【R18】きみを抱く理由

さくら蒼

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側にいる理由がなくなった

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 電車が到着する。
 もう三分経ったのかと思いながら乗り込んだ。
 私が降りるのは五つ後の駅。
 あと十五分ほど乗っている計算になる。
 運よく空いた座席を見つけて二人で座った。
 がたんごとん、と揺られ、ぼんやり天井近くの路線図を眺める。

「……俺ねぇ、ほんとに転職しようか悩んでてさ」
「そうなんですか?」
「合コンのとき、神宮寺さんの話をしたじゃん?」
「……しましたね」
「あれで……そういえば俺も昔は自分に才能があるって思ってたんだよなーと」

 路線図から伊東さんへ視線を移す。
 あれは単なる飲みの席での会話だった。
 私は私で思うところがあったけれど、どうやら伊東さんも同じだったようだ。

「もっと楽しい写真が撮りたい。っていうか、もともとそういうつもりでこの道に進んだはずなんだよ。それだけじゃ食っていけないからこうなっただけで」

 伊東さんが説明しながら溜息を吐く。
 どうしてこうなった、とありありと顔に書いてあった。

「これから自分で写真集を出したりするんですか?」
「そういうのも考えてる。一回、自分のやりたいことを振り返っておこうと思ってね」
「……いいですね、そういうの」

 不思議と穏やかな気持ちだった。
 自分がゆっくり考え事に浸りたい時期に、同じ状況の人がいるとわかったからだろうか。
 豊さん、という共通のネタを持っている人だと知っているから、余計に妙な親近感を覚えるのかもしれない。

「応援しますよ。困った写真を撮る人が減ってくれると、私も助かりますし」
「あれはほんと悪かったって」
「お仕事だからしょうがないです。許しませんけど」
「そろそろ許してくれてもいいじゃんね?」
「だめです」
 ひとつ目の駅に止まる。
 降りていく人は少なかった。
「撮るならなにかな。人物はしばらくいいか」
「植物とか……景色とか?」
「いいね。コンクールの数も多いし」

(あ、そうなんだ)

「今週末もあるんですよね。神宮寺さんに聞きました」

 関係のきっかけであるコンクールについて触れる。

「恋人がテーマだとか。いろいろあるんですね」
「ああ、あれか。一般人お断りのやつでしょ。もしかして神宮寺さん、作品出したの?」
「出すつもりのようですよ」
「つもり? もう出してると思うけど?」
「え?」
「や、だって今週末にコンクールあるのに、その日が提出日なわけないじゃん」

(――――え)

 背筋が冷えたような気がした。
 聞こえていた音が聞こえなくなって、自分の中の糸がぴんと張り詰める。

「そういうコンクールの提出期限って……いつぐらいなんでしょう……?」
「ひと月とか、ふた月とか。下手したら半年前だったりするね。俺もそのコンクール出そうと思ったけどさ、ちょうど他でバタバタしてたから諦めちゃった。まあ、でも神宮寺さんが出るならそれでよかったのかも。一枠埋まってるようなもんだし」

(どういうこと……)

 よく考えれば、伊東さんの言う通りだった。
 コンクールがあるなら、それよりも前の段階で作品を出すのは当然のことである。

(待って、本当にわからない)

 そのコンクールに出す作品を用意するため、三ヶ月間だけの恋人が必要だと言っていた。
 だから私は『三ヶ月』使って撮影に協力するのだと思っていたのに。
 伊東さんの言葉を信じるなら、コンクール当日まで関係を続ける意味がない。提出期限までで充分なはずだった。

(提出したなら、もう撮ったことになる。だけど、そんな素振りはなかったし、本人もまだ撮っていないような言い方をしてた。本当にどういうことなの?)

「相模さん?」
「……あ、いえ、ごめんなさい。ぼんやりしてて」

 名前を呼ばれ、一旦思考を放棄する。

「今度なんか出したいって言ったら、モデルになってくれたりしない? 謝礼出すからさ」
「私じゃモデルになりませんよ。だったら、うちの事務所の子を撮ってください。……っていうか、人物はしばらくいいって言ってませんでした?」
「相模さんを撮るのは面白そうかなーって」
「面白そうってなんですか、面白そうって」

 豊さんもそうだけど、そんなに私は撮影しやすそうな人間なのだろうか。
 いや、あの人が私を選んだのは単純に取引を飲みそうだったから。他に理由なんてない。

(でもそう考えると、ますますわからないんだよね。……どうして三ヶ月も私を恋人にしたのか)

 聞こうにも本人は日本にいない。
 具体的にどこの国へ行ったのかも聞いていないから、向こうが今は昼なのか夜なのかさえわからない。

「……どうせ撮られるなら、『幸せ』な瞬間を撮ってもらいたいですね」

 自分でも意図せずこぼした一言に、今日までどれだけ豊さんの影響を受けてきたか思い知った気がした。
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