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わからないからもどかしい
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「自分がやられたことより、アキくんにされたことを怒ってるみたいだ」
「その通りですが」
「仕事熱心なマネージャーだなぁ。もう少し自分を守ってもいいんじゃない? じゃないと、なんかのときに困るよ?」
「ご忠告ありがとうございます」
「いい皮肉」
また笑うと、伊東さんは軽く頭を下げた。
「さっき話しかけた理由はネタと相模さんへの興味って言ったけど、ほんとはもう一個ある。……謝りたかった」
「……許すわけないじゃないですか」
「俺の気持ちの問題。パパラッチなんてほんとはやりたくないし」
「でも、お金のためにはできるんですよね」
「俺がやりたいことのためにはね。お金ってなによりも大事じゃん」
「……謝罪は受けません。そういうの、ずるいです」
「ありがと。逆に救われる」
再び顔を上げた伊東さんは、なにごともなかったようにテーブルの上に並んでいた唐揚げへと手を伸ばした。
まさかの出会いだったおかげで私の喉もカラカラになっている。
酸味のあるレモンサワーを口に含むと、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「俺も才能があったら、嫌な仕事なんかしなくてすむのになー」
「……まだ私と話すつもりなんですか」
「だって向こうは向こうで盛り上がってるよ、ほら」
視線の先を見ると、私たち以外の六人がなにやらゲームをして遊んでいるようだった。
話している間に、完全に輪を外れてしまったらしい。
「相模さんは才能って信じる? 天才っていると思う?」
「知りません」
「冷たいなー」
伊東さんが近くにある汚れたボタンを押す。
すぐにやってきた店員へビールを頼むと、また唐揚げに手を出した。
「俺はいると思うよ」
しばらくして届けられたビールを手に、ぽつりとそんなことを言う。
「名前くらい聞いたことあると思うけど。神宮寺豊っているじゃん、フォトグラファーの」
アキくん関連の話が出たときよりも大きく心臓が跳ねる。
合コンに行くと伝えたときに「そうか」とだけしか言ってくれなかった、私の好きな人。
これからも想いの届かない人――。
「ああいうのを天才って言うんだよなぁ。一回現場見たことあるんだけどさ、もう空気からして違うんだよ。モデルの子、泣かせるし」
「……そんなことをしていたんですか、あの人」
「そうそう。まあ、あのモデルも悪かったんだけどね。真面目にやってなかったから。……けど、だからって普通泣かせないよ」
「まあ……そうですね」
「だってその後、自分の仕事なくなるかもしれないじゃん。そこの事務所からNG食らうとか、変な噂が広がるとか、いくらでも考えられない? なのに、やっちゃうんだーと思って」
(神宮寺さんらしい……)
あの遠慮のないまっすぐな物言いでモデルを泣かせたのだろう。周りは凍り付いたに違いない。
「意外と優しいところもあると思います、が」
言ってしまってから、まるで庇っているようだと気付く。
「あ、相模さんも一緒に仕事したことあるんだ? 怒られなかった?」
「……怒られました。うるさいって」
「こっわ。その後どうしたの?」
「謝罪して……それで終わりました。いつかアキくんを撮ってもらえたらと思っているんですが」
「嫌だよ。俺が撮った写真と比較されるじゃん」
冗談めかして言いながら、伊東さんはビールを一気に流し込む。
「……後のことなんか考えないで、とりあえず『今』だけ追求するああいうところに神様も惚れこんだのかなー」
真理を突いた一言は、この人も同じフォトグラファーだから言えたことなのだろう。
それほど神宮寺さんとの距離は近くないに違いない。けれど、あの人の本質をわかっている。
(……そう。『今』のことしか考えてない。仕事でも……私との関係でも同じ)
三ヶ月が過ぎた後にどう接するのかを考えているとは思えなかった。
そんな時間などなかったかのように接せられる可能性は非常に高いけれど。
(後のことを考えていたら、三ヶ月だけの恋人と寝ないでしょ)
その点に関しては私も同罪で、あまり強く言えない。
「俺もせめて人のためになる写真ぐらい撮りたいよー」
「酔ってるんですか?」
「酔ってるー」
(同情なんてしなくていいのにな)
この人にも抱えるものがあるのだと思うと、かわいそうに思えてきてしまった。
そんな自分に呆れつつ、またサワーで喉を潤す。
「はあ……。相模さん、俺と付き合わない?」
「その通りですが」
「仕事熱心なマネージャーだなぁ。もう少し自分を守ってもいいんじゃない? じゃないと、なんかのときに困るよ?」
「ご忠告ありがとうございます」
「いい皮肉」
また笑うと、伊東さんは軽く頭を下げた。
「さっき話しかけた理由はネタと相模さんへの興味って言ったけど、ほんとはもう一個ある。……謝りたかった」
「……許すわけないじゃないですか」
「俺の気持ちの問題。パパラッチなんてほんとはやりたくないし」
「でも、お金のためにはできるんですよね」
「俺がやりたいことのためにはね。お金ってなによりも大事じゃん」
「……謝罪は受けません。そういうの、ずるいです」
「ありがと。逆に救われる」
再び顔を上げた伊東さんは、なにごともなかったようにテーブルの上に並んでいた唐揚げへと手を伸ばした。
まさかの出会いだったおかげで私の喉もカラカラになっている。
酸味のあるレモンサワーを口に含むと、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「俺も才能があったら、嫌な仕事なんかしなくてすむのになー」
「……まだ私と話すつもりなんですか」
「だって向こうは向こうで盛り上がってるよ、ほら」
視線の先を見ると、私たち以外の六人がなにやらゲームをして遊んでいるようだった。
話している間に、完全に輪を外れてしまったらしい。
「相模さんは才能って信じる? 天才っていると思う?」
「知りません」
「冷たいなー」
伊東さんが近くにある汚れたボタンを押す。
すぐにやってきた店員へビールを頼むと、また唐揚げに手を出した。
「俺はいると思うよ」
しばらくして届けられたビールを手に、ぽつりとそんなことを言う。
「名前くらい聞いたことあると思うけど。神宮寺豊っているじゃん、フォトグラファーの」
アキくん関連の話が出たときよりも大きく心臓が跳ねる。
合コンに行くと伝えたときに「そうか」とだけしか言ってくれなかった、私の好きな人。
これからも想いの届かない人――。
「ああいうのを天才って言うんだよなぁ。一回現場見たことあるんだけどさ、もう空気からして違うんだよ。モデルの子、泣かせるし」
「……そんなことをしていたんですか、あの人」
「そうそう。まあ、あのモデルも悪かったんだけどね。真面目にやってなかったから。……けど、だからって普通泣かせないよ」
「まあ……そうですね」
「だってその後、自分の仕事なくなるかもしれないじゃん。そこの事務所からNG食らうとか、変な噂が広がるとか、いくらでも考えられない? なのに、やっちゃうんだーと思って」
(神宮寺さんらしい……)
あの遠慮のないまっすぐな物言いでモデルを泣かせたのだろう。周りは凍り付いたに違いない。
「意外と優しいところもあると思います、が」
言ってしまってから、まるで庇っているようだと気付く。
「あ、相模さんも一緒に仕事したことあるんだ? 怒られなかった?」
「……怒られました。うるさいって」
「こっわ。その後どうしたの?」
「謝罪して……それで終わりました。いつかアキくんを撮ってもらえたらと思っているんですが」
「嫌だよ。俺が撮った写真と比較されるじゃん」
冗談めかして言いながら、伊東さんはビールを一気に流し込む。
「……後のことなんか考えないで、とりあえず『今』だけ追求するああいうところに神様も惚れこんだのかなー」
真理を突いた一言は、この人も同じフォトグラファーだから言えたことなのだろう。
それほど神宮寺さんとの距離は近くないに違いない。けれど、あの人の本質をわかっている。
(……そう。『今』のことしか考えてない。仕事でも……私との関係でも同じ)
三ヶ月が過ぎた後にどう接するのかを考えているとは思えなかった。
そんな時間などなかったかのように接せられる可能性は非常に高いけれど。
(後のことを考えていたら、三ヶ月だけの恋人と寝ないでしょ)
その点に関しては私も同罪で、あまり強く言えない。
「俺もせめて人のためになる写真ぐらい撮りたいよー」
「酔ってるんですか?」
「酔ってるー」
(同情なんてしなくていいのにな)
この人にも抱えるものがあるのだと思うと、かわいそうに思えてきてしまった。
そんな自分に呆れつつ、またサワーで喉を潤す。
「はあ……。相模さん、俺と付き合わない?」
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