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好きはひとつじゃない
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しおりを挟むそれからは二日目、三日目と変わらず好調な日々が続いた。
折り返しも過ぎ、初日ほどの緊張を感じることなく仕事に励む。
都内とは気候も違うということで体調を心配していたけれど、幸い、アキくんはぴんぴんしていた。
「ここでのロケ、風邪引いちゃう子とか多いんだよー。アキくんって結構頑丈なんだね」
「鈍いからかもです。こないだも熱々のお椀をぼーっと持っちゃったりして」
「いや、それ鈍すぎ! 火傷してたらどうするの!」
「うわー、熱いーって思いそうですね」
「いやいやいやいや!」
あはは、と他の出演者たちから笑いが漏れる。
この数日でアキくんはスタッフだけでなく、ロケに携わるすべての人と親しくなっていた。正直に言って感心する。
コミュニケーション能力が高い、というやつなのだろう。あまり遠慮しない性格が年上の出演者たちに気に入られているようだった。
かわいがりたい、面倒を見たい、という気持ちになるのは私もよくわかる。
別に下に見ているわけではないけれど、どうも世話を焼きたくなってしまうというか。
「あーっ、すみません!」
そう思っていると、不意に慌てた声が響き渡った。
笑い声が途切れて、代わりにざわざわと不穏な空気になる。
(どうかしたのかな)
なかなか落ち着かない様子なのを見て、私も騒ぎの方へ向かう。
スタッフたちが機材を囲んで難しい顔をしていた。
「大丈夫ですか……?」
「ああ、相模さん。ちょっと機材にトラブルがありまして。こういうときに限って予備もないし……」
「ということは、撮影は一旦中止でしょうか」
「そうですね……。巻きで進行していた分を使う形になりそうです」
(それはまた……なかなか……)
すぐに他のスタッフたちが状況を伝えに走る。
予備を用意するまで、半日ほど時間が空いてしまうようだった。
「アキくん」
「ん、聞いたよ」
頷いたアキくんが困った顔をする。
「せっかくいい感じだったのに、残念だよねぇ」
「本当に……。間に合えば夜から再開するそうです。それまでは待機とのことなので、今のうちに身体を休めておいてください」
「遊びに行っちゃだめ?」
「……どこにですか?」
「この島の、どこか。バスに乗って行ったら繁華街に出るんでしょ?」
非常事態だというのに、アキくんのマイペースは健在だった。
慣れない仕事だし、ここで身体を休めておいた方がいいのは間違いない。
それに、下手なトラブルを呼び込まれても困る。
「遊びは許可できません。なにが起こるかわからないですし」
「別に悪いことするつもりじゃないってば。部屋にこもってるだけじゃつまんないでしょ? だからどっか行きたいだけ。散歩だよ、散歩」
「だめです」
「じゃあ、志保ちゃんがついてきてよ。それならいいでしょ」
ね? と笑いかけられて考える。
(一人で行かせるよりは、まだ同行した方がマシ。……大人しくしてくれているのが一番ありがたいんだけど)
「……どうしても出かけたいんですか」
「うん」
(何時間も部屋に閉じ込めてモチベーションを下げるよりは、少しぐらい気分転換を許した方がいいのかもしれない)
そう判断し、渋々頷く。
「わかりました。その代わり夕方までには戻ります」
「それ、全然時間ないじゃん」
「あくまで息抜き程度にしてもらわないと。もし夜から再開したらどうするんですか? くたくたに疲れた状態で仕事に臨むなんて、私が許しません」
「あはは、厳しいね。わかったよ、志保ちゃんの言う通りにする」
わがままはほどほどに、と思っていたのに結局聞いてしまった。
けれど、たぶんこれで正解だったのだろうと思いたい。
「デートだね、志保ちゃん」
「違います」
「デートだよ。俺がそう思ってるから」
るんるん気分というのは今のアキくんのことを言うのだろう。
上機嫌にスキップする姿は、浮かれているというのがふさわしかった。
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