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なんのための独占欲?
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しおりを挟む有沢さんとの話を終えて部屋を出ると、噂のアキくんが困ったように頬を掻いていた。
「ごめん、困らせちゃって」
「ううん、私こそ。アキくんは平気?」
「俺はどうにでもできるよ。人にキスするのが挨拶でーとか言って許されるキャラだし」
「でも……」
改めてそういうキャラだと伝えるのにも時間がかかる。
今いるファンが幻滅して離れてしまう恐れだって十二分にあった。
「あんまり俺のこと心配しない方がいいよ。写真撮られてラッキーとかちょっと思ったから」
「えっ……?」
「俺が『結婚を前提にしたお付き合いをしている人です』って公表しちゃえば、逃げられないじゃん」
そういう回避の仕方は今までに何度も見てきた。
そのまま結婚することもあれば、お相手の一般人女性を隠し抜くこともある。別れた振りをしてこっそり付き合いを続けるというのも見たことがあった。
「どうしてそうしなかったの?」
「だって矛盾するでしょ。俺を選んだ方が幸せになれるよって言ったのに、そんなことしたら幸せだと思ってもらえないじゃん。そういう風に縛り付けたくなかったんだよ」
肩の力がふっと抜ける。
アキくんがそれをしないという安堵からではなく、たとえキャラを作っていても『いい人』であることに変わりはないのだという安心からだった。
「ありがとう。いろいろ……本当にごめんね」
「謝られると振られた側としてはめっちゃみじめなんだけど?」
「ごめん……。……それ言われると、なにも言えなくなっちゃうね」
「いいんだよ、なにも言わなくて。志保ちゃんから欲しい言葉って一個だけだから」
「…………好き、とか?」
「よくわかってるじゃん」
笑われて、海辺でされたように頭を撫でられる。
(アキくんを好きになれたらよかったのに)
そうやって触れられても、神宮寺さんに触れられたときのような感覚は生まれない。
ときめき――とでも言うのが正しいのだろうか。
あの人に触れられると、ひどく熱くなる。
「神宮寺さんと別れたらすぐ連絡してね。待ってるよ」
「……もっといい人がいると思うな」
「少なくとも今は志保ちゃん一筋だから、そこんとこよろしく」
撫でただけで、頬へのキスはされなかった。
さすがにあの写真の後でされたらどうしようかと思ってしまっただけに、ほっとする。
「ひとまずアキくんの担当は外れるから、今まで私に任せていたことはちゃんと自分でやってね」
「げ……。スケジュールのまとめは?」
「そのぐらい自分でどうぞ」
「嘘でしょ、絶対なんか忘れるよ。ちょっぴりだけサポートしてくれたりしない?」
「有沢さんがいいって言ったらね」
「絶対言わないじゃん、あの人!」
関係が変わらなくても敬語は戻さない。
それをアキくんは咎めなかった。
そういう意味での道は重ならなかったけれど、きっとこれからもアキくんとはいい距離感でやっていけると思いたい。
あとは失態を仕事で挽回していくだけだと思ったとき、懐で携帯が震えた。
「ごめん、アキくん。電話みたい」
「あ、神宮寺さん? 代わりに出てあげよっか。別れてくださいって」
冗談めかしたアキくんに別れを告げ、そそくさとその場を離れる。
早歩きで外に向かいながら電話にでた。
「もしもし、相模です」
「俺だ」
誰だ、と突っ込まれかねない答えが返ってくる。
こんな返しをする人は一人しかいない。
「ご無沙汰しております。なんのご用でしょうか?」
「記事を見たんだが」
外へのドアを開けかけた手が止まる。
「あれは君だろ」
完全にこの人のことを忘れていた。
だから、説明もなにもかも吹き飛んでしまう。
「……そうです」
「今夜話そう。いつもの場所で」
どこだと聞こうとして、今日が何曜日かを思い出す。
金曜日――。
休みを控えた週末、私たちがすることは決まっていた。
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