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番外編:疑われてもきみを抱く理由
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やがて涙が引っ込む頃には気持ちも落ち着いた。
ソファに並んで座り、豊さんの肩に頭を預ける。
「誤解されそうなことを考えてみたんだが」
「……はい」
「この間、ある雑誌の編集者と会った」
「……ホテルで?」
「そうだな」
「……女性ですか?」
「まあ、そうなる」
「……二人きり?」
「言い方に悪意がある。他に誰もいなかったのは否定しないが、君が思うような関係じゃない」
「……なにをしたのか言えますか?」
「撮影だな」
「…………え」
「内装が特殊なんだ。その雑誌が次にやるテーマも」
目をこすってから豊さんを見上げる。
「詳しくは言えない。コンプライアンスに引っかかる」
「……別れるかもってときに、コンプライアンスを気にするんですね?」
「別れるのか?」
心底驚いたように言われて、うっかり笑いそうになってしまう。
「普通、浮気を疑われたら別れ話になるのは当然だと思いますよ。しかも、別に誤解が解けたわけじゃないですし」
「でも、俺は君を愛してる」
ゆっくり息を吐いて、苦笑いする。
なんの迷いもなくまっすぐそう言える人が、どうやって嘘を吐くと言うのだろう。
「話、戻しましょうか。つまりその編集者とホテルに行って、その瞬間を私の知人に見られた……で合っていますか?」
「まあ、そういうことなんじゃないのか」
「……楽しそうに笑っていたって話も聞いているんですが」
「うん?」
手を伸ばして、外では滅多に動かない顔に触れる。
食卓に好物を並べたとき、この頬はちょっとだけ緩む。本人は無自覚だろうけれど。
「私のいないところで、しかもホテルで、女性と楽しく笑いながら過ごしたんですか」
「いや、だから言い方に悪意が」
「どうなんですか?」
ここまで来れば、私だって豊さんが完全に無実だとわかっている。
でもせっかくならもう少し攻めておきたい。
別れ話になるとまで想定しなかったとしても、豊さんが珍しくうろたえているのは確かなのだから。
「笑ったかどうかは記憶にない。話した内容は……一応、覚えている」
「どんな話ですか」
「……言わないのはだめか」
「別にいいですよ。私に言えない話なんだなって思うだけです」
「そういうわけでもないんだが……」
「なのに言わないんですね。ふーん」
「……なんなんだ、その感じは」
頬をつついていた手を掴まれる。
「夫がいる話を聞いたんだ。結婚していることは人に言っていないらしくてな」
「……それが言えない話?」
「抱き枕に話しかけるような人だ、と聞いた」
まったく意味がわからなくて首をひねる。
それのどこが私に言えない話だと言うのだろう。
「君もこの間同じようなことをしていただろ」
「……あ」
言われて思い出す。
厳密に言えば、抱き枕に話しかけたわけではない。
寝ぼけて枕を豊さんと呼び、抱き締めてしまっただけだ。
「あれは……」
「かわいかった」
しれっと言った豊さんは――楽しそうに笑っている。
「その話を聞いてすぐ思い出したんだ。……だが、あのとき君は忘れろと怒っただろ」
「……そうですね。豊さんがいつまでも笑ってるから……」
「今でも笑える」
小馬鹿にされているのかと思ったけれど、よく似た他人かと思うほど気持ちのいい笑顔を浮かべているせいで怒れない。
(つまり、私が原因?)
溜息を吐く。
豊さんは仕事の関係者と、撮影のためにホテルへ入った。
そしてプライベートの話をし、その内容から私のしたことを思い出した。
有沢さんが見たのは、私のことを思い出して笑った豊さんの姿――。
(こんなオチってある?)
今聞いたことを有沢さんに報告すれば、きっと呆れられるだろう。
飲みに連れて行ってもらうどころか、むしろ奢れと言われてしまうかもしれない。
そのぐらい――馬鹿馬鹿しい。
「他に確認しなければならないことはあるのか? あるなら、話す。話せる範囲で」
「もういいです……」
「うん?」
どっと疲れが押し寄せてきて、豊さんの胸に顔を埋める。
「なんだか気が抜けました」
「誤解は解けたという認識でいいのか」
「はい」
「なら、よかった」
すっかり乾いた涙の痕を指でなぞられる。
その感触に甘えていると、突然頬をつままれた。
ソファに並んで座り、豊さんの肩に頭を預ける。
「誤解されそうなことを考えてみたんだが」
「……はい」
「この間、ある雑誌の編集者と会った」
「……ホテルで?」
「そうだな」
「……女性ですか?」
「まあ、そうなる」
「……二人きり?」
「言い方に悪意がある。他に誰もいなかったのは否定しないが、君が思うような関係じゃない」
「……なにをしたのか言えますか?」
「撮影だな」
「…………え」
「内装が特殊なんだ。その雑誌が次にやるテーマも」
目をこすってから豊さんを見上げる。
「詳しくは言えない。コンプライアンスに引っかかる」
「……別れるかもってときに、コンプライアンスを気にするんですね?」
「別れるのか?」
心底驚いたように言われて、うっかり笑いそうになってしまう。
「普通、浮気を疑われたら別れ話になるのは当然だと思いますよ。しかも、別に誤解が解けたわけじゃないですし」
「でも、俺は君を愛してる」
ゆっくり息を吐いて、苦笑いする。
なんの迷いもなくまっすぐそう言える人が、どうやって嘘を吐くと言うのだろう。
「話、戻しましょうか。つまりその編集者とホテルに行って、その瞬間を私の知人に見られた……で合っていますか?」
「まあ、そういうことなんじゃないのか」
「……楽しそうに笑っていたって話も聞いているんですが」
「うん?」
手を伸ばして、外では滅多に動かない顔に触れる。
食卓に好物を並べたとき、この頬はちょっとだけ緩む。本人は無自覚だろうけれど。
「私のいないところで、しかもホテルで、女性と楽しく笑いながら過ごしたんですか」
「いや、だから言い方に悪意が」
「どうなんですか?」
ここまで来れば、私だって豊さんが完全に無実だとわかっている。
でもせっかくならもう少し攻めておきたい。
別れ話になるとまで想定しなかったとしても、豊さんが珍しくうろたえているのは確かなのだから。
「笑ったかどうかは記憶にない。話した内容は……一応、覚えている」
「どんな話ですか」
「……言わないのはだめか」
「別にいいですよ。私に言えない話なんだなって思うだけです」
「そういうわけでもないんだが……」
「なのに言わないんですね。ふーん」
「……なんなんだ、その感じは」
頬をつついていた手を掴まれる。
「夫がいる話を聞いたんだ。結婚していることは人に言っていないらしくてな」
「……それが言えない話?」
「抱き枕に話しかけるような人だ、と聞いた」
まったく意味がわからなくて首をひねる。
それのどこが私に言えない話だと言うのだろう。
「君もこの間同じようなことをしていただろ」
「……あ」
言われて思い出す。
厳密に言えば、抱き枕に話しかけたわけではない。
寝ぼけて枕を豊さんと呼び、抱き締めてしまっただけだ。
「あれは……」
「かわいかった」
しれっと言った豊さんは――楽しそうに笑っている。
「その話を聞いてすぐ思い出したんだ。……だが、あのとき君は忘れろと怒っただろ」
「……そうですね。豊さんがいつまでも笑ってるから……」
「今でも笑える」
小馬鹿にされているのかと思ったけれど、よく似た他人かと思うほど気持ちのいい笑顔を浮かべているせいで怒れない。
(つまり、私が原因?)
溜息を吐く。
豊さんは仕事の関係者と、撮影のためにホテルへ入った。
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(こんなオチってある?)
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そのぐらい――馬鹿馬鹿しい。
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「もういいです……」
「うん?」
どっと疲れが押し寄せてきて、豊さんの胸に顔を埋める。
「なんだか気が抜けました」
「誤解は解けたという認識でいいのか」
「はい」
「なら、よかった」
すっかり乾いた涙の痕を指でなぞられる。
その感触に甘えていると、突然頬をつままれた。
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