26 / 81
好きはひとつじゃない
4
しおりを挟む
「平気?」
「う、うん」
敬語を使うのも忘れて目を逸らす。
(ちょっとどきっとしちゃった)
過ごしてきた時間は長いけれど、こんな距離まで近付いたことはない。
それこそ、密着するほどの距離なんて。
「ごめんね、ありがとう」
離れようとしたのに、私の腰を抱いた手が許してくれなかった。
「あの、アキくん」
「意識しちゃった?」
絶妙なタイミングで微笑みかけられる。
あざといとまで思っていた笑みに、今は『男』を感じた。
アキくんは私が担当するアイドルで、弟みたいな年下の子だと思っていたのに。
「……意識なんてしません」
今度はきちんと手をほどいて距離を取る。
(予感が当たりませんように)
落ち着いた今ならわかる。
バスが揺れたのは偶然としても、あの距離と空気を作ったのは――わざとだ。
(私が思ってたよりずっと、演技の得意な人なのかもしれない)
もう、無理に距離を詰めようとはされなかった。
それがまたアキくんのやり方に思えて、ひたすら落ち着かない。
バスは終点で停まった。
下りたのは私とアキくんの二人だけ。
そこに広がっているのは、青から橙に染まり始めた海だった。
「ここに来たかったんですか?」
「今だけ敬語やめてくれない?」
私の質問にかぶせるようにして言ってくる。
ここまで引っ張ってきたなにかが、ようやく明かされるのだろう。
「……わかった」
「プライベートってことで、聞くね。……神宮寺さんとどういう関係?」
いきなり突っ込まれて反応に困る。
心の準備はできていたはずなのに、やっぱり動揺してしまった。
「……恋人だよ。仕事でも会う機会のある人だし、アキくんに変な風に思われたくないから黙ってたの」
「変な風にって、なに」
「もし神宮寺さんに撮影されるって決まったとき、実力じゃなくてコネなのかもって思われたら傷付けると思って」
「あはは、そのぐらいじゃ傷付かないよ。そういう業界でしょ。コネも実力のうちだし、それであの人を引っ張ってこれたんならすごいと思う」
ざざ、と波の音がこだまする。
アキくんが砂浜に足を踏み出したのを見て、私も後を追った。
「じゃあ、志保ちゃんは俺のことを考えて黙っててくれたわけだ」
「……うん」
「あのとき、神宮寺さんが言っちゃって焦ってたもんね」
「……うん」
「本当にあの人のことが好きなの?」
質問が飛ぶ。
私は立ち止まってしまったけれど、アキくんは歩き続けていた。
「だってそうでしょ? 恋人なのに神宮寺さんって呼んでるし、二人でいるときもなんか遠慮があるし。あの後も俺、志保ちゃんと神宮寺さんがいるとこ、チェックしてたんだよ」
「そう、なの?」
「距離ありすぎるんだよね、恋人って言うには」
意識していなかったけれど、別に驚くようなことではなかった。
本物の恋人ではないのだから、距離があるのは当然。
驚くのはアキくんがそこまで私たちを観察していたという事実だった。
「どうしてチェックなんて」
「俺にも付け入るチャンスがあるかどうか調べてた」
少し先まで歩いたアキくんが立ち止まる。
そして、振り返った。
「前から狙ってたよ。キャラもキャラだし、のれんに腕押しって言葉の意味を理解しまくる羽目になってたけどね」
「わからないよ」
咄嗟にそう答えていた。
「どうして私なの? アキくんならもっといくらでもいるのに」
仕事ばかりかまけて、結婚の話どころか恋人もいなかった。
そんな私がこんな短期間に二人の男性から求められている。
一人は別の目的を持った、身体だけの関係だけれど。
「アキくんに好きって言われて断る子なんかいないと思う。同じアイドル同士の方が話も合うだろうし、仕事で付き合いのある私よりそっちの方がずっと」
「けど、今まで俺のために一生懸命頑張ってくれてたのって志保ちゃんだけじゃん?」
吹き抜けた潮風が目に染みる。
「それは仕事だからだよ」
「うん、知ってる。だから好きになったんじゃないの」
「意味が……」
「仕事で真面目に頑張ってるのを知っちゃったからさ。正真正銘、俺のためだけに頑張ってくれるとこを見てみたくなったんだよね」
立ち尽くしていたアキくんが一歩だけ近付く。
私の反応を見ながら、もう一歩。
「う、うん」
敬語を使うのも忘れて目を逸らす。
(ちょっとどきっとしちゃった)
過ごしてきた時間は長いけれど、こんな距離まで近付いたことはない。
それこそ、密着するほどの距離なんて。
「ごめんね、ありがとう」
離れようとしたのに、私の腰を抱いた手が許してくれなかった。
「あの、アキくん」
「意識しちゃった?」
絶妙なタイミングで微笑みかけられる。
あざといとまで思っていた笑みに、今は『男』を感じた。
アキくんは私が担当するアイドルで、弟みたいな年下の子だと思っていたのに。
「……意識なんてしません」
今度はきちんと手をほどいて距離を取る。
(予感が当たりませんように)
落ち着いた今ならわかる。
バスが揺れたのは偶然としても、あの距離と空気を作ったのは――わざとだ。
(私が思ってたよりずっと、演技の得意な人なのかもしれない)
もう、無理に距離を詰めようとはされなかった。
それがまたアキくんのやり方に思えて、ひたすら落ち着かない。
バスは終点で停まった。
下りたのは私とアキくんの二人だけ。
そこに広がっているのは、青から橙に染まり始めた海だった。
「ここに来たかったんですか?」
「今だけ敬語やめてくれない?」
私の質問にかぶせるようにして言ってくる。
ここまで引っ張ってきたなにかが、ようやく明かされるのだろう。
「……わかった」
「プライベートってことで、聞くね。……神宮寺さんとどういう関係?」
いきなり突っ込まれて反応に困る。
心の準備はできていたはずなのに、やっぱり動揺してしまった。
「……恋人だよ。仕事でも会う機会のある人だし、アキくんに変な風に思われたくないから黙ってたの」
「変な風にって、なに」
「もし神宮寺さんに撮影されるって決まったとき、実力じゃなくてコネなのかもって思われたら傷付けると思って」
「あはは、そのぐらいじゃ傷付かないよ。そういう業界でしょ。コネも実力のうちだし、それであの人を引っ張ってこれたんならすごいと思う」
ざざ、と波の音がこだまする。
アキくんが砂浜に足を踏み出したのを見て、私も後を追った。
「じゃあ、志保ちゃんは俺のことを考えて黙っててくれたわけだ」
「……うん」
「あのとき、神宮寺さんが言っちゃって焦ってたもんね」
「……うん」
「本当にあの人のことが好きなの?」
質問が飛ぶ。
私は立ち止まってしまったけれど、アキくんは歩き続けていた。
「だってそうでしょ? 恋人なのに神宮寺さんって呼んでるし、二人でいるときもなんか遠慮があるし。あの後も俺、志保ちゃんと神宮寺さんがいるとこ、チェックしてたんだよ」
「そう、なの?」
「距離ありすぎるんだよね、恋人って言うには」
意識していなかったけれど、別に驚くようなことではなかった。
本物の恋人ではないのだから、距離があるのは当然。
驚くのはアキくんがそこまで私たちを観察していたという事実だった。
「どうしてチェックなんて」
「俺にも付け入るチャンスがあるかどうか調べてた」
少し先まで歩いたアキくんが立ち止まる。
そして、振り返った。
「前から狙ってたよ。キャラもキャラだし、のれんに腕押しって言葉の意味を理解しまくる羽目になってたけどね」
「わからないよ」
咄嗟にそう答えていた。
「どうして私なの? アキくんならもっといくらでもいるのに」
仕事ばかりかまけて、結婚の話どころか恋人もいなかった。
そんな私がこんな短期間に二人の男性から求められている。
一人は別の目的を持った、身体だけの関係だけれど。
「アキくんに好きって言われて断る子なんかいないと思う。同じアイドル同士の方が話も合うだろうし、仕事で付き合いのある私よりそっちの方がずっと」
「けど、今まで俺のために一生懸命頑張ってくれてたのって志保ちゃんだけじゃん?」
吹き抜けた潮風が目に染みる。
「それは仕事だからだよ」
「うん、知ってる。だから好きになったんじゃないの」
「意味が……」
「仕事で真面目に頑張ってるのを知っちゃったからさ。正真正銘、俺のためだけに頑張ってくれるとこを見てみたくなったんだよね」
立ち尽くしていたアキくんが一歩だけ近付く。
私の反応を見ながら、もう一歩。
0
お気に入りに追加
1,347
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる