運命の女神は円環を断ち切る 〜死に戻り令嬢は恋も命も諦めない!〜

貴様二太郎

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10.運命の女神は糸を拾い上げる

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 王宮の一般開放されている庭園の一角、しゃれた作りの四阿ガゼボで行われている茶番劇。それを見て私は確信した。

 ――また巻き戻った!

 でも今回は一度目のときよりも目覚める時期が遅くなっていた。この茶番劇を見たのは確かフェブルウスの月二月二十八日。前回はヤーヌスの月一月二十日だったから一ヶ月以上も遅くなっている。
 もしかしてこの巻き戻り、回数を重ねるごとに戻れる時間が短くなっていく?

 できることならば最初と同じヤーヌスの月に戻って欲しかった。この一ヶ月、サートゥルヌスは既に何回もラウェルナの術を使ってしまっていたから。今も私に隠密の術がかかっている。このままではいけない。アブンダンティア様の調査はひとまず打ち切りにしなくては。
 それに前回の巻き戻りで、私を殺したのはサートゥルヌスではなかったことが確定した。最初に私を殺したのはサートゥルヌスに化けたアイアース、二回目は乗っ取られたアブンダンティア様。

 サートゥルヌスは私を殺していなかった。
 なら、今度はお父様じゃなくてサートゥルヌスに全てを話してみよう。私の知ってること全部話して、ラウェルナの呪縛から逃れられないか二人であがいてみよう。
 荒唐無稽な話だけど、サートゥルヌスなら信じてくれる。前回お父様が信じてくれたように、サートゥルヌスも、きっと。

「サートゥルヌス、大事な話があるの。これから少し時間取れる?」
「もちろん! モルタのためなら時間なんていくらでも作るよ」

 茶番劇が終わって解放されたサートゥルヌスを捕まえると、いつも通りの即答で了承を得られた。
 人目を避けられる場所を聞いたら、なぜかものすごく張り切ってサートゥルヌスのアパートメントの部屋へと案内された。

「防音の結界もばっちりだから思う存分声出しても大丈夫だからね」
「普通に話すだけだから、そんなに大声出すつもりないのだけど」
「え⁉」
「え?」

 顔を赤くしたり驚いたり、いったい何を想定していたのかしら。他人には聞かれたくない大事な話がしたいから人気のない場所を教えてって言っただけなのに。

「本題に入らせてもらうわね。……サートゥルヌス、私はユーノーの月六月二日に死ぬの」
「…………え? いやいや、待って、早まらないで! っていうか絶対ヤダ‼」

 真っ青な顔で「自殺、ダメ、絶対」と片言で叫ぶとサートゥルヌスは私をぎゅうぎゅうと苦しいくらいの力で抱きしめた。あの、本当に苦しいからちょっと力を緩めて欲しい。

「トゥルス、ちょっと落ち着いて」
「落ち着けるわけない! モルタが自殺するなんて……そんな、そんなことになるくらいなら攫って仮死状態にして色々ヤってから俺が死ぬとき一緒に殺すーーー‼」
「落ち着いて! 違うの、自殺なんてしないから」
「モルタが死んだら俺も死ぬぅぅぅぅぅ」

 さすがサートゥルヌス、ぶれなくて安心するわ。でもこのままじゃ話にならないわね。

「私は死ぬつもりなんてない。むしろ生きたい。生きて、トゥルスとふたりでユーノーの月三日を迎えたいの!」

 ぐすぐすとぐずるサートゥルヌスを抱きしめ、子どもにするように優しく頭をなでる。すると少しずつ落ち着いてきたのか、ようやく話を聞いてもらえそうな状態になった。

「また恐慌状態になったら困るから、端的に結果から伝えるわね。私、巻き戻ったの」
「巻き戻った……って、え、どういうこと⁉」
「だから巻き戻ったの。ユーノーの月二日に死んで、つい先ほど目覚めたの。ちなみに巻き戻るのはこれで二回目。私、すでに二回死んでいるの」

 しばらく呆けていたサートゥルヌスだったけど、内容を理解したのか目が昏くよどんできた。

「ねえ、モルタ殺したのって……誰?」
「一度目はトゥルスに化けたアイアース。二度目はアブンダンティア様よ」
「よしわかった。今すぐその二人殺してくるね」
「だめだめ、待って! 話を最後まで聞いてからにして」
「わかった。最後まで聞いたら殺しに行くね」

 なんですぐそういう物騒な方向に思考がいくのかしら。私もあまり人のことは言えないけれど、ちゃんと殴るまでにとどめているのに。
 今にも飛び出していきそうなサートゥルヌスを宥めながら、知っていることを全て話した。するとサートゥルヌスは暫くの間難しそうな顔をしていたかと思うと、何かを諦めたようにため息を吐いた。

「王女にラウェルナの加護がついてるってことは、殺すのはまず無理だな」
「そうね。それにトゥルスが王女に近づくと、おそらく取り込まれてしまうわ。前回はそうだったの」
「前回の俺、まったく憶えてねぇけど情けねぇな! とはいえ、相手は神様だもんなぁ。さすがに気合でなんとかするってのはムチャだな」

 どうしたらいいのだろう。巻き戻ったものの対抗策が浮かばない。神話のようにヤーヌス神が全て解決してくださるのなら、なんの苦労もないのだけど。

「それとね、この巻き戻りなんだけど……たぶんこれ、そう何度も使えないと思う。私、最初に巻き戻ったときはヤーヌス二十日に目覚めたの。でも二回目は今日、フェブルウス二十八日。巻き戻るたび、ユーノー二日までの時間が短くなってる」
「目覚めるたび短く……そうか、要求される代償が段々大きくなっていくんだな」
「代償? トゥルス、あなたこの巻き戻りのこと何か知っているの?」

 私の問いにサートゥルヌスはあっさりとうなずいた。

「だぶんね、モルタのその巻き戻り……俺が原因だ」

 巻き戻りの謎の答えが唐突に降ってきた。

「俺ね、趣味で術式が失われた術の復元してるんだ。で、つい最近、ヤーヌス神の過去への扉を開くっていう術を復元したんだ」
「過去への扉……それが時間を巻き戻す術!」
「たぶんだけど、モルタが死んで絶望した俺がその術を使ったんだと思う。モルタがいなくなった世界なんていらないって」
「なるほど、トゥルスならやるわね。でも、なぜトゥルスはその術を自分に使わなかったの?」

 サートゥルヌスは「たぶん使ってる」と困ったようなな笑みを浮かべた。

「俺も巻き戻ってるんだと思う。でも、俺は何も憶えてないんだ」
「なぜかしら。私にはこんなにはっきりと記憶が残っているのに」
「術の代償だよ」

 一瞬だけ泣きそうな顔をしたサートゥルヌス。でもすぐにいつもの笑顔に戻って巻き戻りの術の説明を始めた。

「過去への扉を開く術、この術の代償は術者の命と記憶なんだ。だから、俺には前回の記憶が残らない。術の発動と共に消えちゃうから」
「命と記憶って……そんな! じゃあ、トゥルスは私のために二回も死んだの⁉」
「二回もモルタを死なせたんだよ。そんな俺が死ぬのなんて当然だろ。それにモルタのいない世界なんて俺にはなんの価値もない。喜んで命くらい差し出すよ。記憶は正直嫌だけど」
「当然なんかじゃない! トゥルスは自分の命を軽く見すぎ‼ 私にとってはあなたの命は私の命と同じくらい重いの。そんな簡単に捨てるようなこと……言わないでよ」

 サートゥルヌスは私を大事にし過ぎなの。お願いだから、私と同じくらい自分も大切にしてよ。じゃないと、いつかあっさりと消えてしまいそうで……怖い。

「ごめん。……あと、ありがとう。俺だってモルタとずっと一緒にいたい。だからそんな簡単にモルタ残して死なないよ。死なば諸共でいくから安心して」
「どこに安心できる要素があるかわからないけど、わかった。もし私ひとり残していったら、トゥルスのことなんて忘れて新しい恋に生きるから」
「ぜってぇ死なねぇ‼」

 マールスの月三月十五日。
 前回はこの日にサートゥルヌスとの婚約が解消された。けれど、今回は今のところ私たちの婚約は続いている。徹底的にアブンダンティア様を避けているサートゥルヌスも今のところは大丈夫そう。
 サートゥルヌスが思うようにならないからか、アブンダンティア様は私のところに暗殺者を次々と送り込んできているらしい。私は暗殺者を見たことはないけれど。
 おそらくサートゥルヌスとお父様が先回りして排除してくださっているのだと思う。

 でもそんな平穏な日々は、長くは続かなかった。
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