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きみを抱く理由
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しおりを挟むかち、かち、と時計の音が他人事のように繰り返されていた。
ホテルの一室でようやく豊さんと向き合う。
――あの後、それはもう大騒ぎになった。
豊さんはどこの雑誌でも自分のプライベートを語らず、それこそ周りで聞いていたように気難しく笑顔のない人だとされていた。
そんな人が突然、誰に宛ててか告白し始めたのである。
モデルの女性がその相手なのか、それともこの構図を撮影するに至った過程に存在する女性なのか、謎が謎を呼んだというわけだ。
コメントを終えた後、当の本人はしれっとその場から私を連れ出した。
ホテルに来るまでの道中、一度も口を開かず、説明もくれないまま。
「……さっき、の」
「……ああ」
豊さんが肩をすくめて苦笑する。
「告白までするつもりはなかった。つい、出たんだ」
「あれ、は……誰に……」
「君以外に誰がいる?」
混乱して泣きそうになった。
手招きされて隣に座ると、そっと肩を抱き寄せられる。
「『恋人』は君じゃなきゃならなかった。他のモデルなんて最初から考えていなかったからな」
「わからないです。だって、好きな人がいるって」
「あの日、海辺に逃げてきたのは間違いなく君だったよ」
「そんな記憶ありません。逃げるなんて……」
「三年前の五月。仁木波海岸(にぎなみかいがん)。深夜番組の収録が行われていた」
「…………嘘」
愕然とする。
忘れもしない、あの日。
――私はとある俳優に迫られて、外へ逃げ出した。
「そん、な……」
記憶が連鎖的によみがえって、印象に強く残っていた以外の出来事を思い出させる。
迫られて頭が真っ白になった私は外へ――海岸の方へ逃げた。
夕焼けに照らされた海を駆け、思い切り泣いた。
誰もいなかったからそこで心を落ち着かせようと思ったのだ。
あまりにもショックすぎて、当時は有沢さんに相談しようとも思いつかなかったから。
誰にも迷惑はかけられないと外で耐えていたあのとき。
まさか、見ていた人がいたなんて。
「泣き顔に一目惚れするなんてどうかと思うんだが、まあ、してしまったものはどうしようもないしな。あのときの女性が笑ったところを撮るのが、俺の次のカメラを持つ理由になった。業界にいればいつか会えるだろう? それもあって、辞められなくなった」
「三年も前から私を知っていたんですか……」
「名前を知ったのは君に仕事を邪魔されたときだ。顔を見て驚いたよ」
豊さんの手が私の頬を撫でる。
どうして今まで気付かなかったのだろう。
この人はいつも、こんなに愛おしげに触れてきていたのに。
「スタッフに名前を聞いた後、話したくて仕事終わりに探した結果がアレだ」
そこからは私も知っている。
高橋に取引を持ちかけられ、やはり頭が真っ白になっていた。
三年前とは違って逃げずにいたけれど、助けを求めていたことに変わりはなくて。
そうして助けてくれたのが、この人だった。
「割と、後のことは考えていなかったな。おかげでややこしいことになったのは否めない」
「私……知ってました。豊さんが今のことしか考えずに動くタイプだって」
「褒められているわけじゃなさそうだな?」
「……自分でも言ったじゃないですか。そのせいでややこしいことになったって」
「ああ。本当に。心の底から思っている」
頬から滑り降りた手が私の指に絡んだ。
あの写真と同じく、一方的に。
「君に会ったら、あの日のことを話して写真を撮らせてもらうはずだったのにな。それだけじゃ足りなくなった。もっと知りたくて、触れたかった」
私からも手を握り返す。
以前と同じぬくもりが心地よい。
「……コンクールは、まあちょうどいい口実になったよ。君も言っていた通り、三ヶ月も恋人でいる必要はなかった。いつまでもそこに気付かない辺り、やっぱり鈍いな」
「コンクールの事情なんて知りません。そんなことで鈍いって言われても……」
「鈍いよ。……三ヶ月も側にいたのに、なにも気付いてくれなかっただろ」
私はいつも自分のことでいっぱいだった。
少し考えれば気付けたかもしれない。
どうして偽物の恋人なのに本物のように扱うのか。
その答えは最初から出ていたのだから。
「まだ信じられないです……。モデルのことだって、その……」
「ベッドシーンしか撮らなかったしな」
「……はい」
「心配しなくても残していない。君のあんな姿は俺だけが知っていればいいしな」
「……本当ですか? 私、そういう趣味があるんだとずっと……」
「今まではなかった。目覚めたという方が近いと思う」
「ええ……」
「君のせいだ」
引いたのに笑われる。
隠し事がなくなったせいか、表情に余裕がある気がした。
私もその頬に触れてみる。
こんな風に触れたことが今までにあったか、思い出せない。
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