【R18】きみを抱く理由

さくら蒼

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きみを抱く理由

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 早いことに、週の半ばが過ぎる頃には高橋の話題もずいぶん落ち着いていた。
 一部の番組は過去のダイジェストを流して対応したり、放送を延期する事態にもなったようだった。
 特に、敏腕プロデューサーの素顔に迫る、なんて企画を予定していた深夜番組はかわいそうなことになっている。
 プロデューサーと言えど、裏方仕事に変わりはない。それでもそこまでの騒ぎになったことを重く受け止める。
 特殊ケースかもしれない。でも、表に出ずとも多くの人に迷惑をかけることができてしまう。
 この一件で改めて気を引き締め、日々の仕事に当たっていたけれど。

「相模さん! これ、どう対応しましょう……!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね」

 一度アキくんの担当を離れて各地のサポートに回ったからか、どうもあちこちから便利要員にされている。
 頼られていると言えば聞こえはいいけれど、困ったときに押し付けてくるのはやめていただきたい。

(いくつか持ち帰りでやらなきゃ手が回らない気がする……)

 今週末で関係が終わってよかったのかもしれない。
 そう思うほど忙しかった。
 たった三ヶ月で周囲の環境が大きく変わっている。
 また来月を迎えれば、私自身にも変化が訪れているのだろう。
 それを思うと少し嬉しかった。
 失恋をいつまでも引きずらずに済む。
 また私は恋愛から縁の遠い仕事人間になるのだ。
 合コンがあれば顔を出してなんとなく好きな人を作り、そのうち結婚する――ようなことになれば万々歳。
 この三ヶ月に抱いた以上の恋心を他人に抱ける気がしないと思うのは、まだ現在進行中の恋だから。
 終われば、きっと考えも変わってくれる。そうでなければ困る。

「……っ! すみません、電話来てるんでここだけよろしくお願いします!」

 慌ただしく伝え、震えている携帯を手に外へ飛び出す。
 何年か前は喫煙所だった非常階段に出ると、相手も確認せず電話に出た。

「はい、もしもし。相模です」
「――今、平気か?」

 心臓が口から飛び出すかと思ってしまった。
 しばらく聞いていなかった声が私を動揺させる。

「ゆ、豊さん」
「うん?」

 幻聴ではないし、偽物でもない。

(いきなり来るなんて)

 ゆっくり深呼吸し、気持ちを落ち着けてから再び口を開く。

「なにかご用ですか?」
「いや、声が聞きたくなった」

(恋人じゃなくなるまで、あと三日くらいしかないのにな)

 なにを言っているんだと思う反面、素直に嬉しい。

「もしかして今、忙しかったか?」
「いえ、大丈夫です」

(――大丈夫じゃないよ)

 自分で自分に突っ込みを入れる。
 休みすら犠牲にしなければならないほど仕事が詰まっているのだから、特に用のない電話なんてさっさと切るべきだ。
 わかっていても、私にはできない。
 好きな人に声を聞きたくなったと言われて、「ごめん、仕事」と切れる人間がいるだろうか?

「豊さんはお仕事、お忙しいんですか?」
「ようやく落ち着いたところだな。天気が悪くて時間がかかった」
「どんな写真……かは聞かない方がよさそうですね。公表されるのを楽しみにしています」
「……ああ」

 干上がってひび割れた大地へ水が浸み込むように、私の心にも甘い低音が染み渡る。
 この数日で吹っ切れた分が全部飛んで行ってしまった。
 好き、好き、とそればかり考えてしまう。

「日曜日のことなんだが」
「……あ」

 ふわふわしていた気持ちが一気に冷えた。
 コンクールがあると言っていたその日、私たちの関係は終わる。
 それだけなら前々から覚悟はしていた。
 でも、わからないことが残っている。

「コンクール……ですよね」
「そうだな」
「……あの、聞いた話なんです、が」

 喉がカラカラに乾いていく。
 これを聞いたらどうなってしまうのか、まったく予想ができない。

「作品の提出はもっと早い段階で行われるものだって……。だから、とっくに撮影を済ませてなきゃおかしい……って……」

 最後まで言い切れなくて、声が風にさらわれる。
 豊さんから返答はない。

「あなたはなんの写真を撮ったんですか」

 震える声を押さえつけながら問う。

「本当にコンクールに作品を出したんですか? そのモデルは私なんですか? どうして提出期限までじゃなく、コンクール当日までを契約の期間にしたんですか……?」

 やっぱり答えがない。

「なんのために私を三ヶ月も恋人にしていたんですか?」

 聞きたかった質問をすべて吐き出し、待つ。
 電話の向こうから誰かが英語で話すのが聞こえてきた。
 肝心の豊さんは黙ったまま重い溜息を吐く。
 そして、言った。

「……帰ったら伝えたいことがある」
「……今は言えないことなんですね」
「直接会って言いたい。……本当はもっと早くに伝えたかったんだが」

(だったら言ってくれればよかったのに……)

 恨めしく思ったのは、ひたすらに混乱させられたせい。

「私も言いたいことがあるんです。聞いてくれますか」
「……ああ」

 質問ならし終えた。
 あと、言わなければならないことはひとつだけ。

(玉砕して綺麗に終わるの)

 じゃあまた、と豊さんが言う。
 またねとも、わかったとも言わせてもらえず、電話を切られた。
 なんの音もしなくなった携帯を見つめ、無言で懐にしまう。
 なにを話すつもりなのか不安に思ってもどうしようもない。
 泣いても笑っても日曜日はやってくる。
 私たちにとっての終わりが。

(……好きって言えたら、それでいい)

 電話が終わったならすぐ、中へ戻るべきだった。
 でも、まだそうする気にはなれなくて。
 そうしたら泣いてしまいそうな気がして――もう少しだけ空を見上げていた。
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