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2周目
8.運命の女神は糸を張る
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「実行犯はあのクソガキ、と。よし、殺られる前に殺ってしまおうか」
お父様、発言が物騒です。
「姿は、です。あれが本当にサートゥルヌス本人だったのか……何度考えても、私にはあれがサートゥルヌスだったなんて信じられないんです」
「前回のはもしかしたら偽物だったのかもしれない。だが、今回は本当に本人が来るかもしれないぞ」
私の動きが違ったからか、前とは展開に差が出てしまった。前のときはサートゥルヌスとの婚約解消なんてなかったし、彼も最後の日までいつも通りだった。最後の瞬間の、あの彼以外は。
今回は私がサートゥルヌスに何度もラウェルナの術を使わせてしまったから。だから、サートゥルヌスは女神の加護を受けているアブンダンティア様に取り込まれてしまった。
「本人が来たならば直接聞くまでです。とりあえず一発殴ったら目が覚めないかしら」
「モルタ……とりあえずで物理に訴えるのはやめなさい。おまえの頭は飾りなのかい?」
「飾りとは失礼ですね。私の頭突きはなかなかの威力だって、脳震盪起こしたサートゥルヌスに褒められたことだってあるんですよ」
お父様はなんとも言い難い顔で私を見ると、これ見よがしに大きなため息を吐いた。
「とにかく、だ。いいか、突っ走るんじゃないぞ。特にユーノーの月二日、この日は屋敷から出ず引きこもっていなさい」
「善処します」
「善処じゃない。絶対だ」
※ ※ ※ ※
そして二ヶ月半後。
お父様という心強い味方を得たおかげで、私はついにあの日にたどり着いた。終わりにして始まりの日――ユーノーの月二日――に。
この二ヶ月半の間に、お父様のおかげで色々なことがわかった。
アブンダンティア様は居を離宮に移し、そこでたくさんの男性を侍らせ淫蕩の日々を送っていること。
侍らせた男性の中にサートゥルヌスの姿もあるということ。
諫めようとした陛下や臣下たちが次々と病に倒れ、いまだ臥せっているということ。
私の元に、たびたび暗殺者や暴漢が送られてきたこと。
お父様の布いた万全の警備と様々な防御魔術のおかげで、屋敷の中であれば安全に過ごすことができた。おかげでこの二ヶ月、私は完全な軟禁状態。外出するにはお父様の同伴が絶対だった。
実際何人もの刺客が送られてきていたので、そんな状態で外に出ることがどんなに危険かは私も重々承知していた。それに私がひとり町に出たところで、命の危機以外の物を得られるとは思えなかった。
だからこの二ヶ月、私はずっと書庫にこもっていた。あの秘密の書庫で、女神ラウェルナに関する本をひたすら読んでいた。
ラウェルナはとても気まぐれな女神で、退屈しのぎにたびたび騒動を起こす。
けれどその騒動が自分の意に添わなくなると、あっさりと手を引く。後始末など一切せず、まるでなかったかのように別のことを始めてしまう。
ラウェルナは人のつくる創作物、特に物語を好んでいる。
そして、ラウェルナは性格が悪い。
これは私が受けた印象だけど、ラウェルナは相当いい性格をしていると思う。残されている神話はどれも迷惑なもので、彼女がどこからか連れきて加護を与える魂はどれも強欲な魂だった。
これらの神話が本当に本当のことだとしたら……アブンダンティア様の中には今、別人の魂が入っているはず。そしてラウェルナは今もどこかでアブンダンティア様を見ていて、観劇気分でたくさんの人の人生が壊れる様を楽しんでいるのだろう。
本当に、なんて性格の悪い女神なのか。
「どうしたら女神の娯楽から逃れることができる? どうしたら……サートゥルヌスを取り戻せる?」
サートゥルヌスはあの日以降、私の前に姿を現すことはなかった。たったの一度も。まるで私の居場所がわかっているような、完璧な避け方で。
部屋に戻り明日からのことを考えていると、唐突に扉がノックされた。
「モルタお嬢様。エトルリア様がいらっしゃいました」
入室を許可したメイドが困惑顔であり得ないことを告げてきた。
アブンダンティア様に取り込まれ、今日の今日まで私を完璧に避けていたサートゥルヌスが? よりにもよって今日? しかもつい先程、お父様が王宮からの急な呼び出しで出かけたばかりの今?
まるで、狙いすましたかのよう。
「お帰り願って。申し訳ないけれど、お父様との先約があるから」
メイドを下がらせ窓から玄関を見下ろす。茜色の夕陽の中に見えたのは、胸を押さえ何かに耐えているかのようなサートゥルヌスの姿。
久しぶりに見たサートゥルヌス。後ろ姿だったけど、その苦しそうな背中に胸が締め付けられる。
もしかしたら、正気を取り戻して私の元に帰ってきてくれたのでは? そんな都合のよすぎる考えがよぎる。わかってる。何も解決していないのに、そんな夢みたいなことが起こるわけなんてない。でも……
「トゥルス」
直後、まるで私の呼び声に応えたかのようにサートゥルヌスが振り返った。
「トゥル――!」
突然、鼻と口に布が当てられ、気がついたときには腕を後ろに取られ体が拘束されていた。
サートゥルヌスに気を取られ、完全に油断していた。
しかも悪いことに、驚いた時に思わず息を吸いこんでしまったため、布にしみこませてあった甘ったるい香りを思い切り吸い込んでしまった。
甘い香りは意識を奪う魔法薬の匂いだったのだろう。頭がクラクラして、私の意志とは対照的にまぶたが……落ち、て…………
※ ※ ※ ※
「あなたたち、自分のことが情けなくならない? こんな小さな子ひとりに寄ってたかって」
ボロボロに痛めつけられうずくまる白髪の少女の前に立ち、彼女を囲んで嬲っていた卑劣な少年たちに静かに問いかけた。
ああ、これはいつのことだったっけ。九か十か……たしか町に遊びに出ていて、家族とはぐれて路地裏に迷い込んだときに遭遇したのよね。
「うるせぇ、生意気女! 気持ちわりぃやつに気持ちわりぃって言って何が悪いんだよ」
「この子のどこが気持ち悪いのよ。私から見たら、こんな小さな子を嬉々としていたぶっていたあなたたちの方がよほど気持ち悪いけど」
「うるせぇ、生意気ブス!」
血の気の多い短慮ないじめっ子少年が殴りかかってきた。確かあのときは……
「か弱い淑女に手をあげるなんて……恥を知りなさい!」
そうそう、殴りかかってきた少年の腕を取っていなし、そのまま頭突きを一発お見舞いしてあげたのだっけ。
「ぐはっ⁉」
脳震盪を起こして少年が地面に沈んだ。すると残りの少年たちは、「狂暴女」とか「金剛石頭」とか好き放題言いながら逃げていったのよね。まったく、失礼しちゃうわ。
「あなた、大丈夫?」
うずくまっていた白い女の子は切れた口元を手で乱暴にぬぐうと、小さな声で「ありがとう」って。なぜか、少しだけ悔しそうな顔で。
真っ白な髪に真っ赤な瞳の、お人形みたいにかわいらしい女の子。きっと今頃は、すごい美少女になっているんだろうなぁ。
「いつか、絶対に追いつくから! そしたら――」
最後、あの子はなんて言ってたっけ。
※ ※ ※ ※
重いまぶたをむりやり持ち上げると、目に入ってきたのは石の床。天井から差し込む月の光や、あり得ないほどの風通しのよさ。それらから推察するに、どうやらここはどこかの廃墟のようだった。
「……つぅ」
魔法薬の影響か、脈打つような不快な頭痛がする。思わず手を当てようとしたけれど、残念ながら私の手は後ろ手に縛られていた。まあ、当然よね。
「こんばんは、モルタ」
頭上から降ってきたのは懐かしい声。会いたかった、取り戻したかった声。
「トゥルス」
転がされたまま顔だけを声の方へ上げると、そこにはサートゥルヌスがいた。
お父様、発言が物騒です。
「姿は、です。あれが本当にサートゥルヌス本人だったのか……何度考えても、私にはあれがサートゥルヌスだったなんて信じられないんです」
「前回のはもしかしたら偽物だったのかもしれない。だが、今回は本当に本人が来るかもしれないぞ」
私の動きが違ったからか、前とは展開に差が出てしまった。前のときはサートゥルヌスとの婚約解消なんてなかったし、彼も最後の日までいつも通りだった。最後の瞬間の、あの彼以外は。
今回は私がサートゥルヌスに何度もラウェルナの術を使わせてしまったから。だから、サートゥルヌスは女神の加護を受けているアブンダンティア様に取り込まれてしまった。
「本人が来たならば直接聞くまでです。とりあえず一発殴ったら目が覚めないかしら」
「モルタ……とりあえずで物理に訴えるのはやめなさい。おまえの頭は飾りなのかい?」
「飾りとは失礼ですね。私の頭突きはなかなかの威力だって、脳震盪起こしたサートゥルヌスに褒められたことだってあるんですよ」
お父様はなんとも言い難い顔で私を見ると、これ見よがしに大きなため息を吐いた。
「とにかく、だ。いいか、突っ走るんじゃないぞ。特にユーノーの月二日、この日は屋敷から出ず引きこもっていなさい」
「善処します」
「善処じゃない。絶対だ」
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そして二ヶ月半後。
お父様という心強い味方を得たおかげで、私はついにあの日にたどり着いた。終わりにして始まりの日――ユーノーの月二日――に。
この二ヶ月半の間に、お父様のおかげで色々なことがわかった。
アブンダンティア様は居を離宮に移し、そこでたくさんの男性を侍らせ淫蕩の日々を送っていること。
侍らせた男性の中にサートゥルヌスの姿もあるということ。
諫めようとした陛下や臣下たちが次々と病に倒れ、いまだ臥せっているということ。
私の元に、たびたび暗殺者や暴漢が送られてきたこと。
お父様の布いた万全の警備と様々な防御魔術のおかげで、屋敷の中であれば安全に過ごすことができた。おかげでこの二ヶ月、私は完全な軟禁状態。外出するにはお父様の同伴が絶対だった。
実際何人もの刺客が送られてきていたので、そんな状態で外に出ることがどんなに危険かは私も重々承知していた。それに私がひとり町に出たところで、命の危機以外の物を得られるとは思えなかった。
だからこの二ヶ月、私はずっと書庫にこもっていた。あの秘密の書庫で、女神ラウェルナに関する本をひたすら読んでいた。
ラウェルナはとても気まぐれな女神で、退屈しのぎにたびたび騒動を起こす。
けれどその騒動が自分の意に添わなくなると、あっさりと手を引く。後始末など一切せず、まるでなかったかのように別のことを始めてしまう。
ラウェルナは人のつくる創作物、特に物語を好んでいる。
そして、ラウェルナは性格が悪い。
これは私が受けた印象だけど、ラウェルナは相当いい性格をしていると思う。残されている神話はどれも迷惑なもので、彼女がどこからか連れきて加護を与える魂はどれも強欲な魂だった。
これらの神話が本当に本当のことだとしたら……アブンダンティア様の中には今、別人の魂が入っているはず。そしてラウェルナは今もどこかでアブンダンティア様を見ていて、観劇気分でたくさんの人の人生が壊れる様を楽しんでいるのだろう。
本当に、なんて性格の悪い女神なのか。
「どうしたら女神の娯楽から逃れることができる? どうしたら……サートゥルヌスを取り戻せる?」
サートゥルヌスはあの日以降、私の前に姿を現すことはなかった。たったの一度も。まるで私の居場所がわかっているような、完璧な避け方で。
部屋に戻り明日からのことを考えていると、唐突に扉がノックされた。
「モルタお嬢様。エトルリア様がいらっしゃいました」
入室を許可したメイドが困惑顔であり得ないことを告げてきた。
アブンダンティア様に取り込まれ、今日の今日まで私を完璧に避けていたサートゥルヌスが? よりにもよって今日? しかもつい先程、お父様が王宮からの急な呼び出しで出かけたばかりの今?
まるで、狙いすましたかのよう。
「お帰り願って。申し訳ないけれど、お父様との先約があるから」
メイドを下がらせ窓から玄関を見下ろす。茜色の夕陽の中に見えたのは、胸を押さえ何かに耐えているかのようなサートゥルヌスの姿。
久しぶりに見たサートゥルヌス。後ろ姿だったけど、その苦しそうな背中に胸が締め付けられる。
もしかしたら、正気を取り戻して私の元に帰ってきてくれたのでは? そんな都合のよすぎる考えがよぎる。わかってる。何も解決していないのに、そんな夢みたいなことが起こるわけなんてない。でも……
「トゥルス」
直後、まるで私の呼び声に応えたかのようにサートゥルヌスが振り返った。
「トゥル――!」
突然、鼻と口に布が当てられ、気がついたときには腕を後ろに取られ体が拘束されていた。
サートゥルヌスに気を取られ、完全に油断していた。
しかも悪いことに、驚いた時に思わず息を吸いこんでしまったため、布にしみこませてあった甘ったるい香りを思い切り吸い込んでしまった。
甘い香りは意識を奪う魔法薬の匂いだったのだろう。頭がクラクラして、私の意志とは対照的にまぶたが……落ち、て…………
※ ※ ※ ※
「あなたたち、自分のことが情けなくならない? こんな小さな子ひとりに寄ってたかって」
ボロボロに痛めつけられうずくまる白髪の少女の前に立ち、彼女を囲んで嬲っていた卑劣な少年たちに静かに問いかけた。
ああ、これはいつのことだったっけ。九か十か……たしか町に遊びに出ていて、家族とはぐれて路地裏に迷い込んだときに遭遇したのよね。
「うるせぇ、生意気女! 気持ちわりぃやつに気持ちわりぃって言って何が悪いんだよ」
「この子のどこが気持ち悪いのよ。私から見たら、こんな小さな子を嬉々としていたぶっていたあなたたちの方がよほど気持ち悪いけど」
「うるせぇ、生意気ブス!」
血の気の多い短慮ないじめっ子少年が殴りかかってきた。確かあのときは……
「か弱い淑女に手をあげるなんて……恥を知りなさい!」
そうそう、殴りかかってきた少年の腕を取っていなし、そのまま頭突きを一発お見舞いしてあげたのだっけ。
「ぐはっ⁉」
脳震盪を起こして少年が地面に沈んだ。すると残りの少年たちは、「狂暴女」とか「金剛石頭」とか好き放題言いながら逃げていったのよね。まったく、失礼しちゃうわ。
「あなた、大丈夫?」
うずくまっていた白い女の子は切れた口元を手で乱暴にぬぐうと、小さな声で「ありがとう」って。なぜか、少しだけ悔しそうな顔で。
真っ白な髪に真っ赤な瞳の、お人形みたいにかわいらしい女の子。きっと今頃は、すごい美少女になっているんだろうなぁ。
「いつか、絶対に追いつくから! そしたら――」
最後、あの子はなんて言ってたっけ。
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重いまぶたをむりやり持ち上げると、目に入ってきたのは石の床。天井から差し込む月の光や、あり得ないほどの風通しのよさ。それらから推察するに、どうやらここはどこかの廃墟のようだった。
「……つぅ」
魔法薬の影響か、脈打つような不快な頭痛がする。思わず手を当てようとしたけれど、残念ながら私の手は後ろ手に縛られていた。まあ、当然よね。
「こんばんは、モルタ」
頭上から降ってきたのは懐かしい声。会いたかった、取り戻したかった声。
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