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好きはひとつじゃない
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しおりを挟む宿泊先のホテルからバスで二十分。
アキくんの言う繁華街は、地元の人間より観光客であふれていた。
「なんかおみやげ買ってこ。有沢さんにはなにがいいと思う?」
「ああ見えて甘いもの好きですよ」
「じゃ、チョコかなー」
(別にここで買わなくてもよさそうだけど……)
そう思いながらアキくんの息抜きに付き合う。
この判断が正しかったと示すように、本人は心から楽しんだ様子で時間を過ごしていた。
いかにも観光客に向けた店を回り、ついでに工芸品なども見て回る。
貝殻でできたアクセサリーに興味を持ったようだったけれど、普段シルバーアクセサリーばかり身に着けているアキくんには合わないような気がした。
ちょくちょく私に対してちょっかいはかけてきたけれど、そこはいつも通り流していく。
「せっかくデートなのに、ずっと真面目な顔してる」
「デートじゃないですからね」
「だから、俺にとってはデートなんだって」
大通りを歩くアキくんがちらりと私を振り返った。
そして、手を差し出してくる。
「手、繋いで」
「嫌です」
「即答?」
仕事なのだから当たり前だ――と言おうとした瞬間、勝手に手を掴まれる。
「繋いじゃった」
「だめです。離してください」
「やーだ」
あんまり勢いよく振りほどくのもためらわれて、やんわり逃れようとする。
けれど、嫌がらせなのかなんなのか、なかなか手を離してくれない。
「困ります。こんなところ、もし誰かに見られでもしたら」
「そんなに俺のこと、嫌い?」
なにげない問いかけが私の記憶を呼び起こす。
しばらく声さえ聞いていない神宮寺さんの、少し寂しげなあの声。
あの人も私に自分のことが嫌いなのかと尋ねてきた。
「……嫌いじゃないです。でも、こういうのは困ります」
「人に見られたくないなら、二人っきりになれるとこでも行く?」
「なにを言って……」
「時間、そんなにないでしょ。わがまま聞いてよ」
ぐい、と手を引っ張られる。
焦っているように見えたのは目の錯覚か、それとも。
(いつもと違う気がする)
今のアキくんを放っておいてはいけないように思えた。
私の知るぬくもりとは違う手を握り返し、仕方なくわがままを聞くことにする。
この島に来るのも街へ来るのも初めてだろうに、アキくんはさくさく歩いて行った。
繁華街を抜け、バスを乗り継いでいく。
その間、会話はほとんどなかった。
それがまたアキくんにしては異常で、よほどのなにかを抱えているのではないかと不安にさせる。
(相談したいことがある、とか)
たぶん違う。
頭の中で否定できてしまうのは、ある予感を覚えているから。
(……あのとき、アキくんは私にキスをした)
神宮寺さんを嫌いだと言ったアキくん。
なぜ私に触れてきたのか、その理由はまだわかっていない。
あるいは、わかっていてわざと気付かない振りをしているだけなのか。
他人事のように思うけれど、自分の予感を本当のものにしたくはなかった。
バスで隣の席に座りながら、こっそり横顔を盗み見てみる。
アイドルというだけあって非常に整った顔立ちだった。
いつも笑った顔ばかり見てきたから、今浮かべている真面目な表情に戸惑う。
明るいお調子者で、結構扱いが面倒。そんなキャラクターだと思っていたのに、その印象が崩れていくような気がした。
(なにを考えているんだろう)
ホテルに戻ると決めた時間は刻々と迫っている。
橙色に染まっていく空と、先の読めない状況にまた不安を覚えていると。
がたん、と大きくバスが揺れた。
「――っ!」
バランスを崩しかけたとき、横からアキくんの腕が伸びてくる。
支えてくれたと気付いて顔を上げると、思いがけず近い位置に顔があった。
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