【R18】きみを抱く理由

さくら蒼

文字の大きさ
上 下
68 / 81
番外編:今、きみを抱く理由

しおりを挟む

 撮影が終わると、これまた一気に空気が変わった。

「はー、お疲れ様でした」
「ああ、お疲れ」
「なんか珍しく緊張しちゃった。もうこんな現場こりごり」
「俺だってお断りだ。もともと、志保が言わなかったらやらなかった」
「握手したいんですか、二人とも」

 再び始まりそうになった戦いを、たった一言で止める。

「他のスタッフがいなくてよかったです。本当に」

 心からそう言う。
 この貴重な撮影は、豊さんの方から他人の存在を拒んだ。
 周りのスタッフたちが好きなように解釈していたのを思い出す。

「あのアキが相手だから気合を入れているんだ」
「一筋縄じゃないかないのを神宮寺さんもわかってるんだ」
「現場に立ち入り禁止なんて、きっとすごい撮影が行われるに違いない」

 どれもこれも、一応間違いではない。
 けれど、なんとなく私には理由がわかっていた。

(スタッフたちがたくさんいる状態だと、アキくんの方がうまく立ち回る。……べたべたくっついても受け入れられるアキくんが私になにをしても、豊さんは止めきれない。たぶん)

 スタッフの人数が少ない分、自分たちでやらなければならないことは増えてしまう。
 こういう意味での公私混同はしないと思っていただけに、豊さんの意外な独占欲を感じてしまった。

(まあ、もともとそういう傾向のある人ではあったけど――)

「ねえ、志保ちゃん」

 ととと、とあざとく近付いてきたアキくんがにっこり笑う。

「このあとって上がりだよね? 一緒にご飯食べに行かない?」
「行かない」

 私の代わりに豊さんが答える。
 こちらはあざとく近付いてきたりしなかった。
 足早に私のもとまで来ると、まるで見せつけるように私の腰を抱く。

「豊さ――」
「志保には俺との予定が入っている。君と遊ぶ時間はない。今後も、ずっと」
「けち」

 子供のように唇を尖らせて、アキくんは豊さんに舌を出した。

「いつか間男になって寝取ってやるー!」

 アキくんは笑えない冗談を言い捨てて、そのまま撮影現場を立ち去ってしまった。
 残された私はやんわり豊さんの腕から逃れようとした――けれど。

「……あの、離してください」
「君の態度もよくない」
「アキくんに対してですか?」
「そうだ」

 アキくんがいなくなったことで、矛先が私に向いている。
 でも、それはちょっと納得がいかない。

「言っておきますけど、もうアキくんにはお断りを入れているんです。これからどうなるかなんてありえません」

 アキくんだってわかっている。
 だって、このネタで絡んでくるアキくんはあのときの真剣な顔をしていない。
 私はそれを理解していたけれど、豊さんはまだ不機嫌だった。

「ありえないなんて、どうして言い切れる?」
「……もしかしてマリッジブルーの話を気にしているんですか?」
「…………」

(図星?)

 アキくんにはあれだけきっぱり言い切っていたくせに、実は結構気にしていたらしい。

(そういえば豊さんってこういう人だった)

 意外なことを、意外なほど気にする。
 そういうところはときどき子供っぽく見えて、かわいい。
 本人に言ったらやっぱり機嫌を損ねるだろうけれど、こっそり思う分には構わないだろう。

「心配しなくてもありえないって私が言ったらありえないんです」
「もっとはっきり理解させてくれ。じゃないと離さない」
「……仕事場ですよ、ここは」
「誰も来ない」
「だめです。いくらもうこれで終わりだからって――」

 言いかけた私の唇を豊さんが塞ぐ。
 びっくりして抵抗を忘れ、舌の侵入を受け入れてしまった。

「ん、ん」

 肩口を掴んで逃げようとするけれど許されない。
 それどころか、豊さんはますます頑なになって深いキスを求めてくる。

「ん……っ……だめ……んんぅ……」

 舌が擦れ合うと、ずくんとお腹の奥が疼いて響く。
 なにも知らなかった私の身体は、豊さんによってすっかり作り替えられてしまった。
 キスをされただけでもこの人を欲しがるような身体に。

「ぁ……や、んっ……」
「……仕事場だぞ」

 浅い呼吸を吐きながら文句を言われる。
 誰のせいだと思っているのか。
 私の方こそむっとして、仕返しのために豊さんの頬をつねった。

「離さないと本当に浮気しますから」
「だったら、君を縛り付けておく。手錠でもかけて家から出られないようにしてやる」

(やりかねない……!)

 危うすぎる言葉に反論を封じられてしまった。
 豊さんは軽く鼻を鳴らして、触れるだけのキスをする。

「もっと、君から愛されている実感が欲しいな」
「……え?」
「外、先に出てる」
「あっ、ちょっと……」

 私が止めるのも聞かず、豊さんはさっさと部屋を出て行ってしまった。

(……なに、それ)

 鈍感な婚約者に湧き上がるのは確かな怒り。

(ありえないって言った意味を考えたら、私の気持ちぐらいわかるでしょ……!)

 たとえマリッジブルーになろうとなにになろうと、私は絶対にアキくんに――他の人に惹かれたりしない。
 それはもちろん、すでにただ一人に心を奪われてしまっているからだけれど、肝心のその『ただ一人』がそれを理解していないらしかった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...