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許されない罪

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リーネは酷く落ち込んでいた。

「リーネの!ばか!!」

その理由は主人であるヴィクターである。いつもは涼しげに腹の読めない笑みを浮かべている男が、いまや半泣きでリーネを離さないとばかりに抱きしめているのだ。


(どうしよう…)


許嫁(仮どころか偽だとヴィクターは言っていた)や、フィンの件で決して良くなかった虫の居所が、リーネがヴィクターが留守の間床で寝ていたととある筋(セバスチャンだろうか)からバレてしまい、大目玉をまず食らってしまった。


「はぁ?!?!リーネ、床で寝てたの!?ありえない!!ちゃんと、寝食はすることって約束しただろう?」

「だって、さすがにご主人様も留守の間に奴隷の俺がべ、ベッドで寝るなんて…」

むしろそっちの方が怒らせてしまう…と、仁王立ちでリーネを見下ろすヴィクターに、怒気をいち早く感じで平伏したリーネはしょぼんとして告げる。

「ちょ、リーネ!!そんな立ってくれ!」


チラッと、顔をあげれば、「こういう時どういう顔したらいいの?」とでも言いたげなヴィクターと、飯はちゃんと食べていたのかを急遽アンに確認しているロイの姿があった。

「申し訳ございません」

「その言い方いやって言ったよね」

「ごめんなさい」

リーネが更に頭を下げれば、五条はこれ以上言っても無駄かと深いため息をついて、今日からは自分がいてもいなくても、必ずベッドで寝ることと約束させた。

「さあ、立って」


「ご、ご主人様…」


「ヴィクター…そう呼んでくれたら許してあげるかもね。様もなし」


「あの、それは、さすがに…」


「はあ…」

ヴィクターのため息にリーネはびくりと肩を揺らす。それをヴィクターは悲しげに見た後、セバスチャンに「来訪者が…」がと耳打ちされ、ロイにあとを任せてヴィクターは一旦部屋を出てしまった。


「忙しいんだな、ご主人様は」

せっかく久しぶりに会えたのに、直ぐに部屋を去ったヴィクターに、少し寂しげにリーネは呟く。


「ああ、あの女の件を片付けないといけないからな」

「?」

「許嫁って言ってた女だ。まったく、シェラード家の人間になったわけでもないのに、使用人を好きに使って、リーネを屋敷から追い出すなんてな…さすがにあの人もキレたんだろ」

ロイはなんともなげにそう言うと、さあ、身体が冷えてるから風呂に入れとリーネを浴場に押し込んだ。


「俺が頭洗ってやるよ。干し草、ついてる」

少し疲れた顔をしながら、ロイもふろ場にはいり、腕まくりをする。

「い、や、悪いって。ロイも帰ってきたばっかりなんだから…」

それか、早く休んでくれ!というリーネの言葉に、ロイは酷くガッカリした顔をする。

「これが楽しみで倍の仕事こなしてきたんだ。やらせろ」

「う、うん」


そんな顔されては、嫌とも言えず、リーネはすすめられるままバスタブに浸かる。
頭をもっと外に出せと言われ、縁に首をあずければ、慣れた様子でロイがリーネの髪を濡らす。

「熱くないか?」

「ん…きもちい」

「そっか」



ロイはリーネの晒された白い首をじっと見る。

(こんな無防備なのは俺にだけだよな)

そう思うと満足感、充実感が身体が満たす。その感覚は酷くロイを心地よくさせた。


こうして、ロイがリーネを風呂場で丁寧に洗い、温かいミルクを飲ませ、ベッドに寝かせている間に、ヴィクターは玄関で騒ぎ立てる来訪者のほうへと向かう。



「なぜです!!私たちの婚約は皇帝陛下も認められたもの!!」

メアリーの美しいと評判の顔が見にくくゆがむ。


「はあ…認めたというよりは、否定していないだけで、あの男は僕が誰と結婚をしたいと望もうが邪魔はしてこない。そういう契約だからだ」

「で、でも、私たちの一族と結びつきができれば…日の浅いシェラード家にも箔がつきますし」

食い下がるメアリーと慌てて駆けつけてきたその両親に、ヴィクターはぞっとするほど冷たい目を向ける。

「ひい」

「箔、ですかあ。箔ねえ。いったいその箔とやらが幾らになるといんだ?俺は俺の力でのし上がる。これからもだ…お前たち貴族様のごっこ遊びに付き合う筋合いはねえんだよ」


声色がさらに冷たくなり、乱暴な口調になると、メアリーたちはぞっとした目でヴィクターを見た。

「は、っはは、やはり名ばかりの伯爵様はすぐに化けの皮が剝がれるな」


「ほう」


「お、お前なんぞの力を借りなくとも、我ら歴史ある一族ならば!!」


「お、お父様」



ガタガタ震えながらも貴族である矜持が父親の下手な口を回らせる。それをメアリーが血の気の引いた顔で止める。

母親もまた、その細く骨ばった手で夫を止める。



「言いたいことはそれだけか。そういえば、お前たちにはつまらない額の借金があるようだな。しかもこの冬の領地では作物がほとんど実らなかった、とか」


「き、貴様あ」


「せめてもの恩情で、借金が返せる程度の手切れ金でも渡してやろうと思ったが…」


「あ、ああ」


父親が脂汗を浮かべながら、にやりと笑う。そう、結局どいつもこいつも金だけが目当てなのだ。あからさまな態度にヴィクターは内心舌打ちをする。

一呼吸置き、誰もからうっとりとされる得意の笑みを浮かべた。

「あ、ヴィクター様」

メアリーがどこか期待を込めた目で見るのを、しっかりと見返す。


馬鹿な女。

「残念。俺の一番大切なものを傷つけたんだ。その罪は、償ってもらわなければ、ね。

高貴な貴族様なら、その辺の道理はよくわかっているでしょう」


がくり。


「連れ出せ」


膝から崩れ落ちる彼らをしり目に、ヴィクターは屋敷へと戻っていくのだった。




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