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なにも見えない振りをする
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しおりを挟む「――あの、もしもし」
駅に向かいながら、初めて自分から神宮寺さんに連絡を入れる。
仕事が終わったら電話しろ、とメールが入っていた。
「今、どこにいる?」
すぐに声が聞こえた。
鼓膜をくすぐるような低い声に、知らず、胸がざわつく。
「駅に向かっているところです。……お時間大丈夫ですか? 急ぎの話ではないので、また明日でも構わないんですが」
「そっちに行く」
「えっ」
聞き返そうとしたときにはもう、電話が切れている。
(……あの人、割と人の話を聞かないよね)
呆れと一緒に、仕方がない人だと口元が緩む。
つーつー、と悲しい音を立てる携帯を切り、少し足を速めた。
駅に着くと、既に神宮寺さんが待っていた。
「神宮寺さんも帰るところだったんですか?」
「いや? 時間を潰していただけだ」
「ん? なにかあったり……?」
「そういう古典的な質問はいい。……君を待っていたに決まっているだろう」
「……え」
どき、と鼓動が大きな音を立てる。
(一緒に帰りたいから待ってた……とか。だから私の連絡を待って……?)
期待してしまったけれど、速攻でその考えを振り払った。
「……週末だからですね」
「うん? まあ、そうだな」
「……遅くなるかもしれなかったのに、わざわざ待っていたなんて」
「会いたかったから」
(……心臓に悪い)
この人にとって大した発言ではないのだろうけれど、私には充分刺激の強い言葉である。
「で、君の話はなんだ」
「……あ、それなんですが」
有沢さんからの話を伝え、十日間は会えないことを言う。
「……その間、あの男と一緒か」
「アキくんですか? そうですね、いろいろと面倒を見てあげないと」
「まるで保護者だな」
ややトゲのある言い方にむっとする。
「保護者じゃなくてマネージャーです」
「そんなに過保護なマネージャーがいるか」
「ここにいます」
「君がそこまでする必要はない」
「どうしてあなたに決められなきゃいけな――」
言い返そうとしたのに、顎をすくいとられ、キスされる。
「話がそれだけならもういい。十日会えないんだろ。時間がもったいない」
「……っ、あ」
逃がさないとでも言うように手首を掴まれ、引っ張られてしまう。
(……自分のことばっかり)
文句を言いたいけれど、飲み込んでしまった。
求めているのは私も同じだったから。
ホテルに連れ込まれて、ベッドになだれ込む。
すぐに荒っぽく唇を塞がれると、そのまま組み敷かれた。
「んっ……待っ……服……皺になる、から……」
「待てない」
「あ……っ……」
自分で服を脱ぐ猶予さえ与えてもらえない。
急いた手つきでシャツのボタンをはずされ、下着も奪われた。
「っ……」
素肌に唇が触れる。
ちゅ、と聞こえた音に自分でぞくりとしてしまった。
「……っ、ちょ、だめです……っ」
ちりりと走った痛みに驚き、神宮寺さんの肩を掴む。
自分からはよく見えないけれど、きっと胸元に痕が残っているだろう。
「誰かに見られたら……」
「普通に恋人がいるんだと言えばいい。なんの問題がある?」
「説明しなきゃいけないのは私なんですよ」
「悪くないな。俺も君の口から聞きたい」
「……なにをですか?」
「誰が恋人なのかを」
言ってみろ、と唇を指でなぞられる。
望みを叶える代わりに、その指を軽く噛んだ。
「こら」
「いつも言いなりにできると思ったら大間違いです」
「なるくせに」
「……今日はなりません」
「無理だな」
私も無理だと思う、とは言わない。
だっていつも主導権を奪われて好き勝手されるだけなんて、悔しすぎる。
「……ん、ぅ」
痕を付けて満足した唇が徐々に下へ降りる。
ぬる、と這った舌が鎖骨から胸のふくらみへ向かった。
下着を奪われたせいでさらされたそこに、ゆっくりと。焦らすように。
「っ……ん」
一番感じてしまう場所には触れてこない。
頂にそって伝い、ぎりぎりかすめる程度に済ませては離れていく。
直接触れられたわけでもないのに、もうしっかり身体は反応を示していた。
むしろ、早く触れろと言わんばかりに胸の先が存在を主張している。
「……どうしてほしい?」
吐息が、声が、刺激を求めるそこをくすぐっていく。
「し……知りません……」
「じゃあ、俺も知らない」
思い通りにさせたくないと思うのは、精一杯の抵抗だった。
契約の関係なら、この時間は遊びに過ぎない。
お互いの身体に宿る熱を発散させるだけのスポーツと言ってもいい。
(好きなんかじゃ、ない)
本気にはならないし、なるつもりもない。
触れられて嬉しいのは、心ではなく身体が求めているから。
自分に言い聞かせて、あくまでも対等な立場であることを知らしめるように唇を噛む。
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