37 / 81
わからないからもどかしい
5
しおりを挟む自分でも意外なほど楽しめた時間を終え、帰路につく。
既に日付が変わりかけていた。
(明日はどう過ごそうかな)
週末に過ごしていた人はいない。
残り三週間でこの静かな寂しさに慣れなければならなかった。
私にその事実を突きつけようとでも言うのか、辺りはしんとしている。時間が時間なのだから当たり前だけれど、気分は沈んだ。
伊東さんはお遊びの相手が欲しいと言っていた。
大人ならば割り切った関係を築くことに抵抗のない人もいるだろう。
こんな日々を送るまでは自分が抵抗のあるタイプだと思っていたのに、結果的にしていることは変わらない。
どうしてこの三ヶ月を引き受けてしまったのか、後悔しても遅いとわかっているのに何度も考えてしまう。
自然と足取りも重くなった。
家に帰ればたった一人。
この経験がある以上、忘れるまで一人の時間は続く。
そして、きっと私は忘れられない。
それだけ自分にとって衝撃的な日々になってしまっていたから。
(…………重いね)
こういう相手がいるから神宮寺さんは誤解されたくないと言っていたのだろうと思う。
本物の恋人ともなれば、もっとあの人をねだることができる。
素直に羨ましいと切なくなった。
「……はぁ」
溜息を吐いて、引きずるように足を進める。
合コンが賑やかだった分、静かな暗闇が滲みた。
家まではもう少し。
帰ったらなにも考えずに寝たい。
でも、化粧を落とさなければ。だったらシャワーも浴びておくべきだ。
どうせ明日はなにもないのだから寝坊したって構わない。朝食はなににしよう。トーストと、スクランブルエッグか目玉焼きか――。
どうでもいいことを考えて、なるべく意識を逸らそうとする。
けれど、家の前まで来て引き戻されてしまった。
――人影がひとつ。
ここにいるはずのない人。
「ど、して……」
「ああ、お帰り」
当然のように挨拶を返した神宮寺さんは、私を見て感情を表情に表さなかった。
困った顔でも気まずそうな顔でもなく、ただ淡々と言う。
「思っていたより遅かったな。開けてくれ」
さすがに追い返すわけにもいかず、中へと招き入れる。
勝手にやってきて図々しく落ち着いたかと思うと、私に向かって更に要求してきた。
「コーヒーがいいな」
「……ご馳走するなんて言ってません」
「じゃあ、帰った方がいいのか」
そんな聞き方をするなんて、あまりにも卑怯だった。
黙ってポットに水を入れ、お湯を沸かす。
その間にコーヒーカップをふたつ出し、安い粉を適当に入れた。
「……どうしてうちの前にいたんですか?」
背を向けながら尋ねる。
「何時間も待っていたわけじゃない。そこだけは心配しないでくれ」
「心配なんてしてません」
意図がわからなくて、焦りからか、それとも不安からか、口調がきつくなる。
「こんな時間になにかと思いました。来るなら来るで連絡してください」
「帰ってこない可能性があったからな」
繋がらない会話をいぶかしんで振り返ろうとしたとき、後ろから抱き締められた。
ふわ、と香ったのは、ベッドの上で何度も感じた神宮寺さんの匂い。
「君が朝まで帰ってこないかもしれないと思っていた。……だから、連絡できなかった」
「……もしそうだったら、途中で家に帰ったんですか」
「……わからない。帰ってくるだろうとしか思っていなかったから」
伊東さんの言っていたことを思い出す。
この人は『今』しか考えていない。
「ずっと外にいたら、風邪を引いていたかもしれないのに」
「だから考えていなかったんだ。自分のことは、なにも」
「……じゃあ、なにを考えて」
「君のことを」
振り返りたいけれどできない。
今、顔を見たら泣いてしまいそうだった。
「……私、わからないです。三ヶ月間だけの関係なんですよね」
「…………そうだな」
「なのに、どうしてそういうことを言うんですか? どう考えたっておかしいです」
「俺もそう思う」
「じゃあ、なんで」
「三ヶ月しかないからじゃないのか」
ぎゅ、ときつく抱き締められる。
そんなに力を込めても逃げ場なんてこの人の腕の中にしかないのに。
「君からメールをもらった後、どうしようか考えた。本当は行ってほしくなかったんだが、それを言うのも違う気がして」
「……言いたいなら言えばよかったんです。いつも好き勝手言うじゃないですか。どうして今回だけ、あんな素っ気ないメール……」
「君の考えがわからなかった」
背中がじわじわと神宮寺さんの体温で温まっていく。
ずっと、こうしていてほしいと思ってしまった。
0
お気に入りに追加
1,347
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる