【R18】きみを抱く理由

さくら蒼

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当たって砕ける

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 バーでの話を改めて仕事の席で聞いた後、すぐにアキくんの担当へ戻るべく準備を始めた。
 今までやっていたサポート業務をきっちり区切りのいいところまで進め、同時進行で安本さんと連携を取りつつ現状を把握する。
 今、アキくんは営業をかける必要がない程度にはあちこちから声をかけられているとのことだった。
 安本さんを心配してスケジュールを見ていたときにも感じていたけれど、やはりあの週刊誌への対応は完璧だったらしい。そうでなければこんなにも仕事が詰まったりしないだろう。

「じゃあ、来週はこんな感じで進めておけばいいんですね。ありがとうございます」
「厳しそうだったらいつでも言ってね」
「はい。今日もお疲れ様でした」

 積極的に助言を求めてくる安本さんへ今後の流れを伝え終えると、すっかり夜遅くなっていた。

(今週はいつもより早く終わった気がする)

 やることが多かったというのはとてもある。
 気持ちの整理がついているかどうかはともかく、もう明日ともう一回休日を迎えれば豊さんとの別れだった。

「……ん」

 懐で携帯が震え、画面を見てみる。
 この三ヶ月、ほぼ定期的にあった週末の連絡だった。

(……会えるか、だって)

 簡素で味気ない。でも、それが嬉しい。

(……『会いたいです』)

 素直な気持ちを、私も短く打って送信する。
 玉砕してもいい、気持ちを伝えるともう決めた。
 だったらなにを言ったって構わないだろう。
 残りの一週間で悟られて、早めの別れを告げられる可能性はあったけれど。
 なんとなく、そうはしないんじゃないかという確信があった。
 そんな確信を持てるくらいの時間を、あの人と過ごしてしまった。

(いいんだ。もう。あの豊さんに一目惚れさせるような女性なんだから、勝ち目なんてない)

 泣いていたという海辺の女性。
 いつか豊さんがその女性の幸せな姿を撮影するとして、そのとき私はどんな顔でその写真を目にするのだろうと思った。


 待ち合わせ場所に着くと、向こうもほぼ同時に到着したところだった。

「お疲れ様です」
「ああ」

 なぜかほっとした顔をされた。
 週の終わりということで、豊さんも疲れていたのだろうか。

「また返事がなかったらどうしようかと思っていたんだ」
「……え」

 伸びてきた手が私を引き寄せる。
 ぽん、と頭を撫でられた。

「元気そうでよかった」

 なにを心配していたのか悟る。
 あのデートの日、私は自分がショックを受けたことを隠し切れていなかった。

「先週は……すみません。久し振りに思い切り楽しんだらはしゃぎすぎたみたいで」
「俺も楽しかったよ」

 ずき、と胸にトゲが刺さった気がした。
 私は嘘をついている。でも、豊さんは真実を吐いている。

「今日はどこへ?」
「うちでもいいか」
「……えっ」

(豊さんの家なんて初めて)

 どんな家に住んでいるかも聞いたことがなかった。
 プライベートな空間に招待してもらえると思うと、今日会ってよかったという気持ちでいっぱいになる。

「楽しみです」
「……楽しみにされるなら、もう少し綺麗にしておけばよかった」

(そういうの、気にしたりするんだ?)

 行こうか、と豊さんが駅前のタクシー乗り場へ向かって歩き出す。
 ここに来てまた特別扱いしてくれるなんて、本当に罪作りな人だった。
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