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番外編:今、きみを抱く理由
3
しおりを挟むそのことがなんだかむかむかして、夜になっても私は豊さんに無言の抗議を続けていた。
眠るときになってようやく向こうが異変に気付いてくれる。
「なにを怒っているんだ?」
「……別に。なにも怒っていませんけど」
「女性がそう言うときは、間違いなく怒っているときだな」
「ふーん、そういうことがわかるくらい女性に慣れているんですね」
「やっぱり怒っているじゃないか」
ベッドの中で背を向けると、豊さんが後ろから抱き締めてくる。
「なにに拗ねているんだ、君は」
「もう知りません」
「…………志保」
咎めるような声はあえて無視する。
(こんなに好きなのに、愛されてる実感が欲しいってなんなの)
豊さんが言わせたがるから、毎日好きだと伝えている。
そもそも嫌いだったら一緒に住まないし、まず、婚約なんてしない。
どうしてそれなのにわからないのか――。
(…………あれ)
自分が考えたことの中に、ひとつ引っかかるものがあった。
(『豊さんが言わせたがるから好きって言ってる』)
噛み締めるように反芻し、ひやりとした。
(豊さんからすれば、嫌々言っているように聞こえてる?)
そうだとしても態度から察してほしいのは否めない。
ただ、相手は豊さんである。
この人はちょっとだけ普通とズレていて、それをあんまり自覚していない。
「……私、ちゃんと好きですよ」
背を向けたまま、豊さんに告げる。
もしかしたら私の方が悪かったかもしれないというのを、この状況で認めるのはなんとなく受け入れがたかった。
返事はない。
代わりにもっときつく抱き締められる。
「……こっちを見て言ってくれ」
「……それはちょっと」
「どうして」
「…………だって、恥ずかしいですよ」
ふ、と聞こえた笑い声があまりにも耳に近い。
「俺の下にいるときはちゃんと言えるくせに」
下、という意味を数秒経ってから理解した。
かっと一気に顔が熱くなり、抱き締められているのも耐えられなくなる。
今すぐこの人の腕の中から逃れなければ、全身が発熱してそのうち爆発してしまうかもしれない。
「また、言わせようか?」
「なにを――」
尋ねようとして、腰に硬いものを感じる。
手ではない。私を抱き締めているのだから、ありえない。
(――あ)
それがなにか気付いて逃げ出そうとする。
「お、押し付けないでください……」
「なにを?」
「言わせようとしないでください!」
豊さんが簡単に逃がしてくれるような人ではないことぐらい、契約を飲まされたあのときからわかっていたはずだった。
やすやすと動きを封じられた私は、うつ伏せのままベッドに押し付けられてしまう。
豊さんはそんな私の腰の上に座って、ぽんぽんと頭を撫でた。
「いつものを聞かせてほしいな」
「っ……」
「ほら」
この人はときどきとても――サディスティックだ。
そして私はそんな豊さんに疼きを感じてしまう。
「……好きに、してください……」
「優しくされるのと、激しくされるのと、どっちがいい?」
「豊さんの……好きな方……」
「君の、好きな方を聞いているんだ」
顔が見えないことが幸いだった。
きっと私の顔はとてつもなく赤くなっている。
促されても口にするのは恥ずかしくて、きゅっと唇を引き結んでしまった。
豊さんが待ってくれたのは、たったの五秒。
「ぅあっ」
私を押さえつけていた重さがなくなるのとほぼ同時に腰を持ち上げられ、下着の上から足の付け根に指を押し付けられる。
じわ、と自分の期待がにじむのがわかって、ますます羞恥に身体が震えた。
「あっ……や、あっ……んっ……」
言わなかった私を罰するように、下着越しの刺激を与えられる。
直接触れられない分もどかしくて腰が揺れた。
いつもならそれを指摘して、私の望む刺激を与えてくれるのに、今日は敏感な場所の表面を指の腹でくすぐるだけ。
あっという間に下着が濡れていく。
仕事場でのキスを、押し付けられた豊さんの興奮を思い出し、自分でもどうしようもないくらいあふれさせてしまう。
「あ……んっ……んっ……」
自分からねだるように指へ腰を押し付け、甘い欲求に従う。
繊細ながら男の人らしい骨張った指に触れられたかった。
優しいのに強引な指にかき回されたかった。
私をこんな風にしたのは、他でもない豊さん。
「や……だ……ぁっ……もっと……ください……」
「……まったく」
呆れた声が聞こえて喉が鳴る。
いくらなんでも、恥じらいがなさすぎたかもしれない。
「嫌いに……ならないでください、ね……」
「……うん?」
「私……豊さんにいっぱい触られるの……好きだから……」
ぎゅうう、とシーツに顔を押し付ける。
そうすると声がくぐもった。
「いやらしいって……引かないでください……」
消えそうな声でお願いすると、溜息が返ってくる。
「それで引くなら、最初の時点で引く」
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