【R18】きみを抱く理由

さくら蒼

文字の大きさ
上 下
75 / 81
番外編:いつでもきみを抱く理由

しおりを挟む
 シャワーを浴びて戻ってくると、ベッドで志保が丸くなっていた。

(こうなると思った)

 ことを済ませたあと、既に志保は眠そうにしていた。
 そのまま眠りそうだったのを見て浴室まで運び、せっせと面倒を見てからベッドに戻したのだが。
 結局、俺がいない数分のうちに力尽きてしまったらしい。

(別にいい)

 志保の隣に潜り込んで、背中を抱き締める。
 すっかり馴染んだ甘い香りと柔らかいぬくもりにほっと息を吐いた。

(……寝ていようがなんだろうが、いい)

 今、この腕の中にずっと想い続けてきた人がいる。
 それだけで充分だった。
 初めて志保と出会った――出会ったと言っていいのかは別として――とき、ひどく胸が騒いだのを覚えている。
 撮りたい瞬間を収められなかった後悔以上に、彼女の存在は俺の心を縛り付けた。
 いつかまたどこかで出会えるなら。
 そのときは今度こそ。
 そうして再び志保を見つけたとき、あまり深く考えずに行動していた。
 コンクールもなにもかも、正直興味はなかった。
 ただ、志保の時間を少しでも共有したかった。
 言っても彼女は信じないだろうが、最初は本当に手を出すつもりがなかった。
 話をするきっかけが作れればそれでよかったし、ときどき食事に行けたら充分で。あわよくば休日に二人で過ごせないかと思いはしたが、まさかこうなるとは。

(まあ、終わりよければすべてよし、か)

 腕の中で志保が身じろぎする。
 寝返りを打ったかと思うと、俺の旨に顔を埋めてきた。

(……甘えているみたいだ)

 意外と志保の扱いは難しい。
 素直かと思いきや、案外ひねくれた部分もある。
 好きだともっと言ってくれればいいのにそうしないところが、特に。

(……志保)

 どこにも行かないよう、誰にも奪われないよう、きつく抱き締めておく。
 あまり甘えてくれることがないからこそ、今のこの時間を楽しんでおきたい。
 ひとつ、溜息を吐く。
 彼女に望んでいたのは、ただ二人で過ごす時間だけ。
 それがどんどんわがままになって、未来まで欲しくなった。
 最初に身体を、次に心を、そして人生まで手に入れた今、次に俺は彼女のなにを欲しがるのだろう。

「ん……ゆた、かさん……?」

 志保が目をこすりながら俺を見上げた。
 ぼんやりしている様子を見る限り、きちんと目覚めたわけではないらしい。

「私……寝ちゃってました……?」
「いい。……おやすみ」
「ん……」

 もう少し話をしたい――というより、志保の声を聞いていたい気持ちはあった。
 だが、無理はさせたくない。

「また明日な」

 髪を撫でてから額にキスをして、もう一度志保を抱き締め直す。
 すり寄ってきたことに一瞬ぎょっとした。

(普段からそうしてくれてもいいんだが)

 きっと、志保は起きているときにここまで甘えない。
 その方法をあまり知らないのではないかと思ったのは、本当に最近のこと。

(……恋人もいなかったみたいだしな)

 とんとんと背中を撫でて、一緒に目を閉じる。
 甘え方を知らないくせに、自分には甘えてくれる長年の片思い相手。
 好きにならずにいられるなら、その方法を聞いてみたかった。

***

 目を覚ますと、窓から差し込んだ光が部屋を明るく照らしていた。
 こんなに早く朝が来たことに驚いて、少し思考が追い付かない。
 腕の中に志保はいなかった。
 代わりにリビングの方から音がする。
 正確に言えばキッチンから。

(どうするかな)

 起きてしまったなら、朝食の支度を手伝いに行けばいい。
 そうすれば志保も喜ぶだろうし、一足早く恋人らしい時間を過ごせる。
 が、俺はそうしなかった。
 ベッドに潜り込んでしばらく、遠くから足音が近付いてくる。

「豊さん、朝ですよ」

 軽いノックをしただけで、志保はあっさりドアを開けてしまった。
 そのまま部屋に入ってくると、ベッドへ向かってくる。

「そろそろご飯、できますけど」

 聞かなくてもいい香りが漂ってくればすぐにわかる。
 今起きた風を装って目を開け、志保に向かって手を伸ばした。
 彼女はいつも、こうして俺を起こしてくれる。
 きっと朝に弱い男だと思っているのだろう。
 誰のせいで弱いことになってしまったのか、よく考えてみてほしいものだ。

「君がキスしてくれたら起きるかもしれない」

 そう言うと、志保はあからさまに目を逸らした。

「じゃあいいです、起きなくて」
「こら」

 立ち去ろうとした背中を追い、昨日眠るときにしたように抱き締める。

「してくれないのか」
「してあげません」
「どうして」
「……そういうの、恥ずかしくないですか?」
「なにが?」
「朝からキス、とか……」
「どうせ誰も見ていない。ここにいるのは君と、俺だけだ」

 振り返ってくれない志保の耳にキスをする。
 本当は別の場所にしたいのだと知らしめるように。

「恥ずかしいだけが理由なら、俺からする」
「それはそれで恥ずかしいです」
「じゃあ、どうすればいいんだ」
「普通に起きて、普通にご飯を食べて、普通に仕事に行ってください」

(昨日は甘えてくれたのにな)

 すり寄ってきた志保は幻だったのかもしれない。
 だが、これはこれでかわいい。

「普通に恋人を甘やかすのは?」
「それは……。……お好きに、どうぞ」

(俺に『好きにされる』のが好きだな)

 初めての夜も志保は俺の好きにしていいと言った。
 あの夜を思い出して、また少し欲しくなる。

「……本当に好きにしていいんだな」
「やっぱりだめです」

 察したのか、するりと腕を抜けて行ってしまった。
 もう少し自分の欲求を隠せるようにした方がいいのかもしれない。
 やっと振り返った志保は頬を赤らめていた。 
 俺を軽く睨んで、じりじりと距離を取る。

「来ないなら先に食べちゃいますから」

 そのまま部屋を出ようとしたのを見て、再び腕を掴む。
 引き寄せ、抱き締めて――唇を封じた。

「おはよう」
「……おはようございます」

 言うのが遅くはないか、とありありと顔に書いてあるがどうでもいい。
 志保にキスをした瞬間から俺の朝がやってくるのだから――。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

処理中です...