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2周目
7.運命の女神は糸を結び直す
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まずはこの物語の結末を知らなければ。
たくさんのうつくしい男と愛にかこまれ、満たされ、連れてこられた少女はとても幸せでした。
たくさんの人がふりまわされ、怒ったり悲しんだり、ラウェルナもまんぞくでした。
けれど、そんなふたりを許さない神さまがいました。
出入り口と扉の神ヤーヌスです。ヤーヌスは体を盗まれた少女の魂のなげきの祈りにこたえ、すべてを始まりのときに戻しました。
全てを始まりの時に戻しましたって……もしかして私の巻き戻りはヤーヌス神が関わっているの?
出入り口と扉の神ヤーヌス。物事の始まりを司る神。時を巻き戻すなんてとんでもないこと、確かに人間がそう簡単に起こせる奇跡ではない。でも、神なら……
そして連れてこられた少女を元の場所に戻すと、ヤーヌスは扉をかたく閉ざしました。
体を盗まれた少女は自分の体をとりもどし、恋の矢によっておかしくなってしまった人たちのさわぎもなかったことになり、町には平和がもどりました。
巻き戻り、アブンダンティア様の変貌……今の私とアブンダンティア様の状況は、この神話ととても似ている。ただ違うのは、全て元通りめでたしめでたし。にはならなかったこと。
アブンダンティア様はいまだおかしいし、このままではいずれ私に危害を加えてくる可能性が高い。だって、私とサートゥルヌスの婚約はまだ解消されていないから。それに、百二十年前の少女の事件のこともある。あれも同じような状況だったけど、少女は生涯幽閉という結末だった。
「私の巻き戻りはヤーヌス神の慈悲から? それとも、別の理由?」
わからない。次にサートゥルヌスに会ったら……聞いて…………
※ ※ ※ ※
久々に物語の本を読んだからか昨夜はそのまま寝入ってしまったらしく、気がつくと朝になっていた。
昨日知ったこと、それらを早くサートゥルヌスと共有したい。そう思っていたのだけど。
「エトルリア様は本日急用ができたため、おいでになれないとのことです」
朝食が終わって出かけようと準備していたところ、サートゥルヌスからの連絡が入った。
せっかく少し進展しそうな気がしたのだけど。とはいえ、仕方ないか。サートゥルヌスはあんなでも、いちおう国の英雄で次期魔術師団長だもの。忙しいのが当たり前で、むしろこの一ヶ月の暇人ぶりの方がおかしかった。
そう、思っていた。けれど、それから一週間経ってもサートゥルヌスと会うことができなくて、これは何か起きているのでは? そう思ったときには、もう手遅れだった。
「婚約解消⁉」
連絡がとれなくなったサートゥルヌスから一方的な婚約解消の通知が届いたのは、日差しも暖かくなってきたマールスの月十五日のことだった。
「納得できません。サートゥルヌスと直接話しをさせてください」
「許可できない」
「お父様!」
二週間前、最後に会ったときのサートゥルヌスはいつも通りだった。いつも通り「じゃあね」って言って別れて――
「お父様。もしやサートゥルヌスの身に何かあったのですか?」
お父様から返ってきたのは沈黙。それは私の質問への肯定。
やっぱりサートゥルヌスに何かあったんだわ。お父様が教えてくださらないのなら、自分で調べに行くしかないわね。
サートゥルヌスからもらったお守りのネックレスを握りしめながらそんなことを考えてたら、お父様は私を見てものすごく疲れた顔で大きなため息を吐き出した。
「わかった。理由は教えてあげるから、暴走するのはやめてくれ」
さすがお父様、よくわかっていらしてるわね。
夜、皆が寝静まった頃。お父様と私は、再び秘密の書庫へと。
「あのバカがアブンダンティア様を調べていたのは知っているね。というか、おまえも一緒にいたな」
「はい。サートゥルヌスと一緒に一ヶ月ほどアブンダンティア様を観察していました」
「ラウェルナ様の力を借りる隠密の術を使って、か?」
「……はい」
ラウェルナが関わっているかもしれないアブンダンティア様を調べるのに、私たちもラウェルナの力を使っていた。まずかったのでは? と気づいたときには、散々力を借りてしまったあとだったのだけど。
「あのクソガキ、王宮の結界に不備があったのを利用して好き放題していたようだな。まったく、あいつは本当に……モルタ、おまえもだぞ! 知っていたのなら――」
「申し訳ありませんでした。あとで反省文でも奉仕活動でも課してください。ですが今は、サートゥルヌスのことを」
ごめんなさい。今はお父様の長いお説教を聞いている場合ではないの。
「結果から言うと、あのバカはアブンダンティア様に取り込まれた。アブンダンティア様にラウェルナ様の影がちらついているのはおまえも知っているな」
なんてこと。ラウェルナのことに気づくのが、もう少し早かったら……
「だというのに、あのバカはアブンダンティア様のお近くで何度もラウェルナ様の術を使ってしまっていた。相手が人間の魔術師だったのなら、あのバカの相手にはならなかっただろうが……」
「相手は人間では、ない?」
私のつぶやきにお父様は静かにうなずいた。
「私たちが使っている魔術は神の力を借りて起こす奇跡の技。神のお姿を見たことはないが、その大いなる存在は術を使うたびに感じている。姿は見えないが、神々は確かに存在しているんだ」
魔術が神の力を借りて行使する奇跡だとういうこと、頭では理解しているつもりだった。でも、魔術を使えない私にとっては神なんておとぎ話の中の存在で、わかってはいても魔術師たちの使う魔術は便利な力くらいにしか思っていなかった。
じゃあ、もしかしてあの神話は……過去に本当にあったこと、なの?
「人間の魔術師ならば、さすがにもっと早くに対処できているよ。だが、アブンダンティア様の周りにはどんなに調べてもそういうのは出てこなかった。王宮内では魔術が使えないから地道な捜査だったというのもあったが、それでも何も出てこなさすぎだった」
魔術を使って調べていた私たちでさえ、ラウェルナの気配なんて気づいていなかった。
「おそらくだが、アブンダンティア様にはラウェルナ様の加護が与えられている。結界の張られた王宮の中でも変わらない効果を発揮する、魅了系の加護が。神の加護だ。我らただの人間がそれを打ち破るには相当な力と、他の神の助けを得なければ無理だろう」
「ヤーヌス神なら! 神話では人の側についてくれていました」
「もちろん、ヤーヌス神の神殿にも協力してもらって試している。だが、いまだどこからもいい返事はきていない」
「そんな……」
神話の中では乙女の嘆きに応えてくれたのに。もしかして何か条件が必要? でもそんなの、お父様や神殿の神官たちだってとうに色々試しているはず。
そんなお父様たちが知らない情報といえば、もう一つしかない。
「お父様。これはサートゥルヌスにも言っていなかったことなのですが……」
魔術師で、神の存在を信じているお父様なら。きっと信じてくれる。
「巻き戻り、といえばよいのでしょうか。私には、今年のユーノーの月二日までの記憶があるのです。私は前回、ユーノーの月二日に殺されました」
「どういうことだ?」
「原因はわからなのですが、どうやら私は同じ時を繰り返しているようなのです。と言っても、今回が初めての繰り返しなのですが」
さすがに信じ難いのか、お父様は黙り込んでしまった。
「やはり信じてはもらえない、ですよね」
「確かに、にわかには信じ難い……」
言わなければよかった。もしかしたら、婚約解消の衝撃でおかしくなったって思われたのかもしれない。
「信じ難い。が、絶対にないと言い切れないのも事実」
「……え?」
「神の加護かもしれないし、もしかしたら発見されていないだけで巻き戻りの術が存在するのかもしれない。ならば魔術師としては、探究もせずにないと決めつけるなどありえん」
「では……!」
お父様は微笑むと、そっと私を抱きしめてくれた。
「大切な娘が殺されるなどと聞かされては、信じる信じない関係なく全力で事に当たらざるを得ないじゃないか」
「ありがとう、ござい……ます」
ずっと、誰にも言えなかったこと。言っても、信じてもらえないって思ってた。
「そうと決まったら早速作戦を立てないとね。もう時間がない。モルタが知っていること、全部教えてくれるかい?」
たくさんのうつくしい男と愛にかこまれ、満たされ、連れてこられた少女はとても幸せでした。
たくさんの人がふりまわされ、怒ったり悲しんだり、ラウェルナもまんぞくでした。
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そして連れてこられた少女を元の場所に戻すと、ヤーヌスは扉をかたく閉ざしました。
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アブンダンティア様はいまだおかしいし、このままではいずれ私に危害を加えてくる可能性が高い。だって、私とサートゥルヌスの婚約はまだ解消されていないから。それに、百二十年前の少女の事件のこともある。あれも同じような状況だったけど、少女は生涯幽閉という結末だった。
「私の巻き戻りはヤーヌス神の慈悲から? それとも、別の理由?」
わからない。次にサートゥルヌスに会ったら……聞いて…………
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久々に物語の本を読んだからか昨夜はそのまま寝入ってしまったらしく、気がつくと朝になっていた。
昨日知ったこと、それらを早くサートゥルヌスと共有したい。そう思っていたのだけど。
「エトルリア様は本日急用ができたため、おいでになれないとのことです」
朝食が終わって出かけようと準備していたところ、サートゥルヌスからの連絡が入った。
せっかく少し進展しそうな気がしたのだけど。とはいえ、仕方ないか。サートゥルヌスはあんなでも、いちおう国の英雄で次期魔術師団長だもの。忙しいのが当たり前で、むしろこの一ヶ月の暇人ぶりの方がおかしかった。
そう、思っていた。けれど、それから一週間経ってもサートゥルヌスと会うことができなくて、これは何か起きているのでは? そう思ったときには、もう手遅れだった。
「婚約解消⁉」
連絡がとれなくなったサートゥルヌスから一方的な婚約解消の通知が届いたのは、日差しも暖かくなってきたマールスの月十五日のことだった。
「納得できません。サートゥルヌスと直接話しをさせてください」
「許可できない」
「お父様!」
二週間前、最後に会ったときのサートゥルヌスはいつも通りだった。いつも通り「じゃあね」って言って別れて――
「お父様。もしやサートゥルヌスの身に何かあったのですか?」
お父様から返ってきたのは沈黙。それは私の質問への肯定。
やっぱりサートゥルヌスに何かあったんだわ。お父様が教えてくださらないのなら、自分で調べに行くしかないわね。
サートゥルヌスからもらったお守りのネックレスを握りしめながらそんなことを考えてたら、お父様は私を見てものすごく疲れた顔で大きなため息を吐き出した。
「わかった。理由は教えてあげるから、暴走するのはやめてくれ」
さすがお父様、よくわかっていらしてるわね。
夜、皆が寝静まった頃。お父様と私は、再び秘密の書庫へと。
「あのバカがアブンダンティア様を調べていたのは知っているね。というか、おまえも一緒にいたな」
「はい。サートゥルヌスと一緒に一ヶ月ほどアブンダンティア様を観察していました」
「ラウェルナ様の力を借りる隠密の術を使って、か?」
「……はい」
ラウェルナが関わっているかもしれないアブンダンティア様を調べるのに、私たちもラウェルナの力を使っていた。まずかったのでは? と気づいたときには、散々力を借りてしまったあとだったのだけど。
「あのクソガキ、王宮の結界に不備があったのを利用して好き放題していたようだな。まったく、あいつは本当に……モルタ、おまえもだぞ! 知っていたのなら――」
「申し訳ありませんでした。あとで反省文でも奉仕活動でも課してください。ですが今は、サートゥルヌスのことを」
ごめんなさい。今はお父様の長いお説教を聞いている場合ではないの。
「結果から言うと、あのバカはアブンダンティア様に取り込まれた。アブンダンティア様にラウェルナ様の影がちらついているのはおまえも知っているな」
なんてこと。ラウェルナのことに気づくのが、もう少し早かったら……
「だというのに、あのバカはアブンダンティア様のお近くで何度もラウェルナ様の術を使ってしまっていた。相手が人間の魔術師だったのなら、あのバカの相手にはならなかっただろうが……」
「相手は人間では、ない?」
私のつぶやきにお父様は静かにうなずいた。
「私たちが使っている魔術は神の力を借りて起こす奇跡の技。神のお姿を見たことはないが、その大いなる存在は術を使うたびに感じている。姿は見えないが、神々は確かに存在しているんだ」
魔術が神の力を借りて行使する奇跡だとういうこと、頭では理解しているつもりだった。でも、魔術を使えない私にとっては神なんておとぎ話の中の存在で、わかってはいても魔術師たちの使う魔術は便利な力くらいにしか思っていなかった。
じゃあ、もしかしてあの神話は……過去に本当にあったこと、なの?
「人間の魔術師ならば、さすがにもっと早くに対処できているよ。だが、アブンダンティア様の周りにはどんなに調べてもそういうのは出てこなかった。王宮内では魔術が使えないから地道な捜査だったというのもあったが、それでも何も出てこなさすぎだった」
魔術を使って調べていた私たちでさえ、ラウェルナの気配なんて気づいていなかった。
「おそらくだが、アブンダンティア様にはラウェルナ様の加護が与えられている。結界の張られた王宮の中でも変わらない効果を発揮する、魅了系の加護が。神の加護だ。我らただの人間がそれを打ち破るには相当な力と、他の神の助けを得なければ無理だろう」
「ヤーヌス神なら! 神話では人の側についてくれていました」
「もちろん、ヤーヌス神の神殿にも協力してもらって試している。だが、いまだどこからもいい返事はきていない」
「そんな……」
神話の中では乙女の嘆きに応えてくれたのに。もしかして何か条件が必要? でもそんなの、お父様や神殿の神官たちだってとうに色々試しているはず。
そんなお父様たちが知らない情報といえば、もう一つしかない。
「お父様。これはサートゥルヌスにも言っていなかったことなのですが……」
魔術師で、神の存在を信じているお父様なら。きっと信じてくれる。
「巻き戻り、といえばよいのでしょうか。私には、今年のユーノーの月二日までの記憶があるのです。私は前回、ユーノーの月二日に殺されました」
「どういうことだ?」
「原因はわからなのですが、どうやら私は同じ時を繰り返しているようなのです。と言っても、今回が初めての繰り返しなのですが」
さすがに信じ難いのか、お父様は黙り込んでしまった。
「やはり信じてはもらえない、ですよね」
「確かに、にわかには信じ難い……」
言わなければよかった。もしかしたら、婚約解消の衝撃でおかしくなったって思われたのかもしれない。
「信じ難い。が、絶対にないと言い切れないのも事実」
「……え?」
「神の加護かもしれないし、もしかしたら発見されていないだけで巻き戻りの術が存在するのかもしれない。ならば魔術師としては、探究もせずにないと決めつけるなどありえん」
「では……!」
お父様は微笑むと、そっと私を抱きしめてくれた。
「大切な娘が殺されるなどと聞かされては、信じる信じない関係なく全力で事に当たらざるを得ないじゃないか」
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ずっと、誰にも言えなかったこと。言っても、信じてもらえないって思ってた。
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