【R18】きみを抱く理由

さくら蒼

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好きはひとつじゃない

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 宿泊先のホテルからバスで二十分。
 アキくんの言う繁華街は、地元の人間より観光客であふれていた。

「なんかおみやげ買ってこ。有沢さんにはなにがいいと思う?」
「ああ見えて甘いもの好きですよ」
「じゃ、チョコかなー」

(別にここで買わなくてもよさそうだけど……)

 そう思いながらアキくんの息抜きに付き合う。
 この判断が正しかったと示すように、本人は心から楽しんだ様子で時間を過ごしていた。
 いかにも観光客に向けた店を回り、ついでに工芸品なども見て回る。
 貝殻でできたアクセサリーに興味を持ったようだったけれど、普段シルバーアクセサリーばかり身に着けているアキくんには合わないような気がした。
 ちょくちょく私に対してちょっかいはかけてきたけれど、そこはいつも通り流していく。

「せっかくデートなのに、ずっと真面目な顔してる」
「デートじゃないですからね」
「だから、俺にとってはデートなんだって」

 大通りを歩くアキくんがちらりと私を振り返った。
 そして、手を差し出してくる。

「手、繋いで」
「嫌です」
「即答?」

 仕事なのだから当たり前だ――と言おうとした瞬間、勝手に手を掴まれる。

「繋いじゃった」
「だめです。離してください」
「やーだ」

 あんまり勢いよく振りほどくのもためらわれて、やんわり逃れようとする。
 けれど、嫌がらせなのかなんなのか、なかなか手を離してくれない。

「困ります。こんなところ、もし誰かに見られでもしたら」
「そんなに俺のこと、嫌い?」

 なにげない問いかけが私の記憶を呼び起こす。
 しばらく声さえ聞いていない神宮寺さんの、少し寂しげなあの声。
 あの人も私に自分のことが嫌いなのかと尋ねてきた。

「……嫌いじゃないです。でも、こういうのは困ります」
「人に見られたくないなら、二人っきりになれるとこでも行く?」
「なにを言って……」
「時間、そんなにないでしょ。わがまま聞いてよ」

 ぐい、と手を引っ張られる。
 焦っているように見えたのは目の錯覚か、それとも。

(いつもと違う気がする)

 今のアキくんを放っておいてはいけないように思えた。
 私の知るぬくもりとは違う手を握り返し、仕方なくわがままを聞くことにする。
 この島に来るのも街へ来るのも初めてだろうに、アキくんはさくさく歩いて行った。
 繁華街を抜け、バスを乗り継いでいく。
 その間、会話はほとんどなかった。
 それがまたアキくんにしては異常で、よほどのなにかを抱えているのではないかと不安にさせる。

(相談したいことがある、とか)

 たぶん違う。
 頭の中で否定できてしまうのは、ある予感を覚えているから。

(……あのとき、アキくんは私にキスをした)

 神宮寺さんを嫌いだと言ったアキくん。
 なぜ私に触れてきたのか、その理由はまだわかっていない。
 あるいは、わかっていてわざと気付かない振りをしているだけなのか。
 他人事のように思うけれど、自分の予感を本当のものにしたくはなかった。
 バスで隣の席に座りながら、こっそり横顔を盗み見てみる。
 アイドルというだけあって非常に整った顔立ちだった。
 いつも笑った顔ばかり見てきたから、今浮かべている真面目な表情に戸惑う。
 明るいお調子者で、結構扱いが面倒。そんなキャラクターだと思っていたのに、その印象が崩れていくような気がした。

(なにを考えているんだろう)

 ホテルに戻ると決めた時間は刻々と迫っている。
 橙色に染まっていく空と、先の読めない状況にまた不安を覚えていると。
 がたん、と大きくバスが揺れた。

「――っ!」

 バランスを崩しかけたとき、横からアキくんの腕が伸びてくる。
 支えてくれたと気付いて顔を上げると、思いがけず近い位置に顔があった。
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