運命の女神は円環を断ち切る 〜死に戻り令嬢は恋も命も諦めない!〜

貴様二太郎

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 Ⅴ.時の翁は大鎌を振るう

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「サートゥルヌス、大事な話があるの。これから少し時間取れる?」
「もちろん! モルタのためなら時間なんていくらでも作るよ」

 あのクソ女との苦行が終わった途端、モルタが急に人気のないところに行きたいって言いだした。もしかして、とうとうなのか⁉ とうとう大人の階段上っちまうのか!
 あー、くそ。今からじゃ高級ホテルなんて間に合わねぇ。なんてこった。仕方ねぇけど、ここは俺の部屋しかねぇな。昨日片づけといてよかった!

「防音の結界もばっちりだから思う存分声出しても大丈夫だからね」

 この日のためにいろんな資料見て勉強してたんだ。

「普通に話すだけだから、そんなに大声出すつもりないのだけど」
「え⁉」
「え?」

 あれ……もしかして俺、早とちりした?
 モルタ、すっげー不思議そうな顔で見てる。でも、そんな顔もかわいいなぁ。

「本題に入らせてもらうわね。……サートゥルヌス、私はユーノーの月六月二日に死ぬの」
「…………え? いやいや、待って、早まらないで! っていうか絶対ヤダ‼」

 何⁉ 急に何言いだすのモルタ! 死ぬとかダメだし‼

「自殺、ダメ、絶対」

 ダメダメダメ、絶対ダメ。モルタが死ぬなんて絶対許さない。
 これ以上モルタの口から死ぬなんて聞きたくなかったから、思いっきり抱き込んだ。なんてこと言うんだよ。なんで自殺なんてしようとしてるんだよ。

「トゥルス、ちょっと落ち着いて」
「落ち着けるわけない! モルタが自殺するなんて……そんな、そんなことになるくらいなら攫って仮死状態にして色々ヤってから俺が死ぬとき一緒に殺すーーー‼」

 もしモルタが死んじゃっても、絶対逃がさない。そのときは死の神オルクスの術で魂捕まえて、忘れられた神プロメーテウスの秘術を使って……

「落ち着いて! 違うの、自殺なんてしないから」
「モルタが死んだら俺も死ぬぅぅぅぅぅ」
「私は死ぬつもりなんてない。むしろ生きたい。生きて、トゥルスとふたりでユーノーの月三日を迎えたいの!」

 え、死なないの? 死なないなら、なんでユーノーの月二日に死ぬとか言ったの?
 いや、待てよ。なんか……なんか大事なこと忘れてないか、俺。ユーノーの月二日って、なんかすっげぇ大事な日じゃなかったか?
 思い出そうとしても、頭の中に靄がかかってるみたいに全然思い出せねぇ。あとさっきからモルタが頭なでてくれて、すっげー気持ちいい。あ、だめだこれ。落ち着きすぎてなんにも思い出せないや。

「また恐慌状態になったら困るから、端的に結果から伝えるわね。私、巻き戻ったの」
「巻き戻った……って、え、どういうこと⁉」
「だから巻き戻ったの。ユーノーの月二日に死んで、つい先ほど目覚めたの。ちなみに巻き戻るのはこれで二回目。私、すでに二回死んでいるの」

 巻き戻り? 二回死んでる?
 モルタがこんな嘘を言うなんてあり得ない。だとすると、巻き戻りは本当にあったこと。てことはモルタ、二回も殺されたってことじゃねーか!

「ねえ、モルタ殺したのって……誰?」
「一度目はトゥルスに化けたアイアース。二度目はアブンダンティア様よ」
「よしわかった。今すぐその二人殺してくるね」
「だめだめ、待って! 話を最後まで聞いてからにして」
「わかった。最後まで聞いたら殺しに行くね」

 で、モルタの話を聞いて確信した。この巻き戻り、俺のせいだ。たぶん……いや、確実に俺が引き起こしてる。

「それとね、この巻き戻りなんだけど……たぶんこれ、そう何度も使えないと思う。私、最初に巻き戻ったときはヤーヌス一月二十日に目覚めたの。でも二回目は今日、フェブルウス二月二十八日。巻き戻るたび、ユーノー二日までの時間が短くなってる」
「目覚めるたび短く……そうか、要求される代償が段々大きくなっていくんだな」
「代償? トゥルス、あなたこの巻き戻りのこと何か知っているの?」
「だぶんね、モルタのその巻き戻り……俺が原因だ」

 そう、俺が原因。簡単に想像つく。モルタが死んで、こんな世界いらねー認めねーって巻き戻しの術使ったんだ。命と記憶を代償にする、ヤーヌス神の禁術で。

「俺ね、趣味で術式が失われた術の復元してるんだ。で、つい最近、ヤーヌス神の過去への扉を開くっていう術を復元したんだ」
「過去への扉……それが時間を巻き戻す術!」
「たぶんだけど、モルタが死んで絶望した俺がその術を使ったんだと思う。モルタがいなくなった世界なんていらないって」
「なるほど、トゥルスならやるわね。でも、なぜトゥルスはその術を自分に使わなかったの?」

 使いたくても、この術は術者本人には意味がないんだよ。

「たぶん使ってる。俺も巻き戻ってるんだと思う。でも、俺は何も憶えてないんだ」
「なぜかしら。私にはこんなにはっきりと記憶が残っているのに」

 それは俺も知りたい。あの術式ではそんな効果は出ないはずなのに。

「術の代償だよ。過去への扉を開く術、この術の代償は術者の命と記憶なんだ。だから、俺には前回の記憶は残らない。術の発動と共に消えちゃうから」
「命と記憶って……そんな! じゃあ、トゥルスは私のために二回も死んだの⁉」

 あ、モルタってばすっげぇ怒ってる。俺のために怒って、悲しんでくれてる。めちゃくちゃ嬉しい。
 でも俺、モルタと同じくらいに自分を大切になんてできないよ。だって、自分よりもモルタの方が大切だから。無理だよ。でもモルタが悲しむなら、なるべくがんばって大切にするから。
 だから、俺のこと忘れて他の男のとこ行くとか言わないで!

「ぜってぇ死なねぇ‼」

 もし死んだら絶対化けて出てやる。俺は諦めが悪いんだ。


 ※ ※ ※ ※


 マイエスタの月五月十八日。
 クソ女から夜会の招待状がきた。夜会が開催されるのは二週間後、ユーノーの月二日。
 正直今すぐ破り捨ててクソ女ごと燃やしてぇ。

「どう思う?」
「どう思うも何も完全に罠だろ。こんなもん無視だ無視」
「王女からの招待を? パルカエ家の娘としてそれはできない相談よ。姉様やお父様の立場があるもの」
「クソ師……あの団長なら、どう考えても娘の命を優先すると思うよ」

 あのクソ師匠が世間体と娘を天秤にかけて娘を取らないわけがねぇ。そういうとこは信用できるんだ、あの人は。

 そして二週間後――運命の日、ユーノーの月二日。
 モルタの話によれば、俺にとっても三度目となる運命の日。今回こそヤーヌス神の術を使うような事態にならないようにしねぇとな。
 今夜の舞踏会、クソ師匠と協力してどうにかモルタの欠席を勝ち取った。事務系の手続きとかはクソ師匠で、俺はその補助。どうしてもうまくいかないってときだけ、俺がほんのすこーしだけ神様たちの力を借りてお役人にお願いに行ってた。
 普通はこんなことしなくても欠席くらいできるんだけどな。今回はあのクソ女のご意向とやらで手こずっちまった。

 さて。いちおう欠席できたとはいえ、それはあくまで表面的なもの。あのクソ女と女神が何もしてこねぇわけねぇ。
 だから今日は俺が一日モルタと一緒に行動する。俺が無断欠席するのは別にいいだろ。わりとやってるし。だいたいモルタがいねぇのに夜会なんか行く意味ねぇよ。俺が夜会に出る理由なんて、モルタと一緒にいられるからってことと、あとはモルタに汚ねぇ虫が寄りつかねぇようにするってことしかねぇからな。

 今日は一日中モルタと一緒にいられる。よーし、風呂もトイレも任せとけ! なんて浮かれ気分で、メイドに先導されモルタの部屋へ向かってたのに。
 そんな浮かれ気分は、一瞬で消し飛んだ。いきなり屋敷の空気が変わりやがった。冷や汗が止まらねぇし、背中がすっげぇゾクゾクする。これ、あれだ。このヤバすぎる雰囲気、女神が直接介入してきやがった。

「邪魔、しないでねぇ」

 振り返ったメイドに重なっていたのは、人間離れした美女の姿。

「女神、ラウェルナ」

 ラウェルナが微笑んだ。たったそれだけ。それだけで、俺の心はあっという間に女神のものにされてしまった。
 
「あの子には期待してるのよぉ。悪役令嬢からの断罪、うまくざまぁ返しできるかしらぁ?」

 くすくすと。ラウェルナは意味の分からない単語を並べて笑った。支配下に置かれてしまった俺は、もはやそれを見ていることしかできなくて。
 ヤーヌス神の術で全支配はかろうじて免れているとはいえ、もはやほぼ無力。いや、無力どころかこのままじゃ俺はきっとモルタに害を為す。でも俺は何もできないまま、女神の用意した真っ暗な空間で観客席につかされた。

「モルタ・パルカエ! あんたとサートゥルヌスの婚約、今ここで破棄よ、破棄。あと、たかが男爵令嬢の分際であたしに嫌がらせした罪で死刑にするから」

 ふざけんな! クソ師匠の試練突破して、やっとこぎつけた婚約だったんだぞ‼
 それに死刑とかバカだろコイツ。たかが一王女の権限でそんなことできるわけねぇだろうが。王が絶大な権力持ってる国とかは知らねぇけど、この国では裁判もなしにそんなことできねぇんだよ。
 だいたいなんだよ、嫌がらせした罪って。そんな理由で死刑とかアホすぎて泣くより先に笑うわ。モルタも周りのやつらも、みんな意味がわからな過ぎて戸惑ってんじゃねぇか。

「じゃあね、ヒドインちゃん。サートゥルヌスはあたしがもらっといてあげるから、安心して消えちゃって」

 でも、その場の誰も動かなかった。ひそひそと囁きあうだけで、誰一人として動かなかった。
 なんだよ、これ。なんなんだよ、これ!

 ――触んな! モルタに汚ねぇ手で触ってんじゃねぇ‼

 女の子が冤罪で男に引きずられるように連行されてるってのに、誰も、誰一人動かない。
 なんで……なんでこんな肝心なときに動けねぇんだよ! 役立たずすぎんだろ、俺‼

「うーん、これで終わりかなぁ。今回は地下牢エンドかぁ……なかなかトゥルーエンドには辿り着けないわねぇ」

 ラウェルナはつまらなそうにつぶやくと、俺を見て悪戯を思いついたガキみてぇな顔で笑った。

「そろそろ飽きてきちゃった。だからぁ、次が最後。コンテニュー、する?」

 言ってる意味はわかんなかったけど、俺はうなずいた。ここで「いいえ」を選択したら、もう二度と取り返しがつかないって気がしたから。

「おっけー。期待してるよぉ、ヒーローくん。悪役令嬢ちゃんの逆ハーエンドはもう見たからぁ、次はヒロインちゃんのトゥルーエンド見せてね」

 ラウェルナはさらにわけわかんねぇこと言うと、ぱちんと指を鳴らした。途端、目の前の景色が一変する。

「女神の意に沿わない物語を作り上げて興味を失わせる? もしくは女神の好みに合わせて満足させる……? ……あっ、ぐ」
「モルタ!」

 ようやく動けてそばに行けたときには、もう手遅れだった。目の前で胸を押さえて急に苦しみだしたモルタは、しばらくすると動かなくなった。抱きかかえて名前を呼んで揺さぶっても、もうぴくりとも動かなかった。
 
「また、失敗した……こんな結末、違う。俺は、こんな結末のためにやり直したんじゃない‼」 

 そうだ。俺はやり直したんだ。
 途端、頭の中に知らない記憶があふれ出してきた。一度目、廃墟で冷たくなってるモルタを見つけて絶望した。二度目、目の前でモルタを失った。そして、三度目――

 また、俺は失敗した。時を巻き戻したのに、術の代償で記憶を取られたこともわかってたのに、また同じ結末に辿り着いちまった。
 なら、やり直す。何度だって、やれる限りやってやる。俺は諦めが悪いんだ。

「過去と未来、出入り口と扉、物事の始まりを司る神ヤーヌスよ! 我が命と記憶を糧に、過去への扉を開きたまえ‼」

 俺は何を失ってもいい。だから、次こそ……次こそ、モルタが笑って生きられる世
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