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なにも見えない振りをする
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しおりを挟む次の週末がやってきた。
また今夜も彼から連絡が来るのだろうと思っていたけれど、それより先に有沢さんから呼び出しを受ける。
「なんのご用でしょう」
事務所の簡素な会議室に入ると、有沢さんはテーブルの上に紙を広げていた。
どうやら、なにかの企画書らしい。
「そこ、座ってくれる? アキによさそうな話が来てるのよ」
「アキくんに?」
聞きながら目の前の椅子に腰を下ろした。
差し出された一枚の紙を流し見て、目を丸くする。
「これ……今度、ゴールデンに移るあの番組ですよね」
「そうよ。うちにオファーが来たの。若手の子を一人、できれば男の子がいいって。だからアキにどうかと思ったんだけど」
「受けます」
「……早すぎるわ」
ふふふ、と上品に笑われて、なんだかとても懐かしい気持ちになる。
私がアキくんを担当するようになるまで、いつもこうして有沢さんと話をしていた。
もちろん仕事の話ばかりだけど、ときどきおいしいスイーツの話なんかも聞かせてくれたものだ。
「でも、相模さんってそういう人よね。決めるのが早いっていうか」
「そうでしょうか」
「フットワークも軽いし。マネージャー向きだと思うわ」
「ありがとうございます」
「……本当はもっと早く担当を持たせてあげたかったんだけど」
(あ……)
有沢さんがなにを匂わせているかはすぐにわかった。
以前、俳優に身体の関係を迫られて逃げ出したあのときのこと。問題をでっちあげられて潰されそうになった私を、有沢さんは庇ってくれた。
「アキの調子もいいし、相模さんのサポートもぴったりはまってる。きっとあの子、もっともっと売れるようになるわよ」
「……はい!」
育ててくれたこの人にそう言われるのは嬉しかった。
大きな企画を他の誰でもなく、アキくんに――私に持ってきてくれたのも嬉しい。
今日までの頑張りを認めてくれているのがはっきりわかるから。
「スケジュールもちょうどこの期間なら空いています」
「十日も離島でロケなんて初めての経験だと思うけど、アキの方は平気そう?」
「言って聞かせます」
「ふふ、私の教えがしっかり身についてるようで嬉しいわ」
(散々『言って聞かされ』ましたから……)
有沢さんは有能な分、とても厳しい人だった。
できるできないではなくやるのだ、と面と向かって言い、それを実行させる力を持った憧れの上司。
そこまで強気なのに『静香』なんて名前はおかしいじゃないか、と愚痴った同期を完膚なきまでに叩きのめしたという噂もある。
「これに出れば、アキくんの知名度はもっと上がります。先日始めたSNSでの評判も上々で」
「いい傾向ね。本人の言動にはちょっと引っかかる部分も多いけど」
「…………ああ、まあ」
「暴走させすぎないように気を付けて。悪い子じゃないんだけどね」
「私もそう思っています。……だから難しくて」
「なにかあったらいつでも相談に乗るわよ。またあそこのお店、一緒に行く?」
「ぜひ、ご一緒させてください」
よく二人で行っていた、カクテルのおいしいバー。
有沢さんのもとを離れることになってからは足も遠のいていたけれど、近況報告も兼ねてしばらく振りに行くのもいいだろう。
「とりあえず、向こうにはアキのことを伝えておくわ。もう少し決めるのに時間がかかると思っていたけど、あっさりしたものね」
「その分、早く準備に取り掛かれます。もうアキくんに伝えても大丈夫ですか? それとも、改めて話をまとめてからの方が?」
「いえ、伝えて構わないわ」
「わかりました。では、すぐに進めますね」
頭の中では既にロケに向けた多くのことが飛び交っていた。
まとめた企画書を受け取り、辞去しかけたそのときになって、ようやくもうひとつ思い出すべきだったことを思い出す。
(十日、離島でロケをしなきゃいけない。……神宮寺さんにも伝えなきゃ)
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