22 / 81
なにも見えない振りをする
6
しおりを挟む行為を終えると、言葉少なにシャワーを浴びた。
ようやく落ち着いてベッドに潜り込む。
自分の気持ちの行き場に困り、背を向けた。
「……おやすみなさい」
背後にそう告げ、とても眠れそうにないけれど目を閉じる。
答えの代わりに衣擦れが聞こえた。
「…………ひとつ確認しておきたいんだが」
「…………」
「……そんなに嫌いか?」
どくん、と大きく心臓が跳ねる。
そうだともそうではないとも返せない。
寝た振りをして唇を引き結ぶ。
「……まあ、わからなくはない」
諦めたような嘆息。
気まずいけれど、これで今夜は乗り越えられるだろうと思ったときだった。
(……っ!)
後ろから抱き締められて息を呑む。
狸寝入りを気付かれたかもしれない。
「あともう少しだけ我慢してくれ」
耳元で聞こえた声はあまりにも寂しい響きをはらんでいた。
嫌いな男といる時間を我慢してくれ、と言っているのだろう。
いくらコンクールのためだからとはいえ、こんな気まずさを伴うなら、今からでも他の女性を選んだ方が賢いだろうに。
(……我慢、する)
寝た振りを続けてぎゅっと目を閉じる。
ほろ、と涙がこぼれたのはなぜだろう。
(我慢しないといけないから)
私が泣いていることに気付くはずもないのに、抱き締めてくる腕に力が込められた。
触れている場所があたたかい。
いつの間にかこの人のぬくもりが、私にとって安心できる場所になっていた。
(早く終わって……)
きっと私は呪われてしまったのだ。
三ヶ月どころか、最初の一日目で。
そうでなければ、こうまで心が縛られているはずがない。
(――嫌いだから、早く終わってほしいと思うんだよ)
自分に繰り返し繰り返し言い聞かせ、勝手にあふれる涙をシーツに染み込ませた。
あの夜の気まずさを引きずり、結局、以前のようなやり取りができなくなった。
喧嘩したわけでもないのに仲直り、というのもおかしなように感じられて、どう神宮寺さんと向き合えばいいかわからなくなる。
その結果、今まで私の方からほとんど連絡していなかったこともあり、自然とメールも電話も減っていった。
(これでよかったのかもしれないけどね)
今日から私はアキくんとロケに向かう。
十日の間、どんなに会いたいと思っても顔を合わせられなくなるのだ。
メールも電話もできる環境ではあるけれど、やはり私からすることはないだろう。
この十日が終われば、最後の一ヶ月が始まる。
そして、その一ヶ月が過ぎれば――。
「準備できたよ、志保ちゃん」
はっと振り返ると、荷物を持ったアキくんが笑っていた。
「忘れ物はないですか? 離島ですし、足りないものがすぐに手に入る場所じゃないと思うんです」
「必要って言ったら志保ちゃんがなんとかしてくれるでしょ」
「あんまり私に甘えないでくださいね。保護者みたいって……言われたんですよ」
自分で自分の発言にどきりとしてしまった。
それを言ったのはただ一人だけ。神宮寺さんの少し怒ったようなあの指摘。
「え、もしかして志保ちゃんも俺のこと、子供みたいって思ってた?」
「どちらかと言うと、弟の方が近いかもしれませんね」
「やだな、二歳しか違わないじゃん」
「二歳年下なら、充分弟に見てしまうと思いますよ」
今まで通りでいいと思っていたのに、神宮寺さんの指摘が気になってしまう。
いつもなら荷物を持って車に運ぶくらいはしていたけれど、今日は自分でやってもらうことにした。
「荷物は後ろの座席に入れてください。もう一度聞いておきますが、忘れ物はありませんね?」
「大丈夫大丈夫。十日も旅行なんて楽しみだよ」
「旅行じゃなくて仕事です」
あんまり浮かれないで、と釘を刺してから私も車に乗り込む。
走り出した車は空港へと向かって行った。
0
お気に入りに追加
1,347
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

決して飼いならされたりしませんが~年下御曹司の恋人(仮)になります~
北館由麻
恋愛
アラサーOLの笑佳は敬愛する上司のもとで着々とキャリアを積んでいた。
ある日、本社からやって来たイケメン年下御曹司、響也が支社長代理となり、彼の仕事をサポートすることになったが、ひょんなことから笑佳は彼に弱みを握られ、頼みをきくと約束してしまう。
それは彼の恋人(仮)になること――!?
クズ男との恋愛に懲りた過去から、もう恋をしないと決めていた笑佳に年下御曹司の恋人(仮)は務まるのか……。
そして契約彼女を夜な夜な甘やかす年下御曹司の思惑とは……!?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる