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番外編:疑われてもきみを抱く理由
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「ありえないです」
うっかり即答した自分が悔しい。
でも、その通りだった。
「そういう器用なことができるタイプではないです。興味がなくなったら、さっさと別れ話をしにくると思いますよ」
「いつもならそういうのろけもご馳走様って聞けるんだけどね。その……ホテルを出てくるところを見たものだから」
「……え?」
「一緒にいた女性は……少なくとも私の知っている人物ではなかったわね。まだどこにも名前を出していないモデルっていう線はあるけど、それにしては……あー、言葉を選ばずに言うわね。歳と取りすぎてた」
若い子と一緒にいたわけではない――というのはわかった。
けれど、有沢さんの言葉は右から左に抜けていく。
「あの人に限って、浮気はちょっとありえないです」
「私もそう思ってたのよ。でもね」
有沢さんの顔に苦いものが浮かぶ。
「笑ってたのよね、神宮司さん」
「……豊さんが?」
「そう。その人と話しながら」
(意外とかわいく笑う人ではあるんだけど)
自分がズレたことを考えていることに気付き、思考の方向を修正する。
他の人ならば笑っていたぐらいでおかしいとは思わない。
でも、豊さんは仕事中、ほとんど表情を動かさない人である。
あったとしても大抵、不機嫌そうにしている。
笑ったり、困った顔をしたり、ちょっと照れたり――そんな表情は自宅にいるときだと、よく見かけた。
むしろ二人でいる間は怒った顔をしていることの方が少ない。
たぶん本人も怒っているつもりはあまりないのだろうと思う。
「それは……よくあるアレじゃないですか? 姉妹だったとか、そういう」
「……姉妹がいるなんて話、聞いたことあるの?」
「ありませんが……」
言っていないだけ、というオチは大いにありえる。
なぜなら、相手は豊さんだからだ。
一目惚れした相手に出会ってもその事実を飲み込み続けるような人だと、私はよく知っている。
ただ、ここまでの話でどうして有沢さんの様子がおかしかったのかは理解した。
豊さんが不貞を働いているかもしれないという事実を告げるかやめておくか、おそらくは悩んだのだろう。
そして私のために言うことを決めてくれた。
「教えてくれてありがとうございます。あとは本人に直接聞いてみます」
「……え。直接聞くの?」
「他に方法があるんですか……?」
「そこはほら、探りを入れてみるとか。携帯をこっそりチェックする、なんていうのもよくあると思うけど」
「そんなことしなくても、聞けば答えてくれると思います」
万が一のことをふんわりと頭に思い浮かべる。
浮気をしているのは本当かと聞いた私に、豊さんはしれっと「そうだな」と答えそうだった。
簡単に思い浮かんだのに、そのとき自分がどう反応するかは想像がつかない。
泣いて責めるのか、それともすぐに諦めて引くのか。
ただ、ちりりと胸が痛んだ。
「……浮気なら浮気でも。もともと……私もそんなに魅力的な女じゃないですし」
「そんなことないわよ。私が保証する」
「……ありがとうございます。もし、本当に浮気だったら、そのときは飲みに連れて行ってください」
「……そうね。なんでも奢ってあげるわ」
話はそれだけのようだった。
有沢さんの中では、どうやらもう浮気ということで確定している。
でもやっぱり、私はあの豊さんが浮気をしていると思えなかった。
うっかり即答した自分が悔しい。
でも、その通りだった。
「そういう器用なことができるタイプではないです。興味がなくなったら、さっさと別れ話をしにくると思いますよ」
「いつもならそういうのろけもご馳走様って聞けるんだけどね。その……ホテルを出てくるところを見たものだから」
「……え?」
「一緒にいた女性は……少なくとも私の知っている人物ではなかったわね。まだどこにも名前を出していないモデルっていう線はあるけど、それにしては……あー、言葉を選ばずに言うわね。歳と取りすぎてた」
若い子と一緒にいたわけではない――というのはわかった。
けれど、有沢さんの言葉は右から左に抜けていく。
「あの人に限って、浮気はちょっとありえないです」
「私もそう思ってたのよ。でもね」
有沢さんの顔に苦いものが浮かぶ。
「笑ってたのよね、神宮司さん」
「……豊さんが?」
「そう。その人と話しながら」
(意外とかわいく笑う人ではあるんだけど)
自分がズレたことを考えていることに気付き、思考の方向を修正する。
他の人ならば笑っていたぐらいでおかしいとは思わない。
でも、豊さんは仕事中、ほとんど表情を動かさない人である。
あったとしても大抵、不機嫌そうにしている。
笑ったり、困った顔をしたり、ちょっと照れたり――そんな表情は自宅にいるときだと、よく見かけた。
むしろ二人でいる間は怒った顔をしていることの方が少ない。
たぶん本人も怒っているつもりはあまりないのだろうと思う。
「それは……よくあるアレじゃないですか? 姉妹だったとか、そういう」
「……姉妹がいるなんて話、聞いたことあるの?」
「ありませんが……」
言っていないだけ、というオチは大いにありえる。
なぜなら、相手は豊さんだからだ。
一目惚れした相手に出会ってもその事実を飲み込み続けるような人だと、私はよく知っている。
ただ、ここまでの話でどうして有沢さんの様子がおかしかったのかは理解した。
豊さんが不貞を働いているかもしれないという事実を告げるかやめておくか、おそらくは悩んだのだろう。
そして私のために言うことを決めてくれた。
「教えてくれてありがとうございます。あとは本人に直接聞いてみます」
「……え。直接聞くの?」
「他に方法があるんですか……?」
「そこはほら、探りを入れてみるとか。携帯をこっそりチェックする、なんていうのもよくあると思うけど」
「そんなことしなくても、聞けば答えてくれると思います」
万が一のことをふんわりと頭に思い浮かべる。
浮気をしているのは本当かと聞いた私に、豊さんはしれっと「そうだな」と答えそうだった。
簡単に思い浮かんだのに、そのとき自分がどう反応するかは想像がつかない。
泣いて責めるのか、それともすぐに諦めて引くのか。
ただ、ちりりと胸が痛んだ。
「……浮気なら浮気でも。もともと……私もそんなに魅力的な女じゃないですし」
「そんなことないわよ。私が保証する」
「……ありがとうございます。もし、本当に浮気だったら、そのときは飲みに連れて行ってください」
「……そうね。なんでも奢ってあげるわ」
話はそれだけのようだった。
有沢さんの中では、どうやらもう浮気ということで確定している。
でもやっぱり、私はあの豊さんが浮気をしていると思えなかった。
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