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側にいる理由がなくなった
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しおりを挟む豊さんと恋人でいられる最後の週がやってきた。
ひとつの終わりを迎える週だけど、私の始まり方は変わらない。
出社して、自分のデスクへ向かう。
廊下を歩きながら豊さんのことをふんわり考えた。
彼はもう飛行機に乗ったのだろうか。それとも既に撮影場所の国に着いたのだろうか。
結局、週末に会ったときはコンクールで使いそうな写真を撮っていなかった気がする。
(……そういえば恋人でいるのはコンクールの日までじゃなかったっけ? その辺りの詳細を全然聞けてなかった――)
「えええっ! 本当ですか!」
突然大きな声が聞こえて足を止める。
ちょうど向かおうとしていた先にみんなが集まっていた。
(なに……?)
有沢さんも安本さんの姿もある。
どうも穏やかではない。
「おはようございます。なにかあったんですか?」
「あ……おはようございます」
律儀に安本さんが応えてくれた。
他のみんなはどうやらそれどころではないらしい。
「高橋さんが訴えられたんだってさ!」
「美亜ちゃんのとこの事務所が動いたみたい。ニュースにもなってるって!」
「高橋さんって……」
周りにいたスタッフたちから畳みかけるように言われ、ちょっとだけ思考停止する。
もしかしてと思ったけれど、その高橋さんというのは私の知るあの高橋なのだろうか。
これだけの人間を驚かせていること、高橋という名前だけで伝わること。それから、訴えられたという内容からあの人と結びつけるのはたやすい。
「あー……ああ、なるほど……」
周りに比べて冷静な反応になってしまったのは、いつかこうなると思っていた、と心のどこかで察していたからだろうか。
そう思っていると、有沢さんがぱちんと手を慣らした。
「これからの動きはわからないけど、少なくとも番組関連には影響があると思うわ。どうなってもいいように、今のうちから担当者に連絡しておくこと。改めて上から話が来るまで、いつも通りに仕事をしてちょうだい」
「はい!」
そこにいた全員の声が重なる。
「それじゃ解散。……相模さんはちょっとだけ付き合って」
「わかりました」
みんながそれぞれの持ち場に戻るのを横目に、有沢さんと会議室へ入る。
ドアが閉じると、苦笑混じりの溜息が落ちた。
「もー……」
「朝から大変そうですね……。大丈夫なんでしょうか」
「一応はね。訴訟の準備ならうちもしていたのよ」
「えっ」
「前々から相談があってね。いわゆるセクハラされてるって話なんだけど」
「ああ……」
やっぱり! なんて言うわけにはいかず、曖昧な反応をしてしまう。
有沢さんはそんな私を見て、逆にピンと来たようだった。
「まさか、覚えがあるなんて言うんじゃないでしょうね」
「あります。三ヶ月ほど前に一度。アキくんに仕事を振ってほしいなら、と……」
「……あんのクソ野郎」
「……有沢さん?」
「うちの手で潰せなかったのが残念だわ」
かなりご立腹らしく、眉間にしわが寄っている。
「私を呼んだのはこの件が関係しているんでしょうか……?」
「あー……いいえ、先週言ったアキの話を詰めたかったのよ。また新しく下りてきた話もあってね」
「ああ、はい」
有沢さんが分厚い資料を渡してくる。
すべて、アキくんのこれからの展開に関係した企画書だった。
「そういえば写真集の話はどう? 返事はあった?」
「はい。スケジュールなどは追々決めていきたいと思いますが、とりあえずは問題なく引き受けていただけるようです」
「よかったわ。注目の二人だし、対談でもさせてみましょうかしら」
「……個人的にはやめておいた方がいいと思います。二人ともその……才能がある人特有の個性というか……あの……」
「変わり者すぎて会話にならない?」
「そこまでは言いませんが。……噛み合わないような気はします」
詳細は言えないけれど、お互いが嫌い合っているのは知っていた。
仕事となればきちんとやる人たちだとわかっている。
ただ、知り合いより少し濃い間柄だからこそ、気の進まないことはさせたくない。
「もし他に案があるならどんどん出して。ここにあるもの以外でもいいから」
「はい。……アキくんにはまだここまで話を出していないはずですが、本人にもなにか出してもらうのはどうでしょう? アイドルと同時進行でバラエティ番組やコメンテーターをできる人ですし、マルチに活動できる場があるなら、本人企画なんて売り文句のものを出せば話題にしやすいんじゃないかと」
「面白そうね。聞いてみてちょうだい」
「わかりました」
「あとは……」
企画書を確認しつつ、自分の思う限りのことを発言する。
しばらく離れてみて思ったけれど、やっぱり私はアキくんの担当が向いているようだった。
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