運命の女神は円環を断ち切る 〜死に戻り令嬢は恋も命も諦めない!〜

貴様二太郎

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 3.運命の女神は糸を手繰り寄せる

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「あと、声や音にも気を付けて。隠密の魔術で姿は見えなくしてるけど、音はそのままだから」
「ねえ、一つだけ聞いてもいい?」

 どうしても気になっていたことを訊ねる。

「ここの王宮の警備はいったいどうなっているの⁉ こんな簡単に王宮内で魔術を使えてしまうなんて、いくらなんでも緩すぎると思うのだけど」
「安心して、普通は使えないよ。でも、俺は特別。抜け穴見つけちゃったから利用させてもらってるんだ」
「トゥルス……さてはあなた、仕事をサボるためにその抜け穴を見つけて隠しているのね。才能の無駄遣い! 抜け穴があるなら埋めなさい‼ あなた、それでも王宮魔術師なの⁉」
「別に王宮魔術師なんてなりたくなかったからなぁ。この国にそこまでの愛着もないし。あ、でもモルタはこの国が好きなんだよね。だったらちゃんと守るよ。今度直しとくから、今は見逃して」

 全然反省していなさそうな顔でお願いをしてくるサートゥルヌス。でもそんな彼をかわいいって思ってしまう私も大概なのかしら。自分を殺すかもしれない相手なのに、どうしても突き放すことができない。

「アブンダンティア様を覗き見るという目的がある今、私も今すぐ直せなんて言わないわよ」
「だよね。じゃ、行こうか。ここからはお喋り禁止ね」

 うなずいて了解の旨を伝えた。
 サートゥルヌスは目の前の空間に魔法陣を書き出し魔術を展開すると、私の手をしっかりと握りしめ奥へと進み始める。しばらく進むと庭園に出た。渡り廊下から見える庭園は昨日からの雪で白く塗りつぶされていて、清浄さと同時に寂寥感を漂わせていた。
 そのまま廊下を進み、さらに奥へと進んでいく。するとひとつの部屋へとたどり着いた。扉が閉まっていたのでしばらく様子を見ていると、男性がひとりやってきた。彼が部屋へと入るのに続き、私たちも素早く忍び込む。
 
「アイアース、遅い!」

 苛立ちのままに声を荒げたのは、カウチソファにだらしなく横たわり菓子を食べているアブンダンティア様だった。そのあまりの行儀の悪い姿には品性のかけらもなく、王女になどとても見えなかった。

「申し訳ございません、殿下」
「で、できたの?」
「もう少しお時間をいただきたく存じます。御所望の者たちは皆すでに婚約者がおりまして、調整に難航しており――」
「いいから早くしろよ! せっかく転生できたってのに、なんで攻略対象がひとりもいねぇんだよ‼」

 これがアブンダンティア様? あり得ない。この立ち居振る舞い、まるでガラの悪い素行不良な平民じゃない。
 しばらく観察していると、アブンダンティア様は時折わけのわからない言葉を交えながらアイアースと呼んでいた男に指示を出していた。それにしてもこの人たちは、いったい何をしようと?

「攻略対象全員に婚約者がいるとか! 普通フリーだろ‼ チートあるったって面倒だっつの。それにサートゥルヌス! あたしの最推し攻略しやがったヒドイン、こいつだけは絶対に許さねぇ……」

 突然サートゥルヌスの名前が出てきて一瞬声が出そうになった。慌てて飲み込んだけど、危なかった。私の手を握るサートゥルヌスの手も心なしか強張っている。
 御所望のもの、婚約者、サートゥルヌス――これらの単語から、そして先日聞いたお茶会での噂から導き出されるのは……

 アブンダンティア様の御所望のものって、周りに侍らせるための見目麗しい男性?

 そして、ひどいん。
 その言葉、憶えてる。

 ――じゃあね、ヒドインちゃん。サートゥルヌスはあたしがもらっといてあげるから、安心して消えちゃって――

 巻き戻る前、最後に聞いた謎の言葉。
 アブンダンティア様、御身にいったい何が起きているのですか? 今、目の前にいるあなたは、とてもではないけれど以前のあなたには見えません。まるで、別の汚れた魂が入り込んでしまったかのよう。

 くいっと手を引かれ見上げると、サートゥルヌスが扉の方を指さしていた。ちょうど先ほどのアイアースと呼ばれた男が扉に向かって歩きだしていたので私たちも急いで後を追い、入ったときと同じようにこっそりと扉をくぐった。
 そして渡り廊下を抜け、王宮の入り口の方へと戻ってきた。隠密の術が解かれようやく声を出していい状況になり、とりあえず深呼吸をする。
 
「ちょっと場所を移動しようか」

 サートゥルヌスに手を引かれ、先ほどとはまた別の区画にある部屋へとやって来た
 よく考えたらサートゥルヌスと二人っきりの状況って少しまずいような気がする。するのだけど、私はこの期に及んでも彼を疑いきれない。だって、私を殺した彼と、今目の前にいるサートゥルヌスが同じとはどうしても思えなくて。

「モルタ。アブンダンティア様のことは俺に任せてほしい。きみが関わるのは危険だ」
「なぜ? さきほどのアブンダンティア様のお言葉からすると、私も無関係ではないのでしょう?」
「だからこそだよ。アブンダンティア様はモルタを狙っている。ところどころ意味の分からない言葉があったけど、あれはおそらくモルタを排除するって意味だ」

 巻き戻る前なら、きっと私はサートゥルヌスに従ったと思う。けれど、私を殺したのが本当に彼じゃないということがまだわからない今、遠ざけられてしまっては困る。私は確信したい。サートゥルヌスが私を殺した犯人ではないということを。

「承服しかねるわ。私は当事者よ。知らなければ対処できるものもできなくなる」
「モルタ~……はぁ、わかったよ。きみの頑固さはよーく知ってるからね。このまま遠ざけたら、確実に一人で動き始めるもんな」

 サートゥルヌスは大きなため息を吐き出すと顔を上げ、いつになく真剣な面持ちで私を見た。

「ただし、一つだけ条件がある。何か行動を起こすときは、絶対に俺を呼ぶこと」
「わかった」

 サートゥルヌスは私の返事を聞くとうなずき、ポケットから百合に月長石ムーンストーンがあしらわれたかわいらしいネックレスを取り出した。

「これ、お守り。鬱陶しいかもしれないけど、絶対に外さないで。寝るときも、風呂のときも、絶対に!」
「……わかった。トゥルスがそうまで言うのなら、なにか意味があるのでしょうし」
「絶対だよ! 俺は、モルタを失いたくない」

 すがるような眼差しで懇願するサートゥルヌスに抱きしめられ、私の疑念はますます強くなった。
 やっぱり私、あなたが私を殺しただなんて信じられない。あなたが私を裏切って、アブンダンティア様についたなんて考えられない。

「私もよ。私も、トゥルスを失いたくない。だから、一緒に戦いましょう」

 かすかに震えるサートゥルヌスの背に腕を回し、心を決めた。
 たとえ最後に裏切られることになろうと、あなたに殺されようと……私は、あなたを信じる。
 でも、だからといって諦めたわけじゃない。私は欲張りだから、サートゥルヌスも命も手にしたい。どちらも諦めたくない。だから、あの最後に至ってしまった原因、それを必ず見つけてみせる。

「わかった。アブンダンティア様のことを調べるときは、モルタも必ず一緒に」
「ありがとう。わがまま言って、ごめんなさい」
「ぜーんぜん。だってさ、モルタがそこまで頑なになるってことは、なんか理由があるんだよね? だからいつか、話せるときがきたら……そのときは、聞かせて」

 「わかった」の代わりに、彼の背に回した腕に力を込めた。
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