【R18】きみを抱く理由

さくら蒼

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まさか初デートなんて

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 ――自分が溜息を吐いて、やっと時間の流れが戻ってくる。
 あの後、なにをしてどんな風に別れ、家へ帰ってきたのか。過程がぼんやりしている。
 既に窓の外は暗くなり始めていた。
 夕方になる前に別れてはいたらしい。

(ランチ……は食べた。パスタ……)

 おいしかったと思うし、会話も弾んでいた――と思う。
 まるで他人事のようにしか思い出せないのは、あの豊さんに忘れられない人がいると知ったせい。

(恋人だって誤解されたら困るのは、単純にそういう相手がいらないからじゃない。もう好きな人がいるから好きになれないよって意味だったんだ)

 のろのろとソファから立ち上がり、部屋の電気をつけに行く。
 カーテンを閉めたところで心が折れた。

(楽しいデートにしたかったのになぁ……)

 最初で最後だろうからと期待した時間は、思いがけない傷を私に与えた。
 別れが辛くなるどころの騒ぎではない。
 これでは別れた後にも一切チャンスがないことになる。
 立ち尽くしたまま顔を覆った。
 涙は出てこないけれど、うまく息ができない。
 ゆっくりゆっくり深呼吸して今日のことを振り返る。
 私はずっと想像していない形での失恋にショックを受けていた。今まで通りを演じているつもりだったけれど、「疲れたのか」と心配された気がする。
 どちらにせよやることが決まっていなかったこともあって、陽が暮れる前にデートを切り上げた。
 一人で大丈夫だと逃げるように帰宅し、そして。

(こんなの……予想できないでしょ……)

 テーブルの上に置かれたままの服をタンスにしまいに行く元気もない。
 ふらふらしながら再びソファへ戻ると、座ったタイミングで携帯が震えた。
 見ると、メールが一件。
 ――今日はありがとう、楽しかった。
 あの人にしては感情のこもった一文が、届いてほしくないときに届いてしまう。

(……ひどい)

 見ない振りをするしかできなかった。
 楽しかった、なんて聞きたくない。
 私は誰かに縛られている人に縛られてしまっていたのだ。
 どうしてそんな相手と三ヶ月の契約なんて引き受けたのか。何度も思い続けてきたそれをどんなに悔やもうと過去は戻らない。
 出会ったことを喜んでは悲しみ、また喜び、そして突き落とされる。
 これがたった二ヶ月と少しの間に起きているのだから、いっそ笑えてくる。
 再び携帯が震えた。
 今度は空気の読めない着信音とともに。

(……声なんて聞きたくない)

 楽しかったけど、楽しくなかった。
 撮影のための時間ではなく、デートと言ってくれたのが本当に嬉しかった。
 服を似合うと言ってくれたのも、他では褒めたことがないと言ってくれたのも。
 手を繋いでくれた。過去の話を聞かせてくれた。笑ってくれた。大切な時間をくれた。
 けれど、私が望まれているのは最初から最後まで『偽物の恋人』でしかない。

(どうして忘れていたの)

 あの人が必要としていたのは『恋人というモデル』。
 携帯はまだ震えている。
 なぜ出ないんだと向こうで文句を言っている気がした。
 それも私が無視を続けていると止む。
 そうしてなんの音もしなくなった。
 それにほっとしたとき、再び通知が入る。
 ――また誘ってもいいか。

「……っ」

 頑張って我慢していたのに、もう無理だった。
 ぼろぼろあふれた涙が頬を伝って落ちていく。
 たったそれだけのことを話すために電話したのだと思うと、たまらなかった。

「っ……誘わない、で」

 返事をしない代わりに嗚咽を漏らす。

(これ以上、あなたに縛られたくない……)

 もう、携帯は鳴らなかった。 
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