【R18】きみを抱く理由

さくら蒼

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なにも見えない振りをする

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 行為を終えると、言葉少なにシャワーを浴びた。
 ようやく落ち着いてベッドに潜り込む。
 自分の気持ちの行き場に困り、背を向けた。

「……おやすみなさい」

 背後にそう告げ、とても眠れそうにないけれど目を閉じる。
 答えの代わりに衣擦れが聞こえた。

「…………ひとつ確認しておきたいんだが」
「…………」
「……そんなに嫌いか?」

 どくん、と大きく心臓が跳ねる。
 そうだともそうではないとも返せない。
 寝た振りをして唇を引き結ぶ。

「……まあ、わからなくはない」

 諦めたような嘆息。
 気まずいけれど、これで今夜は乗り越えられるだろうと思ったときだった。

(……っ!)

 後ろから抱き締められて息を呑む。
 狸寝入りを気付かれたかもしれない。

「あともう少しだけ我慢してくれ」

 耳元で聞こえた声はあまりにも寂しい響きをはらんでいた。
 嫌いな男といる時間を我慢してくれ、と言っているのだろう。
 いくらコンクールのためだからとはいえ、こんな気まずさを伴うなら、今からでも他の女性を選んだ方が賢いだろうに。

(……我慢、する)

 寝た振りを続けてぎゅっと目を閉じる。
 ほろ、と涙がこぼれたのはなぜだろう。

(我慢しないといけないから)

 私が泣いていることに気付くはずもないのに、抱き締めてくる腕に力が込められた。
 触れている場所があたたかい。
 いつの間にかこの人のぬくもりが、私にとって安心できる場所になっていた。

(早く終わって……)

 きっと私は呪われてしまったのだ。
 三ヶ月どころか、最初の一日目で。
 そうでなければ、こうまで心が縛られているはずがない。

(――嫌いだから、早く終わってほしいと思うんだよ)

 自分に繰り返し繰り返し言い聞かせ、勝手にあふれる涙をシーツに染み込ませた。


 あの夜の気まずさを引きずり、結局、以前のようなやり取りができなくなった。
 喧嘩したわけでもないのに仲直り、というのもおかしなように感じられて、どう神宮寺さんと向き合えばいいかわからなくなる。
 その結果、今まで私の方からほとんど連絡していなかったこともあり、自然とメールも電話も減っていった。

(これでよかったのかもしれないけどね)

 今日から私はアキくんとロケに向かう。
 十日の間、どんなに会いたいと思っても顔を合わせられなくなるのだ。
 メールも電話もできる環境ではあるけれど、やはり私からすることはないだろう。
 この十日が終われば、最後の一ヶ月が始まる。
 そして、その一ヶ月が過ぎれば――。

「準備できたよ、志保ちゃん」

 はっと振り返ると、荷物を持ったアキくんが笑っていた。

「忘れ物はないですか? 離島ですし、足りないものがすぐに手に入る場所じゃないと思うんです」
「必要って言ったら志保ちゃんがなんとかしてくれるでしょ」
「あんまり私に甘えないでくださいね。保護者みたいって……言われたんですよ」

 自分で自分の発言にどきりとしてしまった。
 それを言ったのはただ一人だけ。神宮寺さんの少し怒ったようなあの指摘。

「え、もしかして志保ちゃんも俺のこと、子供みたいって思ってた?」
「どちらかと言うと、弟の方が近いかもしれませんね」
「やだな、二歳しか違わないじゃん」
「二歳年下なら、充分弟に見てしまうと思いますよ」

 今まで通りでいいと思っていたのに、神宮寺さんの指摘が気になってしまう。
 いつもなら荷物を持って車に運ぶくらいはしていたけれど、今日は自分でやってもらうことにした。

「荷物は後ろの座席に入れてください。もう一度聞いておきますが、忘れ物はありませんね?」
「大丈夫大丈夫。十日も旅行なんて楽しみだよ」
「旅行じゃなくて仕事です」

 あんまり浮かれないで、と釘を刺してから私も車に乗り込む。
 走り出した車は空港へと向かって行った。
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