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番外編:お風呂できみを抱く理由
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閉じたドアの向こうでごそごそと衣擦れの音が聞こえる。
(ど、どうしよう)
二人でシャワーを浴びたことはもちろんある。
しかし、泡風呂を楽しむのは初めてだった。
こういうときは恋人同士らしくきゃっきゃとはしゃいだ方がいいのか、それとも大人として節度を保ちながら普通にしていた方がいいのか。
少し考えて、後者で行くことにする。
豊さんははしゃぐタイプの人間ではないし、そもそも泡なんてどうでもいいと平気な顔をして言いかねない人間だからだ。
(大人っぽく、落ち着いて……普通に……。……なんでこんなことを考えながら、お風呂に入らなきゃいけないんだろう……)
疑問はあとで豊さんにぶつけることにする。
そうしてしばらく待っていると、ようやくすべての元凶が浴室に入ってきた。
「まだのぼせていないよな」
「……一応、平気です」
目のやり場に困ってうつむいておく。
向こうが散々私の肌を見たように――カメラ越しに見られたことだってある――私も豊さんの肌を見たことは何度もあった。
ただ、こうして明るい場所でまじまじ、ということはあまりない。
身体を重ねたことは多くても、なんとなく慣れていなかった。
「もう少しそっちに行ってくれ」
「え、入るつもりなんですか?」
軽く身体を流した豊さんが、浴室に入ってこようとする。
「絶対狭いですよ」
「そうしてほしかったんじゃないのか?」
「そんなこと、言ってませんけど」
「じゃあ、俺がしたい」
ぐ、と言葉に詰まってしまったのは、不意打ちの一撃だったから。
どこまでも自分に正直な人である。
そして、やっぱり『今』しか頭にない。
私があとでこのことを思い出したら、顔から火が出るほど恥ずかしがるだろうな――なんてことはかけらほども考えていないだろう。
渋々、豊さんのために場所を空ける。
「……やっぱりそうじゃないな」
「え? なにがですか?」
「こっちがいい」
なにを言っているのかと思ったときにはもう、豊さんが私の背中を押しのけている。
わけがわからないまま従って、豊さんが背後に落ち着いたときにようやく理解した。
「……あの」
「のぼせそうになったら言えよ」
(もう、すでにのぼせそう……)
今、私は浴槽の中で豊さんに後ろから抱き締められていた。
泡のせいで湯舟の中はまったく見えない。
でも、豊さんの腕がお腹の辺りを包み込んでいるのは知っている。
たとえのぼせたと言っても、簡単に逃がしてくれる気配はなかった。
「これ、恥ずかしいです」
「見えていないのに?」
「そういう問題じゃないですよ。逆になにも思わないんですか?」
「……ちょっと興奮しているかもな」
「……え」
身体がぴったり豊さんに密着する。
そうすれば必然的に腰辺りに――当たるわけで。
「仕事で疲れたしな、今日は」
「全然意味がわからないです」
「癒しが欲しいんだ、手っ取り早く」
「手っ取り早くって……言い方をもう少し考えてくださいね」
「早く、君が欲しい」
ああもう、と言いたくなる。
そんな声で、しかも耳元で囁くなんて卑怯ではないか。
「……のぼせない程度にお付き合いします」
「なんだか納得いかないな。いつも俺が求めて、君が渋々受け入れている気がする」
「その通りだと思うんですけど……」
「君は? たまには俺を欲しいと思わないのか?」
「それは……」
片思いだと思っていた頃。それから、仕事で豊さんが遠くに行っているとき。休日にソファで寝転がって無防備な寝顔をさらしているときや、真剣な顔で撮った写真の選別をしているとき。
食事の用意をしているときにちょっかいをかけられれば反応してしまうし、逆になにもなくてもそわそわして触れてもらいたくなる。
結局のところ、私も言わないだけでいつもこの人を求めていた。
「……思って、ます」
「へえ」
「豊さんのそれ、嫌いです」
「うん?」
「なにを考えているかわからない反応。呆れてるのか、喜んでるのか、そういうのもわからないです」
「少なくとも今は喜んでいるな」
ちゃぷんと水が揺れて音を立てた。
豊さんが手を動かしたせいで。
「今は? 俺が欲しい?」
「……ちょっとだけ」
「じゃあ、もっと欲しくなるようにするか」
お腹で留まっていた手が上に伸びてくる。
片方は、足の付け根へと下りていった。
(ど、どうしよう)
二人でシャワーを浴びたことはもちろんある。
しかし、泡風呂を楽しむのは初めてだった。
こういうときは恋人同士らしくきゃっきゃとはしゃいだ方がいいのか、それとも大人として節度を保ちながら普通にしていた方がいいのか。
少し考えて、後者で行くことにする。
豊さんははしゃぐタイプの人間ではないし、そもそも泡なんてどうでもいいと平気な顔をして言いかねない人間だからだ。
(大人っぽく、落ち着いて……普通に……。……なんでこんなことを考えながら、お風呂に入らなきゃいけないんだろう……)
疑問はあとで豊さんにぶつけることにする。
そうしてしばらく待っていると、ようやくすべての元凶が浴室に入ってきた。
「まだのぼせていないよな」
「……一応、平気です」
目のやり場に困ってうつむいておく。
向こうが散々私の肌を見たように――カメラ越しに見られたことだってある――私も豊さんの肌を見たことは何度もあった。
ただ、こうして明るい場所でまじまじ、ということはあまりない。
身体を重ねたことは多くても、なんとなく慣れていなかった。
「もう少しそっちに行ってくれ」
「え、入るつもりなんですか?」
軽く身体を流した豊さんが、浴室に入ってこようとする。
「絶対狭いですよ」
「そうしてほしかったんじゃないのか?」
「そんなこと、言ってませんけど」
「じゃあ、俺がしたい」
ぐ、と言葉に詰まってしまったのは、不意打ちの一撃だったから。
どこまでも自分に正直な人である。
そして、やっぱり『今』しか頭にない。
私があとでこのことを思い出したら、顔から火が出るほど恥ずかしがるだろうな――なんてことはかけらほども考えていないだろう。
渋々、豊さんのために場所を空ける。
「……やっぱりそうじゃないな」
「え? なにがですか?」
「こっちがいい」
なにを言っているのかと思ったときにはもう、豊さんが私の背中を押しのけている。
わけがわからないまま従って、豊さんが背後に落ち着いたときにようやく理解した。
「……あの」
「のぼせそうになったら言えよ」
(もう、すでにのぼせそう……)
今、私は浴槽の中で豊さんに後ろから抱き締められていた。
泡のせいで湯舟の中はまったく見えない。
でも、豊さんの腕がお腹の辺りを包み込んでいるのは知っている。
たとえのぼせたと言っても、簡単に逃がしてくれる気配はなかった。
「これ、恥ずかしいです」
「見えていないのに?」
「そういう問題じゃないですよ。逆になにも思わないんですか?」
「……ちょっと興奮しているかもな」
「……え」
身体がぴったり豊さんに密着する。
そうすれば必然的に腰辺りに――当たるわけで。
「仕事で疲れたしな、今日は」
「全然意味がわからないです」
「癒しが欲しいんだ、手っ取り早く」
「手っ取り早くって……言い方をもう少し考えてくださいね」
「早く、君が欲しい」
ああもう、と言いたくなる。
そんな声で、しかも耳元で囁くなんて卑怯ではないか。
「……のぼせない程度にお付き合いします」
「なんだか納得いかないな。いつも俺が求めて、君が渋々受け入れている気がする」
「その通りだと思うんですけど……」
「君は? たまには俺を欲しいと思わないのか?」
「それは……」
片思いだと思っていた頃。それから、仕事で豊さんが遠くに行っているとき。休日にソファで寝転がって無防備な寝顔をさらしているときや、真剣な顔で撮った写真の選別をしているとき。
食事の用意をしているときにちょっかいをかけられれば反応してしまうし、逆になにもなくてもそわそわして触れてもらいたくなる。
結局のところ、私も言わないだけでいつもこの人を求めていた。
「……思って、ます」
「へえ」
「豊さんのそれ、嫌いです」
「うん?」
「なにを考えているかわからない反応。呆れてるのか、喜んでるのか、そういうのもわからないです」
「少なくとも今は喜んでいるな」
ちゃぷんと水が揺れて音を立てた。
豊さんが手を動かしたせいで。
「今は? 俺が欲しい?」
「……ちょっとだけ」
「じゃあ、もっと欲しくなるようにするか」
お腹で留まっていた手が上に伸びてくる。
片方は、足の付け根へと下りていった。
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