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当たって砕ける
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しおりを挟む駅からタクシーで十五分ほど走っただろうか。
「ここですか?」
目の前の高層マンションを見上げて尋ねる。
「ああ」
「何階建てなんでしょう。二十階くらい……?」
「惜しいな。三十二階だ」
(それは惜しいって言うのかな)
エントランスに入ると、小さなホールのようになっていた。
ちょっとした広さは子供たちの遊び場にもなれそうだ。
こんな、いかにも高級マンションです、と言った場所に子供が遊びに来るかは別として。
「……すごい、オートロックなんですね」
「今時珍しくないだろう、このぐらい」
笑われて、開いた自動ドアの向こうへ足を踏み入れる。
まるでホテルのようだった。
どこもかしこもきらびやかで、掃除が行き届いている。
「ちょっと緊張しますね」
「そうか?」
「だって、思っていたより高級そうで。芸能人が住んでいそうです」
「探せばいるかもな」
(豊さんは芸能人のカテゴリに入らない……よね)
本人が雑誌を飾ることはあるけれど、アキくんに比べれば知名度は低いだろう。
なぜか、そのことに安堵を覚えた。
エレベーターに乗り込んで、ずらりと並んだ階層ボタンを見る。
少し眩暈がした。
「何階ですか?」
「三十二。一番上だ」
「じゃあ、毎日夜景が見えるんですね」
「……気にしたことはなかったな」
ボタンを押し、ドアを閉める。
ゆっくり動き出したエレベーターの中は完全な密室で、二人しかいないのが落ち着かない。
「夜景が好きなのか?」
十階を超えた辺りで聞かれる。
頷くと、そうか、とだけ返ってきた。
特に話すことが見つからず、ぼんやり頭上を見つめる。
電子パネルはひとつずつ階が上がっていくことを示していた。
一番上の階までは、遠い。
「……あの」
「うん?」
沈黙に耐えかねて口を開くと、背後でいぶかしげな声がした。
「どうした?」
「今日、家に呼んでくれた理由ってなんですか?」
「呼びたかった。……他に理由があるのか?」
「……わかりません。ただ、意外で」
不自然に言葉が途切れる。
残り一週間――という期日が私の背中を押した。
「そこまで踏み込ませてくれないと思っていたんです」
「…………なぜ?」
「……三ヶ月だけの恋人だから」
また沈黙がエレベーター内を包み込む。
機械の静かな音が、今はやけに大きく聞こえた。
「……三ヶ月だけでも恋人だろ」
「でも……」
言いかけた私の頭に優しい重さが乗る。
「少なくとも俺はそういうつもりだった」
振り返る前にエレベーターが止まった。
咄嗟に開くボタンを押そうとしたけれど、同じように伸びてきた豊さんの手とぶつかってしまう。
「先に出てくれ」
囁くような低い声が私の心臓を高鳴らせる。
後ろを封じられたら、後は前に進むだけ。
一歩踏み出すと、そこは外廊下だった。
「まっすぐ行った先がうちだ」
「……はい」
足を進める度にどきどきが増していく。
私がこれほど緊張しているなんて、きっと思っていないだろう。
突き当たりのドアの前で立ち止まると、なぜか後ろから抱き締められた。
「豊さ――」
「夜だから静かにな」
背中いっぱいのぬくもり。
私を腕に閉じ込めて、豊さんは玄関のドアを開ける。
そのままノブを引いて私を中へ押し込んだ。
(逃げられないようにしてるみたい)
エレベーターの中でも、今も、そんな風に考えてしまう。
「お邪魔、します」
緊張は最高潮に達していた。
中に入ると、すぐに電気が付いた。
人の動きに反応して付くのだろうか。便利な世の中になったものだと現実逃避する。
だって、後ろでカギを締める音が聞こえてしまった。
今夜は帰すつもりがないことを知らしめるように。
「中……入っても平気ですか」
「そのために連れてきたんだ。玄関が好きならそれでもいいが」
「……そんなことないです」
「だろうな」
ふ、と鼻で笑われた。
前は嫌味なのかと思っていたけれど、たぶん笑うとそうなるだけなのだろう。
靴を脱いで更に奥へ。
リビングらしき場所へ入ると、玄関と同じように自動で電気が付いた。
目の前には全面、大きな窓が。
その向こう側に思っていたよりずっと綺麗な夜景が広がっている。
「わあ……!」
さっきまでの緊張も忘れて窓に駆け寄ってしまった。
デートスポットとして有名な観覧車が見える。
都心からは少し離れているけれど、だからこそ様々な光が眩かった。
「子供みたいだな」
笑いを含んだ声が聞こえて、はっと現実に戻る。
ここがどこなのかすぐに思い出し、一気に恥ずかしくなった。
「す、すみません……」
「いや? 君にもそういう一面があるんだと思っただけだ」
足音が近付いてくる。
窓に室内が反射していた。
その反射越しに豊さんが見つめてくる。
――心のどこかで期待していた通りに、そっと抱き締められた。
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