
「お前が魔法使いトリスの再来とか言われてる、からくり王子ソーリス……」
「絶滅危惧種の魔法使い様に知っていてもらえていたとは光栄。さて、あなたのことはなんとお呼びすれば?」
「死ぬやつに名乗ってもしょうがねぇだろ。俺のことは魔法使いでいいよ」
「つれないですね。せっかくですし、歴史に名を残してあげようと思ったのに」
肩上で切り揃えられた蘇芳色の髪をさらりと揺らし、金の瞳を三日月にしてくすくすと笑うソーリス。そのやけに余裕のある態度に、ファートゥムは妙な胸騒ぎと居心地の悪さを覚えた。
「今から死ぬやつがどうやって俺の名前を歴史に残すんだよ。さ、お喋りはおしまいだ。トリスとテオフラストゥスの残した余計なもん、全部消させてもらう」
「あはは、怖い怖い。ねえ、魔法使い様。では、これより死にゆく哀れな少年の最後のお願い、ちょっとだけ聞いてはもらえませんか?」
「断る。俺になんの見返りもないお前の願いなんざ却下だ」
「本当につれないなぁ。じゃあ、続きは遊びながらお喋りしましょうか」
ソーリスがぱちんと指を鳴らすと直後、それまで微動だにしなかった鉄人形がファートゥムめがけて動き出した。鈍重そうな見た目とは裏腹に、鉄人形は機敏な動きでファートゥムに迫る。
「邪魔だ、下がってろ!!」
ファートゥムはプリムラを後ろに突き飛ばすと、すぐさま鉄人形に炎を放った。けれど先ほどまでの鉄人形たちとは違い、目の前のデカブツは倒れるどころか傷一つつかない。
「無駄ですよ、魔法使い様。そいつは特別製。量産型と違って、そんなもんじゃこいつは壊せない」
狭い廊下で背後にはプリムラ、目の前には鉄人形。目指す場所はすぐそこだというのに、二進も三進もいかないもどかしさにファートゥムは歯噛みする。けれど彼はすぐに切り替えると、炎が効かないならと今度は氷で鉄人形の動きを止めた。そして返す刀でソーリスに向けて炎の槍を放つ。
「だから無駄ですって、魔法使い様」
微笑むソーリスの目の前で、炎はあっけなく霧散した。氷にとらわれていた鉄人形が自らの片腕を引きちぎって、ソーリスに迫る炎の槍に投げつけ相殺したのだ。
「ね、少しお話ししませんか? 僕はね、答え合わせがしたいだけなんです」
ソーリスの言葉に、ファートゥムの眉間が深いしわを刻む。そうこうしているうちに鉄人形は氷のくびきから逃れ、ソーリスを守るように再びファートゥムの前に立ちふさがった。
「表向き僕らをここへ導いたのは、救世の錬金術師テオフラストゥス。でも本当に僕たちをここへ導いたのは……魔法使いトリス・メギストス、でしょう?」
「それを知ってどうする? どうせ死ぬんなら意味なくないか?」
ファートゥムの問いに、ソーリスは楽しくて仕方ないという笑みを返した。
「好奇心ってやつですよ。自分の出した答えが合っているのか、ただそれが知りたいだけ。僕はこんな町も人間も、別にどうなったって構いやしないんです」
「ひどい王子様だな。とても民の上に立つ者の言葉とは思えない」
ファートゥムの皮肉にもソーリスは微笑みを返すだけ。
「民の上に立つだなんて。訂正させていただきますが、僕らは民の奴隷ですよ。何もしないあいつらのためにせっせとホムンクルスを作って、町を維持し、外の世界を人が住めるように浄化している。まあ、秘密に触れられる特権があるというのはありがたいんですけどね」
「…………おまえ、どこまで知ってるんだ?」
ファートゥムから表情が抜け、昏い瞳がソーリスを射抜いた。
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