運命の女神は円環を断ち切る 〜死に戻り令嬢は恋も命も諦めない!〜

貴様二太郎

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 Ⅵ.時の翁は大鎌で刈り取る

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 マイエスタの月五月十八日。
 王女から舞踏会の招待状が送られてきた。けど、こんな面倒くせーもん行くわけねぇ。その日、出勤だし。
 そう思うのに、なんかが引っかかってた。ユーノーの月六月二日――この日、俺はなんかしなきゃいけなかったような気がする。でも、そのなんかが全くわかんねぇ。

 翌日、職場に行くといきなりクソ師匠に捕まった。

「おい、クソガキ。おまえのところにも招待状来ただろ。どうするんだ?」
「行くわけねーじゃねぇですか。作戦決行日に、何が楽しくてそんなもん行かなきゃなんないんですか」
「おまえ正気か? うちのモルタちゃん一人で行かせようなんて。おまえはそのときその場にいればいいんだから舞踏会経由でも構わん」
「……モルタ?」

 誰だ、それ。

「まさか、おまえもうラウェルナ様に……」
「いやいや、ラウェルナに取り込まれてなんかねぇし。どう見ても正気でしょうが」
「いや、どう見てもおかしいぞ」

 クソ師匠が気持ち悪いもんでも見るような目で見てくる。なんだってんだよ、意味わかんねぇ。

「サートゥルヌス。隙あらばサボろうとする不真面目極まりないおまえが、何故ここまでに必死にラウェルナ様に関する調査をしてたか、その理由言えるか?」

 改めて聞かれると、確かになんで昨日まであんなに必死に調べてたのかわからなかった。何か……誰か? とにかく、自分以外の何かのためにしてたような気がする。

「気持ち悪いほどうちのモルタちゃんに執着してたおまえがなぁ……。ま、これもいい機会か。うちのモルタちゃんには、もっとまともで真面目ないい男の方がふさわしいしな」

 翌日。クソ師匠が知らない女の子を連れてきた。どうやらこの子がクソ師匠の娘で、俺の婚約者らしい。

「初めまして。あなたが私の婚約者で、団長の娘さんのモルタ様、ですか?」
「はい。初めまして……ではないけれど、あなたにとっては『初めまして』なのよね」
「……申し訳ありません」

 さらさらの薔薇色ローズピンクの髪に金糸雀色カナリーイエローの大きな目。見た目は文句なしの美少女。美女っていうより美少女。
 俺、いつの間にこんな子と婚約してたんだ? ていうか、なんで? たとえ美少女だとしても、全く知らない相手となんかするか?
 それに俺は平民で、爵位ったって一代限りのやつだから政略とかそういうのねぇし。そんな俺がなんで知らない女の子と婚約なんてしたんだろ。昨日までの俺に聞きてぇ。

「わかりました。では、婚約解消しましょう」
「……え?」

 目の前の女の子は一瞬だけ泣きそうな顔をしたあと、ふわっとした笑みを浮かべて「婚約解消」を提案してきた。瞬間、胸に鈍い痛みが走る。

「モルタはそれでいいのか?」
「はい。エトルリア様、手続きの書類などは後日お送りいたします。お父様、よろしくお願いします」
「わかった。で、サートゥルヌスもそれでいいんだな?」
「え、いや…………はい」

 彼女の口から出た「エトルリア様」って他人行儀な、一線引かれた呼びかけに泣きそうになった。知らねぇのに、なんにもわかんねぇのに、苦しくてたまらなかった。

「それでは、お元気で」

 さようならって、永遠の別れを告げられたような気がした。
 やだ! ダメだ、逝かないで‼
 気がついたときには、ソファから立ち上がって踵を返した彼女の手首を掴んでた。

「も、申し訳ありません! 俺、なにやってんだろ」

 俺の手で余裕で掴める細い手首、温かくて柔らかい肌、とくとくと命を刻む脈動。全てが愛おしくて、何故かもう二度と失いたくないって思った。

「お気になさらないで。では」

 そう言って笑った彼女は、今にも消えてしまいそうな気がして怖かった。


 ※ ※ ※ ※


 ユーノーの月六月二日。
 俺はいまだ、婚約解消の書類に手を付けることができないでいた。それらを机の引き出しに押し込んで、魔術師団の制服に着替える。

 この二週間、ずっとモルタ嬢のことを考えてた。どうやら俺は彼女のことだけ、切り取られたみたいにきれいさっぱり忘れちまったらしい。
 俺は、彼女とどんな会話をしてたんだろう。俺は、彼女とどんな風に触れ合ってたんだろう。俺は……だめだ、考えれば考えるほど思い出せないことがムカつく。
 今日は失敗できない作戦の日。とりあえず、今は王女の方に集中しねぇと。

 王女の件――ここ半年ほど、騎士団と魔術師団で調査していた件。
 始まりは半年前。生死の境をさまよったあと、目覚めた王女の人格が別人のものになっていた。しかも彼女には、女神ラウェルナの加護が与えられていた。
 女神の恩寵を受けた王女はまさにやりたい放題。気に入った男を見つければラウェルナの力で心を盗み虜にし、苦言を呈する者には盗んできた病や穢れを与えて動けないようにした。
 ただ、王女の中に入りこんだやつの魔術の素養が低かったおかげで、俺たち魔術師ならばそれらの術に抵抗することができた。もちろん、女神本人がご登場なんてことになったらおしまいだけど。

 だが俺たち魔術師団だってこの半年、ただ指をくわえて見てたわけじゃない。王女に入りこんだ魂を引き剥がすための術を用意し、それを決行するための場の準備を整えていた。
 舞踏会が開催されるホールのみ結界に穴を作り、一時的に魔術を使えるようにしておく。そこに招待客として魔術師団と騎士団のやつらを紛れ込ませる。
 そして作戦の要となる俺は、王女の護衛として会場に入る。

「モルタ・パルカエ! あんたとサートゥルヌスの婚約、今ここで破棄よ、破棄。あと、たかが男爵令嬢の分際であたしに嫌がらせした罪で死刑にするから」

 始まってすぐ、王女の得意げな声がホールに響いた。

「殿下、私とサートゥルヌス・エトルリア様との婚約ですが、現在解消のための手続き中でございます」
「……え、マジで?」

 王女と対峙して負けじと言い返しているのはモルタ嬢。その隣にはクソ師匠がいた。その光景に、なんかモヤモヤしたものが湧き上がってくる。

「それと、嫌がらせした罪で死罪とはどういうことなのでしょうか。私にはそのようなことをした覚えはございませんし、裁判もなしに殿下の一存で私を罰するなどという理不尽には断固抗議させていただきます」
「え、ちょっ、え……」
「殿下、さすがに今の発言は看過できません。パルカエ男爵家としても、然るべきところにて訴えさせていただきます」

 モルタ嬢の隣に俺じゃない誰かが立ってる。一緒に戦ってる。それが、無性にいやだった。クソ師匠は父親だからまだギリ許せてるけど、もしあそこに立ってるのが他の男だったら……
 そこまで考えて、俺は自分がわからなくなっていた。知らねぇのに、わかんねぇのに、それでも湧き上がってくるこの気持ちはなんなんだろう。彼女を、モルタを誰にも取られたくないって思う気持ちは、いったいどこから湧いてくるんだろう。
 
「うるせぇんだよ! モブはモブらしく黙って背景やってろ! ヒドインもさっさと死ねよ‼」

 王女の金切り声で思考が中断された。
 たく、仕方ねぇな。そろそろ始めるか。

「殿下、お待たせいたしました」
「サートゥルヌスぅ!」

 媚びるなくっつくなこっち見んな。

「……トゥルス」

 囁き声だったけど、はっきりと聞こえた。エトルリア様なんて他人行儀な呼び方じゃなくて、思わずもれたって感じの、素の呼び方。
 泣きそうな顔で俺のこと見てるモルタに、俺だけに囚われてるモルタに、心の奥底から仄暗い喜びが湧き上がってくる。
 でも、そんな喜びは一瞬で終わった。クソ師匠、モルタにベタベタ触んじゃねぇ! くそっ、なんでそこにいるのが俺じゃねぇんだ。

「サートゥルヌスぅ、モルタがあたしのこといじめるのぉ」
「お辛かったですね、殿下」
「サートゥルヌスぅ。怖かったぁ」

 どさくさに紛れて抱き着こうとしてくる王女の肩を押し返し距離を取る。本当に早くなんとかしてぇ、コイツ。

「ひどいの! モルタってね、すっごい意地悪なんだよ。あたしのことバカにして悪口言ってきたり、階段から突き落としたり、サートゥルヌスと引き離そうとしたり」
「殿下。私はそのようなこと何一つしておりません」
「黙れブス! 証人だってちゃんといるんだよ」

 そして始まったのは、あり得ないほど馬鹿げた茶番劇だった。

「サートゥルヌスぅ。サートゥルヌスもあのブスになんか言ってやってよぉ」

 モルタのどこがブスなんだよ! テメェの目と心が腐ってるだけだろが。
 モルタを見ると、彼女も俺を見つめていた。それだけ。たったそれだけのことで、俺の脳内にはアホみたいに花が咲き乱れていく。
 あー、もういいや。どんなに考えたって、こんなのどうにもならないだろ。

「モルタ・パルカエ男爵令嬢」

 モルタの前にひざまずき、彼女の目をまっすぐ見上げた。
 なんか後ろがキーキーうるせぇけど、無視だ無視。魔術師団と騎士団のやつら、そいつこっちに来させんなよ。

「モルタ……全部忘れちゃって、ごめん。なんにも思い出せなくて、ごめん」

 あれからずっと考えてたんだ。なんで俺、モルタのこと忘れちゃったのかって。色々考えて、そんでわかったんだ。

「憶えてないけど、でも、ダメなんだ。俺、モルタを失いたくない! もう二度と、失いたくないんだ‼」

 俺の記憶の欠落は、ヤーヌス神の巻き戻りの術を使ったからだって。命と記憶を代償に発動させる禁術。俺は、それを使ったんだ。
 憶えてないけどわかる。俺はモルタを死なせてしまったんだ。そのたびにこの気持ちを味わって、諦めきれなくて、何度モルタを殺しても、また禁術を使った。

「忘れてしまったのなら、もう一度積み上げればいい。思い出せないのなら、新しい思い出を作ればいい」

 モルタはしゃがみ込むと、泣いている子どもをあやすかのように俺の頬に手を添えた。
 やっぱりダメだ。俺、モルタがいい。モルタ以外いらない。だから――

「モルタ。もう一度俺と、恋をしてください!」
「トゥルス。もう一度私と、恋をしてくれる?」

 重なった言葉に、重なった想いに、俺たちは手を重ねて笑った。

「ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなーーーー‼」

 うっせぇなぁ、王女様御乱心かよ。せっかくいい気分だったってのに……って、いけね。そうだ、コイツなんとかすんのが今日の仕事だったわ。

「死ね、クソブス!」
「モルタ‼」

 庇おうとしたら、反対にモルタが俺を庇うように覆いかぶさってきた。直後、モルタの胸のペンダントが反射の術を展開した。
 汚ねぇ叫び声をあげて王女が転がる。と同時に、王女の姿に別の女の姿が重なった。

「クソガキ、今だ!」
「了解、クソ師匠!」

 用意しておいた魔法陣を刻み込んだ特製粘土人形を床に放り投げ、空中に素早く魔法陣を書き出す。
 
「死の神オルクスよ! 肉を失いし迷える魂をあるべき場所へ導きたまえ‼ 続いて忘れられし神プロメーテウスよ! この土人形に迷える魂を宿らせたまえ‼」
「やだ、やだぁぁぁぁぁ!」

 力の使い過ぎで王女の器からはみ出した悪霊女を捕まえ、そのまま粘土人形へと封じる。魂を得た人形は瞬く間にその魂本来の姿へと形を変え……

「魔術師団、対象を確保」

 粘土人形が復元したのは、白髪まじりの黒髪の太った中年女だった。
 こんないい年した女が十三の子どもの体に入って好き勝手やってたのかと思うと反吐が出る。消えるまでの七日間、その元の醜い自分と向き合って後悔してろ。


 ※ ※ ※ ※


 ユーノーの月六月二十日。
 純白のドレスに身を包み、クソ師匠に手を引かれたモルタがやって来た。今日、俺はようやくモルタを手に入れる。

「その健やかなるときも、病めるときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを女神ユーノーに誓いますか?」

 神官の言葉に俺たちは声を揃えて答えた。

「何度死が二人を分かったとしても、愛し、慈しみ、貞節を守ることをここに誓います!」

 何度だって、俺はモルタを諦めない。
 そして何度だって、俺はきっとモルタに恋をする。
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