【R18】きみを抱く理由

さくら蒼

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当たって砕ける

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 駅からタクシーで十五分ほど走っただろうか。

「ここですか?」

 目の前の高層マンションを見上げて尋ねる。

「ああ」
「何階建てなんでしょう。二十階くらい……?」
「惜しいな。三十二階だ」

(それは惜しいって言うのかな)

 エントランスに入ると、小さなホールのようになっていた。
 ちょっとした広さは子供たちの遊び場にもなれそうだ。
 こんな、いかにも高級マンションです、と言った場所に子供が遊びに来るかは別として。

「……すごい、オートロックなんですね」
「今時珍しくないだろう、このぐらい」

 笑われて、開いた自動ドアの向こうへ足を踏み入れる。
 まるでホテルのようだった。
 どこもかしこもきらびやかで、掃除が行き届いている。

「ちょっと緊張しますね」
「そうか?」
「だって、思っていたより高級そうで。芸能人が住んでいそうです」
「探せばいるかもな」

(豊さんは芸能人のカテゴリに入らない……よね)

 本人が雑誌を飾ることはあるけれど、アキくんに比べれば知名度は低いだろう。
 なぜか、そのことに安堵を覚えた。
 エレベーターに乗り込んで、ずらりと並んだ階層ボタンを見る。
 少し眩暈がした。

「何階ですか?」
「三十二。一番上だ」
「じゃあ、毎日夜景が見えるんですね」
「……気にしたことはなかったな」

 ボタンを押し、ドアを閉める。
 ゆっくり動き出したエレベーターの中は完全な密室で、二人しかいないのが落ち着かない。

「夜景が好きなのか?」

 十階を超えた辺りで聞かれる。
 頷くと、そうか、とだけ返ってきた。
 特に話すことが見つからず、ぼんやり頭上を見つめる。
 電子パネルはひとつずつ階が上がっていくことを示していた。
 一番上の階までは、遠い。

「……あの」
「うん?」

 沈黙に耐えかねて口を開くと、背後でいぶかしげな声がした。

「どうした?」
「今日、家に呼んでくれた理由ってなんですか?」
「呼びたかった。……他に理由があるのか?」
「……わかりません。ただ、意外で」

 不自然に言葉が途切れる。
 残り一週間――という期日が私の背中を押した。

「そこまで踏み込ませてくれないと思っていたんです」
「…………なぜ?」
「……三ヶ月だけの恋人だから」

 また沈黙がエレベーター内を包み込む。
 機械の静かな音が、今はやけに大きく聞こえた。

「……三ヶ月だけでも恋人だろ」
「でも……」

 言いかけた私の頭に優しい重さが乗る。

「少なくとも俺はそういうつもりだった」

 振り返る前にエレベーターが止まった。
 咄嗟に開くボタンを押そうとしたけれど、同じように伸びてきた豊さんの手とぶつかってしまう。

「先に出てくれ」

 囁くような低い声が私の心臓を高鳴らせる。
 後ろを封じられたら、後は前に進むだけ。
 一歩踏み出すと、そこは外廊下だった。

「まっすぐ行った先がうちだ」
「……はい」

 足を進める度にどきどきが増していく。
 私がこれほど緊張しているなんて、きっと思っていないだろう。
 突き当たりのドアの前で立ち止まると、なぜか後ろから抱き締められた。

「豊さ――」
「夜だから静かにな」

 背中いっぱいのぬくもり。
 私を腕に閉じ込めて、豊さんは玄関のドアを開ける。
 そのままノブを引いて私を中へ押し込んだ。

(逃げられないようにしてるみたい)

 エレベーターの中でも、今も、そんな風に考えてしまう。

「お邪魔、します」

 緊張は最高潮に達していた。
 中に入ると、すぐに電気が付いた。
 人の動きに反応して付くのだろうか。便利な世の中になったものだと現実逃避する。
 だって、後ろでカギを締める音が聞こえてしまった。
 今夜は帰すつもりがないことを知らしめるように。

「中……入っても平気ですか」
「そのために連れてきたんだ。玄関が好きならそれでもいいが」
「……そんなことないです」
「だろうな」

 ふ、と鼻で笑われた。
 前は嫌味なのかと思っていたけれど、たぶん笑うとそうなるだけなのだろう。
 靴を脱いで更に奥へ。
 リビングらしき場所へ入ると、玄関と同じように自動で電気が付いた。
 目の前には全面、大きな窓が。
 その向こう側に思っていたよりずっと綺麗な夜景が広がっている。

「わあ……!」

 さっきまでの緊張も忘れて窓に駆け寄ってしまった。
 デートスポットとして有名な観覧車が見える。
 都心からは少し離れているけれど、だからこそ様々な光が眩かった。

「子供みたいだな」

 笑いを含んだ声が聞こえて、はっと現実に戻る。
 ここがどこなのかすぐに思い出し、一気に恥ずかしくなった。

「す、すみません……」
「いや? 君にもそういう一面があるんだと思っただけだ」

 足音が近付いてくる。
 窓に室内が反射していた。
 その反射越しに豊さんが見つめてくる。
 ――心のどこかで期待していた通りに、そっと抱き締められた。
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