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番外編:疑われてもきみを抱く理由
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しおりを挟む帰宅すると、今日は豊さんの方が早く帰ってきていた。
リビングでくつろぐ姿は昨日まで見ていたものとまったく変わらない。
ただ、有沢さんから聞いていた話のせいで「ただいま」を言うのが遅れてしまった。
「……ん、お帰り」
私が言う前に豊さんが振り返る。
仕事道具であり、趣味の道具でもあるカメラの手入れをしていたらしい。
私にはよくわからないパーツがあちこちに転がっている。
「夕飯は?」
「済ませて……きました」
「なんだ、それなら連絡してくれればよかっただろ。待っていたのに」
「……すみません」
浮気なんてありえない――。
頭の中ではそう思っているのに、本人を目の前にすると息ができなくなる。
豊さんはとても魅力的な人だと思う。
今までにも女性との付き合いがあることは本人の口から聞いているし、多少性格に難はあっても、このルックスと才能を持った男を放っておく女は多くないだろう。
そしておそらく、豊さんは基本的に来る者を拒まないタイプだ。
断る方が面倒だから、という考えは透けているけれど。
「志保?」
名前を呼ばれてはっと顔を上げる。
いつの間にか豊さんが目の前に来ていた。
「どうしたんだ、ぼんやりして」
「あ……いえ」
「疲れたのか?」
気遣うような優しい声。
私がなにも言わなかったのをどう思ったのか、やや強引に抱き寄せられた。
「豊さ――」
とんとん、と背中を撫でられる。
次いで、髪も撫でられた。
「俺にできることは?」
ああ、と嘆息する。
この人が浮気だなんて、ありえるだろうか?
「今日……豊さんの話を聞いたんです」
気付けば私は震える声で尋ねていた。
「豊さんが知らない女性とホテルから出てきたって」
「……は」
「どういうことなのか……説明……」
「志保」
最後まで言い切れずに泣き出した私を、豊さんが慌てたように呼ぶ。
心も、頭も、全部がぐしゃぐしゃになっていた。
ありえないとわかっていて、もっと冷静に話せるのだと思っていたのに、感情とはままならないものである。
「落ち着け。頼むから」
泣きじゃくる私を豊さんは抱き締めて、撫でてくれる。
その腕の中はあたたかくて心地よかったけれど、私を裏切っているのだとしたらこんなに残酷なことはない。
「私……私のこと、嫌いになったなら……言ってください……」
「……そうだって言ったら、身を引くんだろ」
「だって……」
好きだから、幸せになってほしい。
そう言おうとして言えなかった。
「一緒にいたい、けど……豊さんがそうしたくないなら……」
「ああ、もう」
呆れたように言うと、豊さんは私の顎を持ち上げた。
そのまま、軽いキスを落とす。
「なんの話なのかまったく覚えがない。ただ、君が泣いているということは、信頼できる相手から聞いた話だったんだよな」
「……はい」
「君以外に好きだと思える相手はいない。……こう言って、信じられるか?」
「はい」
「信じるのか」
信じられないという答えを予想していたのだろうけれど、残念ながら私は豊さんが思っている以上にこの人に溺れている。
「豊さんがそう言うなら信じます」
「……騙されている可能性は考えなくていいのか」
「……そのつもりなら、私に絶対気付かれないようにしてください」
「いや、今のは違うな。別に騙しているわけじゃない。勘違いしないでくれ」
考えたことをすぐ口にするせいで話がややこしくなる。
豊さんは、しばらく私が泣き止むまで抱き締めてくれていた。
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