51 / 81
当たって砕ける
6
しおりを挟む駅からタクシーで十五分ほど走っただろうか。
「ここですか?」
目の前の高層マンションを見上げて尋ねる。
「ああ」
「何階建てなんでしょう。二十階くらい……?」
「惜しいな。三十二階だ」
(それは惜しいって言うのかな)
エントランスに入ると、小さなホールのようになっていた。
ちょっとした広さは子供たちの遊び場にもなれそうだ。
こんな、いかにも高級マンションです、と言った場所に子供が遊びに来るかは別として。
「……すごい、オートロックなんですね」
「今時珍しくないだろう、このぐらい」
笑われて、開いた自動ドアの向こうへ足を踏み入れる。
まるでホテルのようだった。
どこもかしこもきらびやかで、掃除が行き届いている。
「ちょっと緊張しますね」
「そうか?」
「だって、思っていたより高級そうで。芸能人が住んでいそうです」
「探せばいるかもな」
(豊さんは芸能人のカテゴリに入らない……よね)
本人が雑誌を飾ることはあるけれど、アキくんに比べれば知名度は低いだろう。
なぜか、そのことに安堵を覚えた。
エレベーターに乗り込んで、ずらりと並んだ階層ボタンを見る。
少し眩暈がした。
「何階ですか?」
「三十二。一番上だ」
「じゃあ、毎日夜景が見えるんですね」
「……気にしたことはなかったな」
ボタンを押し、ドアを閉める。
ゆっくり動き出したエレベーターの中は完全な密室で、二人しかいないのが落ち着かない。
「夜景が好きなのか?」
十階を超えた辺りで聞かれる。
頷くと、そうか、とだけ返ってきた。
特に話すことが見つからず、ぼんやり頭上を見つめる。
電子パネルはひとつずつ階が上がっていくことを示していた。
一番上の階までは、遠い。
「……あの」
「うん?」
沈黙に耐えかねて口を開くと、背後でいぶかしげな声がした。
「どうした?」
「今日、家に呼んでくれた理由ってなんですか?」
「呼びたかった。……他に理由があるのか?」
「……わかりません。ただ、意外で」
不自然に言葉が途切れる。
残り一週間――という期日が私の背中を押した。
「そこまで踏み込ませてくれないと思っていたんです」
「…………なぜ?」
「……三ヶ月だけの恋人だから」
また沈黙がエレベーター内を包み込む。
機械の静かな音が、今はやけに大きく聞こえた。
「……三ヶ月だけでも恋人だろ」
「でも……」
言いかけた私の頭に優しい重さが乗る。
「少なくとも俺はそういうつもりだった」
振り返る前にエレベーターが止まった。
咄嗟に開くボタンを押そうとしたけれど、同じように伸びてきた豊さんの手とぶつかってしまう。
「先に出てくれ」
囁くような低い声が私の心臓を高鳴らせる。
後ろを封じられたら、後は前に進むだけ。
一歩踏み出すと、そこは外廊下だった。
「まっすぐ行った先がうちだ」
「……はい」
足を進める度にどきどきが増していく。
私がこれほど緊張しているなんて、きっと思っていないだろう。
突き当たりのドアの前で立ち止まると、なぜか後ろから抱き締められた。
「豊さ――」
「夜だから静かにな」
背中いっぱいのぬくもり。
私を腕に閉じ込めて、豊さんは玄関のドアを開ける。
そのままノブを引いて私を中へ押し込んだ。
(逃げられないようにしてるみたい)
エレベーターの中でも、今も、そんな風に考えてしまう。
「お邪魔、します」
緊張は最高潮に達していた。
中に入ると、すぐに電気が付いた。
人の動きに反応して付くのだろうか。便利な世の中になったものだと現実逃避する。
だって、後ろでカギを締める音が聞こえてしまった。
今夜は帰すつもりがないことを知らしめるように。
「中……入っても平気ですか」
「そのために連れてきたんだ。玄関が好きならそれでもいいが」
「……そんなことないです」
「だろうな」
ふ、と鼻で笑われた。
前は嫌味なのかと思っていたけれど、たぶん笑うとそうなるだけなのだろう。
靴を脱いで更に奥へ。
リビングらしき場所へ入ると、玄関と同じように自動で電気が付いた。
目の前には全面、大きな窓が。
その向こう側に思っていたよりずっと綺麗な夜景が広がっている。
「わあ……!」
さっきまでの緊張も忘れて窓に駆け寄ってしまった。
デートスポットとして有名な観覧車が見える。
都心からは少し離れているけれど、だからこそ様々な光が眩かった。
「子供みたいだな」
笑いを含んだ声が聞こえて、はっと現実に戻る。
ここがどこなのかすぐに思い出し、一気に恥ずかしくなった。
「す、すみません……」
「いや? 君にもそういう一面があるんだと思っただけだ」
足音が近付いてくる。
窓に室内が反射していた。
その反射越しに豊さんが見つめてくる。
――心のどこかで期待していた通りに、そっと抱き締められた。
0
お気に入りに追加
1,347
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

決して飼いならされたりしませんが~年下御曹司の恋人(仮)になります~
北館由麻
恋愛
アラサーOLの笑佳は敬愛する上司のもとで着々とキャリアを積んでいた。
ある日、本社からやって来たイケメン年下御曹司、響也が支社長代理となり、彼の仕事をサポートすることになったが、ひょんなことから笑佳は彼に弱みを握られ、頼みをきくと約束してしまう。
それは彼の恋人(仮)になること――!?
クズ男との恋愛に懲りた過去から、もう恋をしないと決めていた笑佳に年下御曹司の恋人(仮)は務まるのか……。
そして契約彼女を夜な夜な甘やかす年下御曹司の思惑とは……!?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる