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わからないからもどかしい
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しおりを挟む自分でも意外なほど楽しめた時間を終え、帰路につく。
既に日付が変わりかけていた。
(明日はどう過ごそうかな)
週末に過ごしていた人はいない。
残り三週間でこの静かな寂しさに慣れなければならなかった。
私にその事実を突きつけようとでも言うのか、辺りはしんとしている。時間が時間なのだから当たり前だけれど、気分は沈んだ。
伊東さんはお遊びの相手が欲しいと言っていた。
大人ならば割り切った関係を築くことに抵抗のない人もいるだろう。
こんな日々を送るまでは自分が抵抗のあるタイプだと思っていたのに、結果的にしていることは変わらない。
どうしてこの三ヶ月を引き受けてしまったのか、後悔しても遅いとわかっているのに何度も考えてしまう。
自然と足取りも重くなった。
家に帰ればたった一人。
この経験がある以上、忘れるまで一人の時間は続く。
そして、きっと私は忘れられない。
それだけ自分にとって衝撃的な日々になってしまっていたから。
(…………重いね)
こういう相手がいるから神宮寺さんは誤解されたくないと言っていたのだろうと思う。
本物の恋人ともなれば、もっとあの人をねだることができる。
素直に羨ましいと切なくなった。
「……はぁ」
溜息を吐いて、引きずるように足を進める。
合コンが賑やかだった分、静かな暗闇が滲みた。
家まではもう少し。
帰ったらなにも考えずに寝たい。
でも、化粧を落とさなければ。だったらシャワーも浴びておくべきだ。
どうせ明日はなにもないのだから寝坊したって構わない。朝食はなににしよう。トーストと、スクランブルエッグか目玉焼きか――。
どうでもいいことを考えて、なるべく意識を逸らそうとする。
けれど、家の前まで来て引き戻されてしまった。
――人影がひとつ。
ここにいるはずのない人。
「ど、して……」
「ああ、お帰り」
当然のように挨拶を返した神宮寺さんは、私を見て感情を表情に表さなかった。
困った顔でも気まずそうな顔でもなく、ただ淡々と言う。
「思っていたより遅かったな。開けてくれ」
さすがに追い返すわけにもいかず、中へと招き入れる。
勝手にやってきて図々しく落ち着いたかと思うと、私に向かって更に要求してきた。
「コーヒーがいいな」
「……ご馳走するなんて言ってません」
「じゃあ、帰った方がいいのか」
そんな聞き方をするなんて、あまりにも卑怯だった。
黙ってポットに水を入れ、お湯を沸かす。
その間にコーヒーカップをふたつ出し、安い粉を適当に入れた。
「……どうしてうちの前にいたんですか?」
背を向けながら尋ねる。
「何時間も待っていたわけじゃない。そこだけは心配しないでくれ」
「心配なんてしてません」
意図がわからなくて、焦りからか、それとも不安からか、口調がきつくなる。
「こんな時間になにかと思いました。来るなら来るで連絡してください」
「帰ってこない可能性があったからな」
繋がらない会話をいぶかしんで振り返ろうとしたとき、後ろから抱き締められた。
ふわ、と香ったのは、ベッドの上で何度も感じた神宮寺さんの匂い。
「君が朝まで帰ってこないかもしれないと思っていた。……だから、連絡できなかった」
「……もしそうだったら、途中で家に帰ったんですか」
「……わからない。帰ってくるだろうとしか思っていなかったから」
伊東さんの言っていたことを思い出す。
この人は『今』しか考えていない。
「ずっと外にいたら、風邪を引いていたかもしれないのに」
「だから考えていなかったんだ。自分のことは、なにも」
「……じゃあ、なにを考えて」
「君のことを」
振り返りたいけれどできない。
今、顔を見たら泣いてしまいそうだった。
「……私、わからないです。三ヶ月間だけの関係なんですよね」
「…………そうだな」
「なのに、どうしてそういうことを言うんですか? どう考えたっておかしいです」
「俺もそう思う」
「じゃあ、なんで」
「三ヶ月しかないからじゃないのか」
ぎゅ、ときつく抱き締められる。
そんなに力を込めても逃げ場なんてこの人の腕の中にしかないのに。
「君からメールをもらった後、どうしようか考えた。本当は行ってほしくなかったんだが、それを言うのも違う気がして」
「……言いたいなら言えばよかったんです。いつも好き勝手言うじゃないですか。どうして今回だけ、あんな素っ気ないメール……」
「君の考えがわからなかった」
背中がじわじわと神宮寺さんの体温で温まっていく。
ずっと、こうしていてほしいと思ってしまった。
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