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好きはひとつじゃない
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「平気?」
「う、うん」
敬語を使うのも忘れて目を逸らす。
(ちょっとどきっとしちゃった)
過ごしてきた時間は長いけれど、こんな距離まで近付いたことはない。
それこそ、密着するほどの距離なんて。
「ごめんね、ありがとう」
離れようとしたのに、私の腰を抱いた手が許してくれなかった。
「あの、アキくん」
「意識しちゃった?」
絶妙なタイミングで微笑みかけられる。
あざといとまで思っていた笑みに、今は『男』を感じた。
アキくんは私が担当するアイドルで、弟みたいな年下の子だと思っていたのに。
「……意識なんてしません」
今度はきちんと手をほどいて距離を取る。
(予感が当たりませんように)
落ち着いた今ならわかる。
バスが揺れたのは偶然としても、あの距離と空気を作ったのは――わざとだ。
(私が思ってたよりずっと、演技の得意な人なのかもしれない)
もう、無理に距離を詰めようとはされなかった。
それがまたアキくんのやり方に思えて、ひたすら落ち着かない。
バスは終点で停まった。
下りたのは私とアキくんの二人だけ。
そこに広がっているのは、青から橙に染まり始めた海だった。
「ここに来たかったんですか?」
「今だけ敬語やめてくれない?」
私の質問にかぶせるようにして言ってくる。
ここまで引っ張ってきたなにかが、ようやく明かされるのだろう。
「……わかった」
「プライベートってことで、聞くね。……神宮寺さんとどういう関係?」
いきなり突っ込まれて反応に困る。
心の準備はできていたはずなのに、やっぱり動揺してしまった。
「……恋人だよ。仕事でも会う機会のある人だし、アキくんに変な風に思われたくないから黙ってたの」
「変な風にって、なに」
「もし神宮寺さんに撮影されるって決まったとき、実力じゃなくてコネなのかもって思われたら傷付けると思って」
「あはは、そのぐらいじゃ傷付かないよ。そういう業界でしょ。コネも実力のうちだし、それであの人を引っ張ってこれたんならすごいと思う」
ざざ、と波の音がこだまする。
アキくんが砂浜に足を踏み出したのを見て、私も後を追った。
「じゃあ、志保ちゃんは俺のことを考えて黙っててくれたわけだ」
「……うん」
「あのとき、神宮寺さんが言っちゃって焦ってたもんね」
「……うん」
「本当にあの人のことが好きなの?」
質問が飛ぶ。
私は立ち止まってしまったけれど、アキくんは歩き続けていた。
「だってそうでしょ? 恋人なのに神宮寺さんって呼んでるし、二人でいるときもなんか遠慮があるし。あの後も俺、志保ちゃんと神宮寺さんがいるとこ、チェックしてたんだよ」
「そう、なの?」
「距離ありすぎるんだよね、恋人って言うには」
意識していなかったけれど、別に驚くようなことではなかった。
本物の恋人ではないのだから、距離があるのは当然。
驚くのはアキくんがそこまで私たちを観察していたという事実だった。
「どうしてチェックなんて」
「俺にも付け入るチャンスがあるかどうか調べてた」
少し先まで歩いたアキくんが立ち止まる。
そして、振り返った。
「前から狙ってたよ。キャラもキャラだし、のれんに腕押しって言葉の意味を理解しまくる羽目になってたけどね」
「わからないよ」
咄嗟にそう答えていた。
「どうして私なの? アキくんならもっといくらでもいるのに」
仕事ばかりかまけて、結婚の話どころか恋人もいなかった。
そんな私がこんな短期間に二人の男性から求められている。
一人は別の目的を持った、身体だけの関係だけれど。
「アキくんに好きって言われて断る子なんかいないと思う。同じアイドル同士の方が話も合うだろうし、仕事で付き合いのある私よりそっちの方がずっと」
「けど、今まで俺のために一生懸命頑張ってくれてたのって志保ちゃんだけじゃん?」
吹き抜けた潮風が目に染みる。
「それは仕事だからだよ」
「うん、知ってる。だから好きになったんじゃないの」
「意味が……」
「仕事で真面目に頑張ってるのを知っちゃったからさ。正真正銘、俺のためだけに頑張ってくれるとこを見てみたくなったんだよね」
立ち尽くしていたアキくんが一歩だけ近付く。
私の反応を見ながら、もう一歩。
「う、うん」
敬語を使うのも忘れて目を逸らす。
(ちょっとどきっとしちゃった)
過ごしてきた時間は長いけれど、こんな距離まで近付いたことはない。
それこそ、密着するほどの距離なんて。
「ごめんね、ありがとう」
離れようとしたのに、私の腰を抱いた手が許してくれなかった。
「あの、アキくん」
「意識しちゃった?」
絶妙なタイミングで微笑みかけられる。
あざといとまで思っていた笑みに、今は『男』を感じた。
アキくんは私が担当するアイドルで、弟みたいな年下の子だと思っていたのに。
「……意識なんてしません」
今度はきちんと手をほどいて距離を取る。
(予感が当たりませんように)
落ち着いた今ならわかる。
バスが揺れたのは偶然としても、あの距離と空気を作ったのは――わざとだ。
(私が思ってたよりずっと、演技の得意な人なのかもしれない)
もう、無理に距離を詰めようとはされなかった。
それがまたアキくんのやり方に思えて、ひたすら落ち着かない。
バスは終点で停まった。
下りたのは私とアキくんの二人だけ。
そこに広がっているのは、青から橙に染まり始めた海だった。
「ここに来たかったんですか?」
「今だけ敬語やめてくれない?」
私の質問にかぶせるようにして言ってくる。
ここまで引っ張ってきたなにかが、ようやく明かされるのだろう。
「……わかった」
「プライベートってことで、聞くね。……神宮寺さんとどういう関係?」
いきなり突っ込まれて反応に困る。
心の準備はできていたはずなのに、やっぱり動揺してしまった。
「……恋人だよ。仕事でも会う機会のある人だし、アキくんに変な風に思われたくないから黙ってたの」
「変な風にって、なに」
「もし神宮寺さんに撮影されるって決まったとき、実力じゃなくてコネなのかもって思われたら傷付けると思って」
「あはは、そのぐらいじゃ傷付かないよ。そういう業界でしょ。コネも実力のうちだし、それであの人を引っ張ってこれたんならすごいと思う」
ざざ、と波の音がこだまする。
アキくんが砂浜に足を踏み出したのを見て、私も後を追った。
「じゃあ、志保ちゃんは俺のことを考えて黙っててくれたわけだ」
「……うん」
「あのとき、神宮寺さんが言っちゃって焦ってたもんね」
「……うん」
「本当にあの人のことが好きなの?」
質問が飛ぶ。
私は立ち止まってしまったけれど、アキくんは歩き続けていた。
「だってそうでしょ? 恋人なのに神宮寺さんって呼んでるし、二人でいるときもなんか遠慮があるし。あの後も俺、志保ちゃんと神宮寺さんがいるとこ、チェックしてたんだよ」
「そう、なの?」
「距離ありすぎるんだよね、恋人って言うには」
意識していなかったけれど、別に驚くようなことではなかった。
本物の恋人ではないのだから、距離があるのは当然。
驚くのはアキくんがそこまで私たちを観察していたという事実だった。
「どうしてチェックなんて」
「俺にも付け入るチャンスがあるかどうか調べてた」
少し先まで歩いたアキくんが立ち止まる。
そして、振り返った。
「前から狙ってたよ。キャラもキャラだし、のれんに腕押しって言葉の意味を理解しまくる羽目になってたけどね」
「わからないよ」
咄嗟にそう答えていた。
「どうして私なの? アキくんならもっといくらでもいるのに」
仕事ばかりかまけて、結婚の話どころか恋人もいなかった。
そんな私がこんな短期間に二人の男性から求められている。
一人は別の目的を持った、身体だけの関係だけれど。
「アキくんに好きって言われて断る子なんかいないと思う。同じアイドル同士の方が話も合うだろうし、仕事で付き合いのある私よりそっちの方がずっと」
「けど、今まで俺のために一生懸命頑張ってくれてたのって志保ちゃんだけじゃん?」
吹き抜けた潮風が目に染みる。
「それは仕事だからだよ」
「うん、知ってる。だから好きになったんじゃないの」
「意味が……」
「仕事で真面目に頑張ってるのを知っちゃったからさ。正真正銘、俺のためだけに頑張ってくれるとこを見てみたくなったんだよね」
立ち尽くしていたアキくんが一歩だけ近付く。
私の反応を見ながら、もう一歩。
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