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側にいる理由がなくなった
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しおりを挟む今日もばたついているうちに昼が遅れてしまった。
外へ遅めの昼食を取りに行こうとしていると、後ろから肩を叩かれる。
「だーれだ」
「知らない人かな」
「……意地悪」
振り返れば頬に指が刺さるだろう。
私の知っているアキくんはそういうことをする人間だ。
「遊んでないで仕事に行かないと。話は聞いたでしょ?」
「これから休憩入るの。志保ちゃんもご飯? 俺と一緒に行かない?」
(アキくん発の企画について話すいい機会かも)
「いいよ。話したいこともあったし」
「恋愛相談?」
「しつこい」
「あはは」
アキくんがいるなら、その辺のカフェやレストランには行けない。
うちの事務所でごひいきにしている隠れ家カフェに向かうことにした。
半個室のそのカフェは入り口から中がよく見えないようになっている。
中も独特だった。観葉植物がいたるところに置いてあり、廊下が複雑に入り組んでいる。
絶妙な配置なのか、どこからも他の座席が見えない作りだった。半個室とはいっても、席につけばほぼ個室状態になる。
ようするに、他の客とほぼ顔を合わせずに済むカフェなのである。
芸能人を扱ううちの事務所からすれば、担当と食事をするのも、打ち合わせをするのにもちょうどいい場所だった。
窓際――と言っても、外からこちらは見えない――の席に案内され、ランチメニューを注文する。
サービスのドリンクが来たところで、アキくんに話を切り出そうとした。
その前にアキくんの方から話しかけてくる。
「訴えられた話、聞いた?」
「高橋さんのことだね。聞いたよ」
「俺、美亜ちゃんから聞いてたんだよね。セクハラされてるって」
それを聞いて、先日、二人がなにやら会話していたのをすぐに思い出した。
「だから二人で話してたの?」
「そ。相談されてた。もしうちの事務所でもそういうのがあったら、訴訟の材料にするから言ってーって。有沢さんに報告だけしたんだけど、向こうの方が早いと思わなかったな」
ああ、と納得する。
有沢さんもうちの事務所でそういう相談が来ていると言っていた。
もしかしたら美亜さんの事務所となにかしらの情報交換をしていたかもしれない。
「そういうことがありえる業界って聞いてたけど、ほんとなんだねぇ」
「……うん、まあ」
「……ん?」
しまったと思ったときには遅かった。
「まさか志保ちゃんも被害者だった?」
(相変わらず鋭い……)
あのときはうちの事務所でそんな話が出たことを知られたくないから黙っていた。
これだけ大ごとになっているなら、私のことぐらい話しても大丈夫だろうと判断する。
「うん。ピンポイントに高橋さんの」
「……嘘でしょ。なんで」
「ちょうど目に付いたんじゃない?」
「俺のせいか」
悟られないよう茶化したのに、通用しなかった。
「そうでしょ。あの人、番組持ってるもんね。俺を起用する代わりにとかなんとか言ったんじゃないの」
「考えすぎだよ。相手は誰でもよかったんだと思――」
「気を遣わなくていいよ。……志保ちゃん、嘘つくの下手なんだからさ」
「…………ごめん」
「謝るのは俺の方だよ。そんなことになってるなんて全然知らなかった。……その、俺のせいで……」
「ううん」
たぶん、誤解されている。
明らかに落ち込んだアキくんの前で慌てて首を振った。
「なにもなかったの。そうなる前に……神宮寺さんが助けてくれたから」
「え……あの人、人の事務所でなにやってんの」
「たまたま話が聞こえちゃってたみたい」
「うっわ……」
「……あれがね、いろいろと……きっかけだったんだ」
「あー……」
それだけで察するあたり、アキくんは鋭い。
「えー、ずるくない? 困ってるときに助けてもらったとか、惚れる理由ナンバーワンじゃん」
「別にそれが理由じゃないよ」
もっと前から惹かれていたし、好きだと気付いたのはそれより後だった。
それはアキくんに言わないでおく。
「ともかく、謝らないでね。なにも起きてないんだから」
「なら、いいけど……。もし志保ちゃんに手ぇ出してたら、アイドル辞めてでもボコボコにしに行ったかも」
「そうならなくてよかった。あんな人のためにアキくんの未来が潰されたら、そっちの方が許せないもの」
「……はあ。俺が助けたかったな」
もう私の中であれは過去の出来事になって久しい。
もっといろんなことがあったせいで、すっかり忘れていたぐらいだった。
――この事件も恋人になる理由のひとつだったと、今、思い出す程度には。
(恋人の振りをしたからには、また声をかけられないように本物でい続けなきゃいけなかった。ああ、じゃあ……)
からん、とアイスコーヒーの氷が溶けて音を立てる。
(心配しなくてもよくなった以上、恋人がいる振りをしなくていいんだ)
三ヶ月が終わるとき。コンクールが終わったとき。高橋の脅威がなくなったとき。
それが、恋人でいるメリットを失ったときになる。
(本当になにもなくなっちゃった)
終わりが近いからと言って、そこまで徹底的に理由がなくならなくてもいいだろう。
「あ、サンドイッチ来たよ」
アキくんのなにげない言葉に笑顔を作る。
さすがのアキくんも、もう気付かなかった。
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