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2周目
1.運命の女神は糸を紡ぎ直す
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夢、だったの?
目覚めたらそこはいつもの自分のベッドの中で、体には傷なんてひとつもなくて。
「夢、だったんだ」
刺されたお腹に手を当て確認し、思わず安堵のため息がもれた。
それにしても、随分と鮮明な夢だった。痛いのも苦しいのも、まるで本当のことみたいで。とはいえ私は刺された経験なんてないから、あの痛みが本当のものかって聞かれたらちょっと自信ないけど。でも、すごく痛かったし苦しかった。
「お嬢様、おはようございます。朝の支度に参りました」
メイドたちが入ってきて、いつも通りの朝が始まった。
と思ったのだけど、なんだかいつもよりも支度に気合が入ってる。どうしたんだろう?
「ねえ、今日って何か大切な用事あったかしら?」
瞬間、メイドたちが固まった。みんな一様に驚き顔で私を見ている。
「お嬢様。本日はエトルリア様との御婚約締結の日ですよ。あんなに楽しみにしていらっしゃったのに……もしかしてお体の具合がよろしくないのですか?」
「あ、そう、そうよね! 嫌だわ、私ったら。ごめんなさい、ちょっと夢見が悪くてぼうっとしていたみたい」
訝しがるメイドたちに慌てて言い訳をして、そのあとはひたすら黙っていた。というか、考えていた。
だって、おかしい。私とサートゥルヌスの結婚式はもう間近だったはず。あの日の朝、咲き始めた薔薇が香る中、私たちは式まであと何日って指折り数えていたんだもの。
ふと見た窓の外、その景色に私は再びの衝撃を受けた。
「雪……」
「昨夜から降り始めましたので、外はもうすっかり銀世界ですよ。あ、お嬢様。今日だけは雪遊びダメですからね」
「し、しないわよ! もう子どもじゃないんだから」
この会話、憶えてる。あの日――サートゥルヌスとの婚約締結の日――の朝、ヤーヌスの月二十日。その冬初めての雪が積もった日、私は気心の知れたメイドたちと、まったく同じやりとりをしていた。
さっきのは本当に夢だったの? それとも予知夢? もしかして、今が死の間際の夢?
ぐっと握りしめた手の感覚はとても鮮明で、今が夢とは到底思えなかった。けれど、鮮明さならさっきの夢も同じ。あの焼けつくような痛み、凍えるような寒さ……
これはもしかして、時間が巻き戻ったのでは?
そんな。到底あり得ない答えにたどり着いてしまった。でも、私にはここから半年後、初夏までの確かな記憶がある。そして今、私はちゃんと生きている……と思う。
だから、とりあえずは巻き戻ったのだということにしよう。なら、やることはひとつ!
サートゥルヌスの本心を確かめ、生き残る道を探す。
私には、サートゥルヌスが私を殺したことが信じられない。だから、彼の本心を知りたい。知って、彼が私を殺したいほど憎んでいたというのなら……そのときは、きっちりと私たちの関係を終わらせようと思う。サートゥルヌスに殺されるのも、理由によっては考える。でも、できれば殺されたくない。
それと、アブンダンティア様。家族から愛されていたあの無邪気で愛らしい少女が、あんな顔をするなんて信じられなかった。あれはまるで別人。アブンダンティア様は婚約者でもない男性に、というよりあの恥ずかしがり屋の少女は、男性全般に対してあんなにベタベタできなかったはず。
二人のことを調べる。進むべき道が決まったのなら、あとは進むだけ。
「気合を入れなくてはね」
「そのように気負わなくても大丈夫ですよ、お嬢様。だってエトルリア様は、お嬢様のことを目に入れても痛くないというほどの溺愛ぶりではないですか」
思わずもれてしまった覚悟の言葉は、婚約締結に向けてのものだと勘違いされた。でも、それでいい。だって、巻き戻りだなんて誰が信じるの? 私だって、そんな夢みたいなこと信じられないと思うもの。
「さあ、いきましょうか」
どんな奇跡がおきたのかはわからないけれど、与えらえた機会は最大限利用させてもらうわ。
目覚めたらそこはいつもの自分のベッドの中で、体には傷なんてひとつもなくて。
「夢、だったんだ」
刺されたお腹に手を当て確認し、思わず安堵のため息がもれた。
それにしても、随分と鮮明な夢だった。痛いのも苦しいのも、まるで本当のことみたいで。とはいえ私は刺された経験なんてないから、あの痛みが本当のものかって聞かれたらちょっと自信ないけど。でも、すごく痛かったし苦しかった。
「お嬢様、おはようございます。朝の支度に参りました」
メイドたちが入ってきて、いつも通りの朝が始まった。
と思ったのだけど、なんだかいつもよりも支度に気合が入ってる。どうしたんだろう?
「ねえ、今日って何か大切な用事あったかしら?」
瞬間、メイドたちが固まった。みんな一様に驚き顔で私を見ている。
「お嬢様。本日はエトルリア様との御婚約締結の日ですよ。あんなに楽しみにしていらっしゃったのに……もしかしてお体の具合がよろしくないのですか?」
「あ、そう、そうよね! 嫌だわ、私ったら。ごめんなさい、ちょっと夢見が悪くてぼうっとしていたみたい」
訝しがるメイドたちに慌てて言い訳をして、そのあとはひたすら黙っていた。というか、考えていた。
だって、おかしい。私とサートゥルヌスの結婚式はもう間近だったはず。あの日の朝、咲き始めた薔薇が香る中、私たちは式まであと何日って指折り数えていたんだもの。
ふと見た窓の外、その景色に私は再びの衝撃を受けた。
「雪……」
「昨夜から降り始めましたので、外はもうすっかり銀世界ですよ。あ、お嬢様。今日だけは雪遊びダメですからね」
「し、しないわよ! もう子どもじゃないんだから」
この会話、憶えてる。あの日――サートゥルヌスとの婚約締結の日――の朝、ヤーヌスの月二十日。その冬初めての雪が積もった日、私は気心の知れたメイドたちと、まったく同じやりとりをしていた。
さっきのは本当に夢だったの? それとも予知夢? もしかして、今が死の間際の夢?
ぐっと握りしめた手の感覚はとても鮮明で、今が夢とは到底思えなかった。けれど、鮮明さならさっきの夢も同じ。あの焼けつくような痛み、凍えるような寒さ……
これはもしかして、時間が巻き戻ったのでは?
そんな。到底あり得ない答えにたどり着いてしまった。でも、私にはここから半年後、初夏までの確かな記憶がある。そして今、私はちゃんと生きている……と思う。
だから、とりあえずは巻き戻ったのだということにしよう。なら、やることはひとつ!
サートゥルヌスの本心を確かめ、生き残る道を探す。
私には、サートゥルヌスが私を殺したことが信じられない。だから、彼の本心を知りたい。知って、彼が私を殺したいほど憎んでいたというのなら……そのときは、きっちりと私たちの関係を終わらせようと思う。サートゥルヌスに殺されるのも、理由によっては考える。でも、できれば殺されたくない。
それと、アブンダンティア様。家族から愛されていたあの無邪気で愛らしい少女が、あんな顔をするなんて信じられなかった。あれはまるで別人。アブンダンティア様は婚約者でもない男性に、というよりあの恥ずかしがり屋の少女は、男性全般に対してあんなにベタベタできなかったはず。
二人のことを調べる。進むべき道が決まったのなら、あとは進むだけ。
「気合を入れなくてはね」
「そのように気負わなくても大丈夫ですよ、お嬢様。だってエトルリア様は、お嬢様のことを目に入れても痛くないというほどの溺愛ぶりではないですか」
思わずもれてしまった覚悟の言葉は、婚約締結に向けてのものだと勘違いされた。でも、それでいい。だって、巻き戻りだなんて誰が信じるの? 私だって、そんな夢みたいなこと信じられないと思うもの。
「さあ、いきましょうか」
どんな奇跡がおきたのかはわからないけれど、与えらえた機会は最大限利用させてもらうわ。
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