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きみを抱く理由
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金曜日がやってきた。
こんなに早く時間が過ぎなくてもいいのにと思う。
早く会いたいからこれでいい、とも思う。
「相模さん。これ、もう連絡って済ませてますか?」
「あ、これからやる予定だったよ」
「じゃあ私の方でやっておきますね」
「ありがとう……!」
安本さんが精力的に手を貸してくれる。
前から思っていた通り、細かいところにもよく気が付くとても優秀な人だった。
ありがたくてついついあれもこれもとお願いしてしまう。
「ごめんね。なんでもかんでも押し付けちゃって」
「いえいえ、私こそ押し付けたようなものですから」
しゅんと申し訳なさそうにしながら言われるけれど、別にアキくんの担当を押し付けられたとは思っていない。
「ううん、むしろ任せてくれて嬉しい。やっぱり私、アキくんと相性いいみたいだから」
「さすがです……。私はまだ臨機応変に対応できるだけの経験がなくて……」
「大丈夫、これから一緒に頑張ろう。アキくんはね、慣れだよ」
「聞こえてるんですけどー」
笑いながらアキくんが首を突っ込んでくる。
「全部の色紙にサイン書いたよ。しばらく自分の名前は書きたくないね」
「お疲れ様。次は移動だから準備しておいてね」
「やだー」
「置いていくよ」
「えー、そこは手ぇ繋いで連れて行ってあげる! とかじゃないの?」
「うん」
「うんって!」
あはは、と安本さんが笑った。
「私もそんなやり取りができるように頑張りますね」
いい空気だった。
来週、傷心状態でも笑っていられるくらいに。
(昨日、メール来てたんだよね)
日付が変わった頃に一通だけ豊さんから連絡があった。
日曜日、何時にどこで待ち合わせるかというだけの相変わらず簡潔なもの。
いつかこのメールも消さなければならない。
ひと昔前だったら間違いなく保護フォルダに入れていた。
「……さ、今週も今日で終わりだし、張り切っていこ」
二人に向かって言ったのか、自分に向かって言ったのか。
たぶん、後者だろう。
そしてついにその日が来てしまった。
私と豊さんの三ヶ月が終わる最後の日。
待ち合わせ場所はとある美術館の展示スペース。
事前に調べておいたけれど、ここで例のコンクールの作品が展示され、終了に合わせて賞が発表されるらしい。
その発表に合わせての待ち合わせだった。
早めに来たおかげで、先に中を見る時間はある。
でも、一人で見るのは違う気がしてやめておいた。
時計を見て気持ちを落ち着かせる。
あと五分で豊さんに会える。
たった一週間会っていないだけなのに焦がれてしまうのは、今日で別れるとわかっているからだろうか。
時計の針が動いた。
視線をずらしたとき、比喩抜きに心臓が止まる。
「遅くなったな」
「い、え……」
姿を見ただけで、声を聞いただけで泣きたくなった。
こんなにも好きだということをこの瞬間に思い知るなんて辛すぎる。
だけどそんな本心は見せない。
伝えるのは一番最後。本当に別れるその瞬間。
「待ち合わせ時間まではあと三分ありますから」
「早めに来たかったんだが、道が悪かった。すまない」
律儀に謝ってくれる。
偉そうにすることの方が多いだけに、そんなちょっとしたことにもときめいた。
「とりあえず中へ入ろう。話はそれからでいいな」
「だめです、って言ったらどうするんですか?」
「君はいつもそういう聞き方をする」
ふ、と鼻を鳴らすのも久々に見た。
ひどく愛おしい。
ひとまず豊さんに従って室内へ入る。
展示スペースはかなり広かった。
百近くの写真が壁に飾られており、それぞれタイトルと撮影者の名前が書いてある。
伊東さんは一般人お断りのコンクールと言っていたけれど、まさにその通りだった。
プロの作品だけがここに並んでいる。
業界でお世話になった人、名前だけなら聞いたことがある人、まったく見たことのない名前の人など様々だけど、どの写真も素晴らしいのは一致していた。
恋人という甘いテーマなだけあって、全体的に雰囲気が明るい。
中には別れを連想させるような作品もあった。
なんとなく目に留まってしまうのは、数が少ないからというより自分と重ねてしまっているからだろう。
「そもそもコンクール自体がないんだと思っていました」
「……あー」
「一応、ちゃんと存在するものだったんですね」
「先に言っておく。嘘はついていないからな」
「……話してください。全部」
こんなに早く時間が過ぎなくてもいいのにと思う。
早く会いたいからこれでいい、とも思う。
「相模さん。これ、もう連絡って済ませてますか?」
「あ、これからやる予定だったよ」
「じゃあ私の方でやっておきますね」
「ありがとう……!」
安本さんが精力的に手を貸してくれる。
前から思っていた通り、細かいところにもよく気が付くとても優秀な人だった。
ありがたくてついついあれもこれもとお願いしてしまう。
「ごめんね。なんでもかんでも押し付けちゃって」
「いえいえ、私こそ押し付けたようなものですから」
しゅんと申し訳なさそうにしながら言われるけれど、別にアキくんの担当を押し付けられたとは思っていない。
「ううん、むしろ任せてくれて嬉しい。やっぱり私、アキくんと相性いいみたいだから」
「さすがです……。私はまだ臨機応変に対応できるだけの経験がなくて……」
「大丈夫、これから一緒に頑張ろう。アキくんはね、慣れだよ」
「聞こえてるんですけどー」
笑いながらアキくんが首を突っ込んでくる。
「全部の色紙にサイン書いたよ。しばらく自分の名前は書きたくないね」
「お疲れ様。次は移動だから準備しておいてね」
「やだー」
「置いていくよ」
「えー、そこは手ぇ繋いで連れて行ってあげる! とかじゃないの?」
「うん」
「うんって!」
あはは、と安本さんが笑った。
「私もそんなやり取りができるように頑張りますね」
いい空気だった。
来週、傷心状態でも笑っていられるくらいに。
(昨日、メール来てたんだよね)
日付が変わった頃に一通だけ豊さんから連絡があった。
日曜日、何時にどこで待ち合わせるかというだけの相変わらず簡潔なもの。
いつかこのメールも消さなければならない。
ひと昔前だったら間違いなく保護フォルダに入れていた。
「……さ、今週も今日で終わりだし、張り切っていこ」
二人に向かって言ったのか、自分に向かって言ったのか。
たぶん、後者だろう。
そしてついにその日が来てしまった。
私と豊さんの三ヶ月が終わる最後の日。
待ち合わせ場所はとある美術館の展示スペース。
事前に調べておいたけれど、ここで例のコンクールの作品が展示され、終了に合わせて賞が発表されるらしい。
その発表に合わせての待ち合わせだった。
早めに来たおかげで、先に中を見る時間はある。
でも、一人で見るのは違う気がしてやめておいた。
時計を見て気持ちを落ち着かせる。
あと五分で豊さんに会える。
たった一週間会っていないだけなのに焦がれてしまうのは、今日で別れるとわかっているからだろうか。
時計の針が動いた。
視線をずらしたとき、比喩抜きに心臓が止まる。
「遅くなったな」
「い、え……」
姿を見ただけで、声を聞いただけで泣きたくなった。
こんなにも好きだということをこの瞬間に思い知るなんて辛すぎる。
だけどそんな本心は見せない。
伝えるのは一番最後。本当に別れるその瞬間。
「待ち合わせ時間まではあと三分ありますから」
「早めに来たかったんだが、道が悪かった。すまない」
律儀に謝ってくれる。
偉そうにすることの方が多いだけに、そんなちょっとしたことにもときめいた。
「とりあえず中へ入ろう。話はそれからでいいな」
「だめです、って言ったらどうするんですか?」
「君はいつもそういう聞き方をする」
ふ、と鼻を鳴らすのも久々に見た。
ひどく愛おしい。
ひとまず豊さんに従って室内へ入る。
展示スペースはかなり広かった。
百近くの写真が壁に飾られており、それぞれタイトルと撮影者の名前が書いてある。
伊東さんは一般人お断りのコンクールと言っていたけれど、まさにその通りだった。
プロの作品だけがここに並んでいる。
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恋人という甘いテーマなだけあって、全体的に雰囲気が明るい。
中には別れを連想させるような作品もあった。
なんとなく目に留まってしまうのは、数が少ないからというより自分と重ねてしまっているからだろう。
「そもそもコンクール自体がないんだと思っていました」
「……あー」
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「先に言っておく。嘘はついていないからな」
「……話してください。全部」
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