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なにも見えない振りをする
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「ああ、いいな」
そんな声が聞こえて、勝手に身体が熱くなった。
神宮寺さんはあまり自分の思ったことを隠さない。それが偉そうで無遠慮に映るのだけれど、いいと思ったこともすぐに言う点は評価できる。
今のは私もよく聞いた。
彼女と違いベッドの上で、だけど。
「もう少し……ああ、そうそう」
私を組み敷いて、一番深いところまで身体を繋げて、彼はいつも場違いなシャッター音を響かせる。
見られたくないその瞬間を残すために、何度も――。
(……仕事中でしょ)
余計なことを思い出す自分に嫌気が差した。
たった一言で情事の熱を呼び起こされてしまうほど、あの腕に囚われていたなんて。
軽く頭を振り払い、改めて撮影風景を見つめる。
(……ああ。でも、違う)
かつて憧れていた横顔は、私の記憶に刻まれたものと異なっていた。
既に覚えてしまったのは、ベッドでの表情。
(同じように見えてたけど、こんなに違うんだ)
あの熱っぽい眼差しも余裕のない表情も今はない。
ただ、もっと真剣で、もっと必死そうに見えた。
一瞬を映し出すために、すべての神経を集中させているのだろう。
以前はそんな姿に胸が騒いだけれど、今はつきんと痛みが走っただけだった。
(……仕事に向ける想いの半分でも、向けてくれたらいいのに)
三ヶ月、恋人を演じるためにあの人は私を抱き締める。
優しく気遣ってくれることの方が多いけれど――あれは、違う。
(コンクールのための演技なんだよね、たぶん。『自然な恋人』を撮影するためだけに、よくあそこまで……。ある意味ものすごく真剣に本気で取り掛かっているんだろうけど、ちょっと残酷だと思う)
誤解されたくない、勘違いされたくない、と彼は言っていた。
だったらもっと遊びだとわかるように人を扱うべきである。
(……最初からわかってたでしょ)
ずきずき、と小さな痛みが広がっていく。
好きになるはずなんてない。
私がされたのは、ただ優しく扱われた、それだけのこと。
(早く三ヶ月が終わればいい)
自分の心を守るように、身体を抱き締める。
「……終わらせなきゃ」
ぽつりと漏らし、唇を噛んだ。
今まで以上に本心を見せないようにしなければならない。
さらした分、あの人は必ず映し出してしまう。
お互いにとって望んでいない感情が見えたとき、どんな顔をすればいいというのか。
ぱち、と軽く自分の頬を叩く。
(仕事に戻るの)
公私混同は嫌だとアキくんに示したのだから、私だってうだうだ考えるわけにはいかない。
こんな風に思ってしまう日が来たことを残念に思う。
仕事に生きる女なのだと思っていたのに、ほんの一ヶ月と少しであっさり恋愛脳――と言っていいのかは考えないことにしよう――になっている。
この三ヶ月が終わった後、また以前の自分に戻らなければならないことを忘れるべきではなかった。
「……アキくん、ちょっといいかな?」
苦いものを感じながら、予定よりも早めにアキくんと最終確認をする。
――ときどき神宮寺さんを目で追ってしまったのは、きっと気のせいだろう。
そんな声が聞こえて、勝手に身体が熱くなった。
神宮寺さんはあまり自分の思ったことを隠さない。それが偉そうで無遠慮に映るのだけれど、いいと思ったこともすぐに言う点は評価できる。
今のは私もよく聞いた。
彼女と違いベッドの上で、だけど。
「もう少し……ああ、そうそう」
私を組み敷いて、一番深いところまで身体を繋げて、彼はいつも場違いなシャッター音を響かせる。
見られたくないその瞬間を残すために、何度も――。
(……仕事中でしょ)
余計なことを思い出す自分に嫌気が差した。
たった一言で情事の熱を呼び起こされてしまうほど、あの腕に囚われていたなんて。
軽く頭を振り払い、改めて撮影風景を見つめる。
(……ああ。でも、違う)
かつて憧れていた横顔は、私の記憶に刻まれたものと異なっていた。
既に覚えてしまったのは、ベッドでの表情。
(同じように見えてたけど、こんなに違うんだ)
あの熱っぽい眼差しも余裕のない表情も今はない。
ただ、もっと真剣で、もっと必死そうに見えた。
一瞬を映し出すために、すべての神経を集中させているのだろう。
以前はそんな姿に胸が騒いだけれど、今はつきんと痛みが走っただけだった。
(……仕事に向ける想いの半分でも、向けてくれたらいいのに)
三ヶ月、恋人を演じるためにあの人は私を抱き締める。
優しく気遣ってくれることの方が多いけれど――あれは、違う。
(コンクールのための演技なんだよね、たぶん。『自然な恋人』を撮影するためだけに、よくあそこまで……。ある意味ものすごく真剣に本気で取り掛かっているんだろうけど、ちょっと残酷だと思う)
誤解されたくない、勘違いされたくない、と彼は言っていた。
だったらもっと遊びだとわかるように人を扱うべきである。
(……最初からわかってたでしょ)
ずきずき、と小さな痛みが広がっていく。
好きになるはずなんてない。
私がされたのは、ただ優しく扱われた、それだけのこと。
(早く三ヶ月が終わればいい)
自分の心を守るように、身体を抱き締める。
「……終わらせなきゃ」
ぽつりと漏らし、唇を噛んだ。
今まで以上に本心を見せないようにしなければならない。
さらした分、あの人は必ず映し出してしまう。
お互いにとって望んでいない感情が見えたとき、どんな顔をすればいいというのか。
ぱち、と軽く自分の頬を叩く。
(仕事に戻るの)
公私混同は嫌だとアキくんに示したのだから、私だってうだうだ考えるわけにはいかない。
こんな風に思ってしまう日が来たことを残念に思う。
仕事に生きる女なのだと思っていたのに、ほんの一ヶ月と少しであっさり恋愛脳――と言っていいのかは考えないことにしよう――になっている。
この三ヶ月が終わった後、また以前の自分に戻らなければならないことを忘れるべきではなかった。
「……アキくん、ちょっといいかな?」
苦いものを感じながら、予定よりも早めにアキくんと最終確認をする。
――ときどき神宮寺さんを目で追ってしまったのは、きっと気のせいだろう。
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