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なぜジャネット達がこちらに関心を払わず、嫌がらせをしてこなくなったのか、ようやく分かった。
標的を移していたのだ。身近にいる、自分達に楯突くことができない人に。
三人は昨日、寮の見回りをしていたガルシア先生に夜更かししていたところを咎められたらしい。
歴史学の成績が思わしくないこともあり、昼休みに追加の課題を取りに来るよう言い渡された、と愚痴をこぼすところを、今朝アンジェラも少しだけ見かけていた。
「今までこんなこと無かったのに、おかしいわ。先生に何か言ったの?」
取り巻きの一人がハンナを睨みつけた。三人は基礎薬学の授業を取っていないにも関わらず、追及するためだけにハンナを探し回っていたのだろうか。
ハンナの目には涙が浮かんでいた。近頃どんな扱いを受けていたか容易に想像できる。
「私はなにも、言って、ないです」
「それなら、ガルシアに取りなしてくれる? あの人、あなたみたいにお勉強しかできない『真面目な子』がお気に入りでしょう?」
そう言ってジャネットはあくまで宥めるような表情で、こちらに一歩近づいた。
(ハンナさんに、何てことを)
大切な友への悪意と理不尽な要求に、アンジェラは湧き上がる憤りを覚えた。
見ると、少し離れた場所に座っていた友人達が、こちらの様子を心配そうに窺っていた。
痺れを切らしたのか、セリアが立ち上がるのが見えた。が、アンジェラは彼女の目を見て静かに首を横に振る。
(ここは、私が)
これまで彼女には、沢山助けられてきた。
だからこそ、ずっと頼り続けて、同じような思いをしている友を黙って見過ごすようなことは、したくない。
机上に置いていたペンにアンジェラはそっと触れた。
このペンはかつてジャネットに一度奪われたが、同じ日にアンジェラとオーウェンを繋いでくれた。
今でも鮮明に思い出せるあの日の記憶が、自分を勇気づけてくれる。
アンジェラは口を開いた。
「……ハンナさんは、今までお部屋で休めていなかったのよ。迷惑していた人が庇い立てする理由は、ないわ。
それよりも、先生のところへご用事があるのでしょう? 遅くなっては、快く思われないはずよ」
「は?」
思いがけない発言に、ジャネットが声色を変え、眉を吊り上げた瞬間だった。
ガルシア先生よ、と突然声が上がった。セリアの隣にいたセラフィーナが壁の大窓を覗き込み、この西棟の昇降口を見下ろしていた。それに釣られたジャネット達は窓辺に駆け寄り、息を呑んだ。
「歴史学の教室は2階よね。空っぽの部屋にいらしたら、大事になるのは間違い無しね」
セリアが言い終わらないうちに三人は、言葉にならない叫びを上げ廊下へ走り去った。
「……ディランさんがあんな人だって、知らなかったわ」
「私達、彼女が流した噂ばっかり信じていたのね」
ジャネットの信じ難い言動を目の当たりにした友人達は、下を向いて黙ってしまった。
「ほら、レポートは大体仕上がったのよね? ここは片付けて、食堂に行きましょうよ」
セリアが明るく呼びかけると、皆の表情もほっと和らいだ。その後、大食堂へ向かう途中アンジェラはハンナに声を掛けられた。
「さっきは本当に、ありがとうございました」
「そんな。私も彼女のせいで嫌な思いをしてきたのに、ハンナさんにも辛い思いをさせて、ごめんなさい」
「でも、今日助けてくれたこと、私は嬉しかったです」
ハンナは微笑んだ。
「それにしても、アンジェラもあんな風に言えるようになったのね」
前を歩いていたセリアが振り向いて言った。周りも頷く。
「皆のお陰よ。今はまだ、誰かに助けられたこととか、素敵だと思ったことを、私なりにしているだけで……今日だって助けてくれて」
「ええ。私達、なかなか良い働きをしたでしょう?」
得意げな顔をするセリア達の様子に、アンジェラはハンナと笑い合った。自分は幸せ者だ、とも思った。
――かくして、クインス校の生徒達はそれぞれの長期休暇を迎えようとしていた。
標的を移していたのだ。身近にいる、自分達に楯突くことができない人に。
三人は昨日、寮の見回りをしていたガルシア先生に夜更かししていたところを咎められたらしい。
歴史学の成績が思わしくないこともあり、昼休みに追加の課題を取りに来るよう言い渡された、と愚痴をこぼすところを、今朝アンジェラも少しだけ見かけていた。
「今までこんなこと無かったのに、おかしいわ。先生に何か言ったの?」
取り巻きの一人がハンナを睨みつけた。三人は基礎薬学の授業を取っていないにも関わらず、追及するためだけにハンナを探し回っていたのだろうか。
ハンナの目には涙が浮かんでいた。近頃どんな扱いを受けていたか容易に想像できる。
「私はなにも、言って、ないです」
「それなら、ガルシアに取りなしてくれる? あの人、あなたみたいにお勉強しかできない『真面目な子』がお気に入りでしょう?」
そう言ってジャネットはあくまで宥めるような表情で、こちらに一歩近づいた。
(ハンナさんに、何てことを)
大切な友への悪意と理不尽な要求に、アンジェラは湧き上がる憤りを覚えた。
見ると、少し離れた場所に座っていた友人達が、こちらの様子を心配そうに窺っていた。
痺れを切らしたのか、セリアが立ち上がるのが見えた。が、アンジェラは彼女の目を見て静かに首を横に振る。
(ここは、私が)
これまで彼女には、沢山助けられてきた。
だからこそ、ずっと頼り続けて、同じような思いをしている友を黙って見過ごすようなことは、したくない。
机上に置いていたペンにアンジェラはそっと触れた。
このペンはかつてジャネットに一度奪われたが、同じ日にアンジェラとオーウェンを繋いでくれた。
今でも鮮明に思い出せるあの日の記憶が、自分を勇気づけてくれる。
アンジェラは口を開いた。
「……ハンナさんは、今までお部屋で休めていなかったのよ。迷惑していた人が庇い立てする理由は、ないわ。
それよりも、先生のところへご用事があるのでしょう? 遅くなっては、快く思われないはずよ」
「は?」
思いがけない発言に、ジャネットが声色を変え、眉を吊り上げた瞬間だった。
ガルシア先生よ、と突然声が上がった。セリアの隣にいたセラフィーナが壁の大窓を覗き込み、この西棟の昇降口を見下ろしていた。それに釣られたジャネット達は窓辺に駆け寄り、息を呑んだ。
「歴史学の教室は2階よね。空っぽの部屋にいらしたら、大事になるのは間違い無しね」
セリアが言い終わらないうちに三人は、言葉にならない叫びを上げ廊下へ走り去った。
「……ディランさんがあんな人だって、知らなかったわ」
「私達、彼女が流した噂ばっかり信じていたのね」
ジャネットの信じ難い言動を目の当たりにした友人達は、下を向いて黙ってしまった。
「ほら、レポートは大体仕上がったのよね? ここは片付けて、食堂に行きましょうよ」
セリアが明るく呼びかけると、皆の表情もほっと和らいだ。その後、大食堂へ向かう途中アンジェラはハンナに声を掛けられた。
「さっきは本当に、ありがとうございました」
「そんな。私も彼女のせいで嫌な思いをしてきたのに、ハンナさんにも辛い思いをさせて、ごめんなさい」
「でも、今日助けてくれたこと、私は嬉しかったです」
ハンナは微笑んだ。
「それにしても、アンジェラもあんな風に言えるようになったのね」
前を歩いていたセリアが振り向いて言った。周りも頷く。
「皆のお陰よ。今はまだ、誰かに助けられたこととか、素敵だと思ったことを、私なりにしているだけで……今日だって助けてくれて」
「ええ。私達、なかなか良い働きをしたでしょう?」
得意げな顔をするセリア達の様子に、アンジェラはハンナと笑い合った。自分は幸せ者だ、とも思った。
――かくして、クインス校の生徒達はそれぞれの長期休暇を迎えようとしていた。
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