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当たって砕ける
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「浮気相手でも見つかった?」
ぎょっとしてまた喋り損ねる。
厳密に言えば浮気相手ではないけれど、自分以外に想い人がいるという点では近い。
「アキくんには恋愛相談なんてしません」
「――あら、じゃあ私には?」
再びぎくりとして振り返ると、いっそ恐ろしいほど眩しい笑顔の有沢さんが立っていた。
「なんてね。二人とも、時間は大丈夫? お昼はとっくに過ぎてるわよ」
「今日は遅めだったので私は平気です」
「俺も今は空き時間でーす」
「そう。適度に遊ぶのもいいけど、暇なら二人して仕事でも取ってくるのね」
冗談に聞こえるけれど、たぶん本気だ。さすが、容赦がない。
私とアキくんとでぴしっと背筋を伸ばすと、有沢さんはヒールの音を高鳴らせながら廊下の奥へ消えていった。
「やー……圧力すご」
「そういえば明日、有沢さんと飲む約束してるんだった」
「え、マジ? いいな。俺も行きたい」
「女同士の飲み会に入ってこないの」
「俺も明日は女の子になるー」
「だーめ」
だだをこねるアキくんは無視して、通りがかった安本さんに押し付ける。
うまく豊さんの話を避けられたことに安堵の息を吐いた。
次の日、案の定二人だけの飲み会で有沢さんに突っ込まれた。
「恋愛相談って聞こえちゃったんだけど、合コンで素敵な相手でも見つかったの?」
(絶対この話になると思った……)
有沢さんはものすごく優秀な仕事人間であり、同時に恋愛経験も非常に豊富な大人の女性だった。
今まで泣かせてきた男の数は両手に余るほど……らしい。
私もなにかと仕事優先の生活を心配されていたり、これまでもふわっと恋愛ネタの話をすることはあった。
本人もそういう話をするのが好きらしく、人の話を聞くと自分もピュアな恋愛を送っている気持ちになると言う。
「そういうわけじゃないんですが。……アキくんも有沢さんも、人の恋愛相談に乗りたがりすぎです」
「あら、なんにもないなら別にいいのよ。やっと楽しそうな話が来たのかと思ってそわそわしただけだから」
(この人もいい意味で正直すぎる)
ここのバーでは必ず頼む甘めのカクテルを口にし、少し考えた。
なにもないと言ってもいい。けれど、自分で解決しきれるようなことだろうか。
自分ではどうしようもできないこの気持ちを聞いてもらった方がいいのでは。
「……なにもない、というわけでもない……です」
「ふふふ、いいわね。全部話しちゃいなさい」
職場では頼れる上司なのに、プライベートになると急にお姉さんになる。
そんな有沢さんが好きだから、なにがあってもこの事務所に留まり続けてきた。
また、お世話になるときが来たらしい。
「実は……今、絶賛片思い中でして」
「ダメ、片思いって響きだけでむずむずする。甘酸っぱいわ」
「もう、茶化さないでください」
「だってそんなかわいい恋愛、もう何年もしてないもの」
見た目からして百戦錬磨を匂わせる有沢さんだったら、片思いなんてする前に相手を落としているだろう。
「でも、片思い中のその人には好きな人がいるみたいなんです。……それとは別に、いろいろと事情があってちゃんとしたお付き合いをできないこともわかっています」
気を抜けば言葉を飲み込みそうになってしまう。
自分を勇気づけるようにカクテルをぐっと飲み干した。
「すごくすごく好きなんです。でも、好きって思われるのは迷惑だと考えているタイプなのでなにも言えません」
「ふんふん、それで?」
「…………この間デートしたんです。楽しかったけど、そこで別の人が好きだって話をされて……自分でもびっくりするぐらいショックでした。牽制……ってわけではないと思うんですが」
(そういうことをするタイプじゃないと思う。だったらはっきり言うだろうし。そういうわけだから好きになれない、って)
一気に飲んだからか、頭がかっかと熱い。
「はあ……恋愛って難しいですね。全然思い通りにならないし、好きだからどうなるわけでもないし……」
「それ、言ったの? ちゃんと告白した?」
「できませんよ。さっきも言った通り、ちゃんとお付き合いができない相手ですもん。向こうだって私に好きだと思われたくないんです。私とあの人に未来はないんですよ」
「言い切るわねぇ……。告白もしてないくせに」
「っ、ひゃ」
つん、と鼻の先をつつかれる。
「決断するのが早すぎる。仕事ならいいけど、恋愛じゃ悪手にしかならないわよ」
ぎょっとしてまた喋り損ねる。
厳密に言えば浮気相手ではないけれど、自分以外に想い人がいるという点では近い。
「アキくんには恋愛相談なんてしません」
「――あら、じゃあ私には?」
再びぎくりとして振り返ると、いっそ恐ろしいほど眩しい笑顔の有沢さんが立っていた。
「なんてね。二人とも、時間は大丈夫? お昼はとっくに過ぎてるわよ」
「今日は遅めだったので私は平気です」
「俺も今は空き時間でーす」
「そう。適度に遊ぶのもいいけど、暇なら二人して仕事でも取ってくるのね」
冗談に聞こえるけれど、たぶん本気だ。さすが、容赦がない。
私とアキくんとでぴしっと背筋を伸ばすと、有沢さんはヒールの音を高鳴らせながら廊下の奥へ消えていった。
「やー……圧力すご」
「そういえば明日、有沢さんと飲む約束してるんだった」
「え、マジ? いいな。俺も行きたい」
「女同士の飲み会に入ってこないの」
「俺も明日は女の子になるー」
「だーめ」
だだをこねるアキくんは無視して、通りがかった安本さんに押し付ける。
うまく豊さんの話を避けられたことに安堵の息を吐いた。
次の日、案の定二人だけの飲み会で有沢さんに突っ込まれた。
「恋愛相談って聞こえちゃったんだけど、合コンで素敵な相手でも見つかったの?」
(絶対この話になると思った……)
有沢さんはものすごく優秀な仕事人間であり、同時に恋愛経験も非常に豊富な大人の女性だった。
今まで泣かせてきた男の数は両手に余るほど……らしい。
私もなにかと仕事優先の生活を心配されていたり、これまでもふわっと恋愛ネタの話をすることはあった。
本人もそういう話をするのが好きらしく、人の話を聞くと自分もピュアな恋愛を送っている気持ちになると言う。
「そういうわけじゃないんですが。……アキくんも有沢さんも、人の恋愛相談に乗りたがりすぎです」
「あら、なんにもないなら別にいいのよ。やっと楽しそうな話が来たのかと思ってそわそわしただけだから」
(この人もいい意味で正直すぎる)
ここのバーでは必ず頼む甘めのカクテルを口にし、少し考えた。
なにもないと言ってもいい。けれど、自分で解決しきれるようなことだろうか。
自分ではどうしようもできないこの気持ちを聞いてもらった方がいいのでは。
「……なにもない、というわけでもない……です」
「ふふふ、いいわね。全部話しちゃいなさい」
職場では頼れる上司なのに、プライベートになると急にお姉さんになる。
そんな有沢さんが好きだから、なにがあってもこの事務所に留まり続けてきた。
また、お世話になるときが来たらしい。
「実は……今、絶賛片思い中でして」
「ダメ、片思いって響きだけでむずむずする。甘酸っぱいわ」
「もう、茶化さないでください」
「だってそんなかわいい恋愛、もう何年もしてないもの」
見た目からして百戦錬磨を匂わせる有沢さんだったら、片思いなんてする前に相手を落としているだろう。
「でも、片思い中のその人には好きな人がいるみたいなんです。……それとは別に、いろいろと事情があってちゃんとしたお付き合いをできないこともわかっています」
気を抜けば言葉を飲み込みそうになってしまう。
自分を勇気づけるようにカクテルをぐっと飲み干した。
「すごくすごく好きなんです。でも、好きって思われるのは迷惑だと考えているタイプなのでなにも言えません」
「ふんふん、それで?」
「…………この間デートしたんです。楽しかったけど、そこで別の人が好きだって話をされて……自分でもびっくりするぐらいショックでした。牽制……ってわけではないと思うんですが」
(そういうことをするタイプじゃないと思う。だったらはっきり言うだろうし。そういうわけだから好きになれない、って)
一気に飲んだからか、頭がかっかと熱い。
「はあ……恋愛って難しいですね。全然思い通りにならないし、好きだからどうなるわけでもないし……」
「それ、言ったの? ちゃんと告白した?」
「できませんよ。さっきも言った通り、ちゃんとお付き合いができない相手ですもん。向こうだって私に好きだと思われたくないんです。私とあの人に未来はないんですよ」
「言い切るわねぇ……。告白もしてないくせに」
「っ、ひゃ」
つん、と鼻の先をつつかれる。
「決断するのが早すぎる。仕事ならいいけど、恋愛じゃ悪手にしかならないわよ」
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