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番外編:お風呂できみを抱く理由
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聞き慣れたシャッター音が耳をくすぐる。
非常に落ち着かないけれど、ここで動くわけにはいかなかった。
(……ありえない)
私が今いるのは――浴室。
当然裸で、ピンクのふわふわした泡に囲まれている。
身体が見えてしまわないようしっかり肩まで浸かった私を、さっきから豊さんは熱心に撮影していた。
こうなってしまったのはほんの三十分ほど前のこと。
どうやら新しい撮影が始まるようで、そのためのモデルになってほしいと頼まれたのが悪夢の始まりだった。
どんな撮影かも聞かずに了承してしまった私も悪いとして。
「……あの、いつまでこうしていればいいですか?」
「のぼせそうになったら言ってくれ」
答えになっていない。
まったくもって、なっていない。
「次の仕事、どういうものなんですか」
「守秘義務がある」
「……なんでちょっと目を逸らしたのか聞いても?」
「モデルなんだから静かにしていてくれ」
「豊さん」
ここまで来ればさすがに私も察する。
――この人はただ、私を撮って遊びたいだけだ。
「こんな際どい撮影なんて仕事でやらないですよね」
「…………」
「モデルを裸にして、しかも泡まみれにするなんてありえませんもんね」
「いや、なくはない」
「そういうのはこっそり水着を着てるって知ってるんです。これでも私、業界の人間ですよ」
「…………」
「黙るのはずるいと思いま――」
言いかけた瞬間、またシャッターを切られる。
たぶん、私の顔はむっとしていることだろう。
「いい加減にしないと怒りますから」
「君が怒ってもかわいいだけだな」
「……褒められて許すほど、単純じゃないです」
「でも、にやけてる」
「えっ」
確かに嬉しかったけれど――。
慌てて自分の顔を触って確かめると、私を見つめていた豊さんが口角を上げた。
「にやけていたかもしれない、と思ったわけだ」
「……!」
どうやらかまをかけられたらしい。
豊さんの方こそ変なところで単純なくせに、ひねくれている。
「……もう知りません」
ふっと泡を吹いて浴槽に沈む。
こんなときでもなければ、ピンクの泡を存分に楽しんでいたかもしれない。
(わざわざ泡の入浴剤まで用意して……。ここまでする?)
騙された形なのは気に入らないけれど、これはこれでちょっと嬉しい。
豊さんはずいぶん前から私を撮りたいと片思いし続け、際どい関係でいる間も、結ばれたあとも積極的に――やや迷惑なくらい――私を撮って過ごしていた。
以前話を聞いたとき、そこまでカメラというものを愛し、執着しているようには見えなかった。
なのに、今は心から楽しんでいるように見える。
そのうちカメラが手から離れなくなるのでは、と思っていることはまだ言っていない。
「っていうか、豊さんはお風呂に入らないんですか。仕事から帰ってきたかと思ったら、ずっと撮影ばっかりで……」
「うん? なんだ、一緒に入らないから怒っていたのか」
「本気で言ってるんじゃないですよね?」
豊さんならありえるというのはある。
この人は結構、鈍い。
「わかった。脱いでくる」
「えっ」
止める間もなく、豊さんは浴室を出て行った。
非常に落ち着かないけれど、ここで動くわけにはいかなかった。
(……ありえない)
私が今いるのは――浴室。
当然裸で、ピンクのふわふわした泡に囲まれている。
身体が見えてしまわないようしっかり肩まで浸かった私を、さっきから豊さんは熱心に撮影していた。
こうなってしまったのはほんの三十分ほど前のこと。
どうやら新しい撮影が始まるようで、そのためのモデルになってほしいと頼まれたのが悪夢の始まりだった。
どんな撮影かも聞かずに了承してしまった私も悪いとして。
「……あの、いつまでこうしていればいいですか?」
「のぼせそうになったら言ってくれ」
答えになっていない。
まったくもって、なっていない。
「次の仕事、どういうものなんですか」
「守秘義務がある」
「……なんでちょっと目を逸らしたのか聞いても?」
「モデルなんだから静かにしていてくれ」
「豊さん」
ここまで来ればさすがに私も察する。
――この人はただ、私を撮って遊びたいだけだ。
「こんな際どい撮影なんて仕事でやらないですよね」
「…………」
「モデルを裸にして、しかも泡まみれにするなんてありえませんもんね」
「いや、なくはない」
「そういうのはこっそり水着を着てるって知ってるんです。これでも私、業界の人間ですよ」
「…………」
「黙るのはずるいと思いま――」
言いかけた瞬間、またシャッターを切られる。
たぶん、私の顔はむっとしていることだろう。
「いい加減にしないと怒りますから」
「君が怒ってもかわいいだけだな」
「……褒められて許すほど、単純じゃないです」
「でも、にやけてる」
「えっ」
確かに嬉しかったけれど――。
慌てて自分の顔を触って確かめると、私を見つめていた豊さんが口角を上げた。
「にやけていたかもしれない、と思ったわけだ」
「……!」
どうやらかまをかけられたらしい。
豊さんの方こそ変なところで単純なくせに、ひねくれている。
「……もう知りません」
ふっと泡を吹いて浴槽に沈む。
こんなときでもなければ、ピンクの泡を存分に楽しんでいたかもしれない。
(わざわざ泡の入浴剤まで用意して……。ここまでする?)
騙された形なのは気に入らないけれど、これはこれでちょっと嬉しい。
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以前話を聞いたとき、そこまでカメラというものを愛し、執着しているようには見えなかった。
なのに、今は心から楽しんでいるように見える。
そのうちカメラが手から離れなくなるのでは、と思っていることはまだ言っていない。
「っていうか、豊さんはお風呂に入らないんですか。仕事から帰ってきたかと思ったら、ずっと撮影ばっかりで……」
「うん? なんだ、一緒に入らないから怒っていたのか」
「本気で言ってるんじゃないですよね?」
豊さんならありえるというのはある。
この人は結構、鈍い。
「わかった。脱いでくる」
「えっ」
止める間もなく、豊さんは浴室を出て行った。
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