63 / 81
きみを抱く理由
5
しおりを挟むかち、かち、と時計の音が他人事のように繰り返されていた。
ホテルの一室でようやく豊さんと向き合う。
――あの後、それはもう大騒ぎになった。
豊さんはどこの雑誌でも自分のプライベートを語らず、それこそ周りで聞いていたように気難しく笑顔のない人だとされていた。
そんな人が突然、誰に宛ててか告白し始めたのである。
モデルの女性がその相手なのか、それともこの構図を撮影するに至った過程に存在する女性なのか、謎が謎を呼んだというわけだ。
コメントを終えた後、当の本人はしれっとその場から私を連れ出した。
ホテルに来るまでの道中、一度も口を開かず、説明もくれないまま。
「……さっき、の」
「……ああ」
豊さんが肩をすくめて苦笑する。
「告白までするつもりはなかった。つい、出たんだ」
「あれ、は……誰に……」
「君以外に誰がいる?」
混乱して泣きそうになった。
手招きされて隣に座ると、そっと肩を抱き寄せられる。
「『恋人』は君じゃなきゃならなかった。他のモデルなんて最初から考えていなかったからな」
「わからないです。だって、好きな人がいるって」
「あの日、海辺に逃げてきたのは間違いなく君だったよ」
「そんな記憶ありません。逃げるなんて……」
「三年前の五月。仁木波海岸(にぎなみかいがん)。深夜番組の収録が行われていた」
「…………嘘」
愕然とする。
忘れもしない、あの日。
――私はとある俳優に迫られて、外へ逃げ出した。
「そん、な……」
記憶が連鎖的によみがえって、印象に強く残っていた以外の出来事を思い出させる。
迫られて頭が真っ白になった私は外へ――海岸の方へ逃げた。
夕焼けに照らされた海を駆け、思い切り泣いた。
誰もいなかったからそこで心を落ち着かせようと思ったのだ。
あまりにもショックすぎて、当時は有沢さんに相談しようとも思いつかなかったから。
誰にも迷惑はかけられないと外で耐えていたあのとき。
まさか、見ていた人がいたなんて。
「泣き顔に一目惚れするなんてどうかと思うんだが、まあ、してしまったものはどうしようもないしな。あのときの女性が笑ったところを撮るのが、俺の次のカメラを持つ理由になった。業界にいればいつか会えるだろう? それもあって、辞められなくなった」
「三年も前から私を知っていたんですか……」
「名前を知ったのは君に仕事を邪魔されたときだ。顔を見て驚いたよ」
豊さんの手が私の頬を撫でる。
どうして今まで気付かなかったのだろう。
この人はいつも、こんなに愛おしげに触れてきていたのに。
「スタッフに名前を聞いた後、話したくて仕事終わりに探した結果がアレだ」
そこからは私も知っている。
高橋に取引を持ちかけられ、やはり頭が真っ白になっていた。
三年前とは違って逃げずにいたけれど、助けを求めていたことに変わりはなくて。
そうして助けてくれたのが、この人だった。
「割と、後のことは考えていなかったな。おかげでややこしいことになったのは否めない」
「私……知ってました。豊さんが今のことしか考えずに動くタイプだって」
「褒められているわけじゃなさそうだな?」
「……自分でも言ったじゃないですか。そのせいでややこしいことになったって」
「ああ。本当に。心の底から思っている」
頬から滑り降りた手が私の指に絡んだ。
あの写真と同じく、一方的に。
「君に会ったら、あの日のことを話して写真を撮らせてもらうはずだったのにな。それだけじゃ足りなくなった。もっと知りたくて、触れたかった」
私からも手を握り返す。
以前と同じぬくもりが心地よい。
「……コンクールは、まあちょうどいい口実になったよ。君も言っていた通り、三ヶ月も恋人でいる必要はなかった。いつまでもそこに気付かない辺り、やっぱり鈍いな」
「コンクールの事情なんて知りません。そんなことで鈍いって言われても……」
「鈍いよ。……三ヶ月も側にいたのに、なにも気付いてくれなかっただろ」
私はいつも自分のことでいっぱいだった。
少し考えれば気付けたかもしれない。
どうして偽物の恋人なのに本物のように扱うのか。
その答えは最初から出ていたのだから。
「まだ信じられないです……。モデルのことだって、その……」
「ベッドシーンしか撮らなかったしな」
「……はい」
「心配しなくても残していない。君のあんな姿は俺だけが知っていればいいしな」
「……本当ですか? 私、そういう趣味があるんだとずっと……」
「今まではなかった。目覚めたという方が近いと思う」
「ええ……」
「君のせいだ」
引いたのに笑われる。
隠し事がなくなったせいか、表情に余裕がある気がした。
私もその頬に触れてみる。
こんな風に触れたことが今までにあったか、思い出せない。
10
お気に入りに追加
1,347
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

決して飼いならされたりしませんが~年下御曹司の恋人(仮)になります~
北館由麻
恋愛
アラサーOLの笑佳は敬愛する上司のもとで着々とキャリアを積んでいた。
ある日、本社からやって来たイケメン年下御曹司、響也が支社長代理となり、彼の仕事をサポートすることになったが、ひょんなことから笑佳は彼に弱みを握られ、頼みをきくと約束してしまう。
それは彼の恋人(仮)になること――!?
クズ男との恋愛に懲りた過去から、もう恋をしないと決めていた笑佳に年下御曹司の恋人(仮)は務まるのか……。
そして契約彼女を夜な夜な甘やかす年下御曹司の思惑とは……!?
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる