【R18】きみを抱く理由

さくら蒼

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きみを抱く理由

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 このままでは気になって作品に集中できない。

「話している間に発表が終わる。そっちが優先だ」
「……私に説明するよりも先なんですか?」
「見てもらった方が早い」

 なにを、と言いかけて、作品のことだと理解する。

(作品を見てもわかることなんてなさそうだけど)

 豊さんにも考えがあるのだと思い直し、黙って頷いておいた。
 展示されている作品はほとんどを流し見ることになった。
 ゆっくり見ていてはこの後の発表に間に合わない。
 奥まった広いスペースで行われるようで、他にもこの瞬間を楽しみにした大勢が集まっていた。

「一位……っていう表現が正しいかはわからないんですが、自信はあるんですか?」
「俺が選ばれないなら誰が選ばれるんだ?」
「ものすごい自信ですね……」
「当たり前だ」

 そこまで言うほどの作品がどんなものか気になる。
 私をモデルにしていると言っても、いつどの瞬間に撮られたものかまだわかっていない。

(……きわどい写真ではないと思いたいけど)

 撮影されたのはベッドの上でだけ。
 他の写真があるのだとしたら、盗撮しかありえない。
 不意に周りがざわめいた。
 発表のために用意されたらしい壇上へ、司会者らしき男性が上がったからだった。

「皆様、本日は当展示会にお越しいただき誠にありがとうございます。ご存知の通り、今回は『恋人』をテーマに数多くの作品を募集いたしました。試験的に敢えて一般公募はせず、プロのカメラマンのみと限定させていただきました、ご覧になった皆様にはおわかりでしょう。洗練された作品ばかりが揃っていたかと思います」

 残念ながらその洗練された作品はきちんと見れていない。
 技術を尽くした写真はきっと綺麗なのだろうけれど。
 そうし司会はこの展示会兼コンクールの目的や意図、後援の団体などを説明する。
 ときどき話が脱線していたのはともかく、ついに受賞作の発表が行われることとなった。
 布をかけられた額が全部で三つ。
 ついさっきまでは飾られていたものだろう。
 それを見た周囲の人々がまたざわざわし始めた。
 漏れ聞こえてくるのは「四作品ではないのか」というもの。
 私が事前に調べたのはここの展示スペースがどこにあるのかと、どういう企画が行われているかということぐらい。
 賞の数までは把握していなかったため、横にいた豊さんにこそっと聞いた。

「……全部で四つ賞があるんですか?」
「ああ。上位三作品と、鑑賞者による投票で一作品選ばれる。本で言うなら読者賞だな」
「三作品しか前に出ていないということは、投票で選ばれた作品が上位に入っているということですよね」

 もしかしてその作品は、と言いかけたところで発表が始まった。

「まずは――」

 最初のひと作品目は並木道を背景に、老夫婦らしき二人が手を繋いで歩く写真だった。
 『恋人』というテーマからイメージする若さはないけれど、二人で大切に作ってきた優しい時間を感じられる。
 もう夫婦になって長いかもしれない。でもこの二人はこれからもずっと『恋人』でい続けるのだろう。
 そんな物語を感じさせる写真に、ほう、と息を吐く。

「素敵です」
「そうか」

 返事が素っ気ない。
 撮影者による作品の説明を終えた後は、すぐに次の紹介へと移った。

(……これも豊さんのものじゃない)

 その写真はイメージしていた『恋人』そのままを切り出したようなものだった。
 額を突き合わせ、男女がくすぐったそうにはにかんでいる。
 それなのに女性の頬には涙が流れていた。

「これは二人が『恋人』を辞めた瞬間の写真です」

 撮影者が説明を始める。
 私でも聞いたことのある有名な写真家は、とある恋人たちに協力してもらい、二人の日々を撮影し続けたと言う。
 撮り続けたその数は全部で三百枚以上にも及んだとのことで、ここで展示されている作品の枚数よりもはるかに多い。

「途中までは私への協力でしたが、最後は私が彼に協力する形となりました」

 更に語られたのは、この写真の男性が女性へのプロポーズを計画したというもの。

「『恋人』が恋人を辞める流れはなかなか撮影できないと思う、と言われて、確かに面白そうだと乗ってみた結果がこの写真でした」

 最も素晴らしい写真となったこれはコンクールへ、それまでに撮った残りの写真は二人の結婚式のお祝いとしてプレゼントを予定していると言う。
 なんとも夢のある素敵な話だった。
 忘れられない思い出としてこれ以上のものはないに違いない。
 純粋に作品としての完成度はもちろん、こんなストーリーを出されてしまえば他に勝ち目などないのではないだろうか。
 ――でも、あとひと作品残っている。
 そして私は確信していた。
 隣に立つ豊さんと同じように、それが誰の作品なのか、を――。

「――審査員、鑑賞者、ともに最も評価の高かった作品がこちらになります」
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