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なにも見えない振りをする
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しおりを挟む行為を終えると、言葉少なにシャワーを浴びた。
ようやく落ち着いてベッドに潜り込む。
自分の気持ちの行き場に困り、背を向けた。
「……おやすみなさい」
背後にそう告げ、とても眠れそうにないけれど目を閉じる。
答えの代わりに衣擦れが聞こえた。
「…………ひとつ確認しておきたいんだが」
「…………」
「……そんなに嫌いか?」
どくん、と大きく心臓が跳ねる。
そうだともそうではないとも返せない。
寝た振りをして唇を引き結ぶ。
「……まあ、わからなくはない」
諦めたような嘆息。
気まずいけれど、これで今夜は乗り越えられるだろうと思ったときだった。
(……っ!)
後ろから抱き締められて息を呑む。
狸寝入りを気付かれたかもしれない。
「あともう少しだけ我慢してくれ」
耳元で聞こえた声はあまりにも寂しい響きをはらんでいた。
嫌いな男といる時間を我慢してくれ、と言っているのだろう。
いくらコンクールのためだからとはいえ、こんな気まずさを伴うなら、今からでも他の女性を選んだ方が賢いだろうに。
(……我慢、する)
寝た振りを続けてぎゅっと目を閉じる。
ほろ、と涙がこぼれたのはなぜだろう。
(我慢しないといけないから)
私が泣いていることに気付くはずもないのに、抱き締めてくる腕に力が込められた。
触れている場所があたたかい。
いつの間にかこの人のぬくもりが、私にとって安心できる場所になっていた。
(早く終わって……)
きっと私は呪われてしまったのだ。
三ヶ月どころか、最初の一日目で。
そうでなければ、こうまで心が縛られているはずがない。
(――嫌いだから、早く終わってほしいと思うんだよ)
自分に繰り返し繰り返し言い聞かせ、勝手にあふれる涙をシーツに染み込ませた。
あの夜の気まずさを引きずり、結局、以前のようなやり取りができなくなった。
喧嘩したわけでもないのに仲直り、というのもおかしなように感じられて、どう神宮寺さんと向き合えばいいかわからなくなる。
その結果、今まで私の方からほとんど連絡していなかったこともあり、自然とメールも電話も減っていった。
(これでよかったのかもしれないけどね)
今日から私はアキくんとロケに向かう。
十日の間、どんなに会いたいと思っても顔を合わせられなくなるのだ。
メールも電話もできる環境ではあるけれど、やはり私からすることはないだろう。
この十日が終われば、最後の一ヶ月が始まる。
そして、その一ヶ月が過ぎれば――。
「準備できたよ、志保ちゃん」
はっと振り返ると、荷物を持ったアキくんが笑っていた。
「忘れ物はないですか? 離島ですし、足りないものがすぐに手に入る場所じゃないと思うんです」
「必要って言ったら志保ちゃんがなんとかしてくれるでしょ」
「あんまり私に甘えないでくださいね。保護者みたいって……言われたんですよ」
自分で自分の発言にどきりとしてしまった。
それを言ったのはただ一人だけ。神宮寺さんの少し怒ったようなあの指摘。
「え、もしかして志保ちゃんも俺のこと、子供みたいって思ってた?」
「どちらかと言うと、弟の方が近いかもしれませんね」
「やだな、二歳しか違わないじゃん」
「二歳年下なら、充分弟に見てしまうと思いますよ」
今まで通りでいいと思っていたのに、神宮寺さんの指摘が気になってしまう。
いつもなら荷物を持って車に運ぶくらいはしていたけれど、今日は自分でやってもらうことにした。
「荷物は後ろの座席に入れてください。もう一度聞いておきますが、忘れ物はありませんね?」
「大丈夫大丈夫。十日も旅行なんて楽しみだよ」
「旅行じゃなくて仕事です」
あんまり浮かれないで、と釘を刺してから私も車に乗り込む。
走り出した車は空港へと向かって行った。
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