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側にいる理由がなくなった
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しおりを挟む「お疲れ様でした」
「お疲れ様でーす」
声をかけるとまばらに返ってくる。
今日は遅くまで残らず、早めに帰ることにした。
特に理由はない。なんとなくそうしたくなっただけ。
突き詰めれば思うものはあるかもしれないけれど、考えるとドツボにはまる。
(いいお惣菜でも買おうかな)
駅で買える、スーパーとは違うお惣菜。お値段が段違いな分、家では食べられないおいしいものが揃っている。
前から気になっていたサラダに手を出してみようか。
明日も仕事はあるけど、お酒を揃えて家飲みしてしまおうか。
仕事ばかり意識を向けようとしていたから、他のことを考えるのが楽しい。
時間が時間だけに、夜道でも人の姿は多かった。
道路を車が走っていく。
それだけのことがなんだか胸に沁みた。
「……あれ、相模さん?」
「……あ」
駅の改札を通ったところで、見知った顔に出会ってしまった。
「こんばんは、伊東さん。これからお帰りですか?」
「うん、まあそんなところ」
以前、合コンで話したフォトグラファーの伊東さん。
ノリがアキくんに似ていて楽だけど、いわゆるパパラッチをしているせいで気を許しきれない。
「あー、改札通る前だったら飲みに誘ったのにな」
「明日の仕事に響きますよ?」
「ちょっとぐらいなら大丈夫だよ。相模さんだってお酒弱くないでしょ?」
「ええ、まあ。……実はお惣菜でも買って家で飲もうかと思っていたくらいです」
「いいねえ、贅沢」
気付けば並んで歩いていた。
この駅を通る路線はひとつだけ。
向かうホームも同じになる。
「伊東さんってフリーランスですよね。こっちの方でお仕事があったんですか?」
「仕事っていうか、なんというか」
「あ、言えないことなら大丈夫です。すみません、聞いちゃいけないことの方が多いですよね」
「いや、別にいいんだけどさ」
煮え切らない態度に首を傾げる。
「朝のニュース、見た?」
突然話が飛んでなにかと思う。
けれど、ピンときた。
「……もしかして高橋さんの?」
「そうそう」
電車はまだホームに来ていなかった。
時刻表を見ると、あと三分かかるらしい。
「私、こっち方面ですが」
「俺も」
「じゃあおんなじですね」
一緒に並ぶのは少し不思議な感じがした。
早い時間の割に人の影は少ない。
「……ああ、でさ。ニュースのこと」
「はい」
「アレ周りについて、相模さんとこのお偉いさんと話してきたんだ」
「え?」
同じ場所から帰ってきたとは知らなかった。
というより、なぜ伊東さんがあの事件に関わっているのか。
「美亜ちゃんとこに情報提供したの、俺ね」
「……伊東さんが? どうしてそんなことを」
「んー、パパラッチよりかっこいいと思ったから? ……って言うのは冗談で。たまたま撮っちゃった写真に、ばっちりセクハラしてるとこが映ってたんだよ。嫌がってる女の子とにやけた高橋さんのいい写真」
伊東さんが言うには、ネタになりそうな写真を撮ったから、そのアイドルのいる事務所に声をかけてみた。
もともと美亜さんが相談していたのもあって、他の被害者も続々と名乗りを上げた結果、今回の事態になったとのこと。
うちの事務所でも密かに動いていた話だったのを知り、なにかできることはあるかと顔を出しに――売り込みに、と言う方が正しい気はする――来たらしい。
「いやあ、いいことした気分。いっそ探偵に転職しようかな。向いてると思う?」
「パパラッチよりはいいと思いますよ」
「じゃ、前向きに考えてみるかぁ」
本気か冗談かわからないけれど、口調は明るかった。
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