【R18】きみを抱く理由

さくら蒼

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なにも見えない振りをする

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***

「はい、オッケー!」

 アキくんの出番が終わったことを告げる声に、ほっと息を吐く。
 今日はとある番組の収録だった。
 マネージャーの私がスタジオで見守る必要はないけれど、張本人のアキくんから頼まれたのだからどうしようもない。

「志保ちゃーん、終わったよー」
「相模です」

 機材だらけの道を縫ってアキくんが駆け寄ってくる。

「危ないから走らないでください」
「あ、心配してくれてるんだ?」
「なにかあったら困ります。大事な身体なんですよ」
「商品だもんね、俺」
「……そういう言い方は嫌です」
「あは、優しい」

 アキくんが私の顔を覗き込んで、にっ、と嬉しそうに笑う。
 見上げると目が合った。
 さすがアイドルなだけあって、年下でも私よりずっと背が高い。

「このまま顔近付けたらキスできそう」
「そういうのはいつか恋愛ドラマに出たらやってくださいね」
「志保ちゃんにしたいなー」
「私は女優ではないので」
「それなら俺だって俳優じゃないよ」
「なら、なおさらだめです」

 ぴしゃりと言って時計を確認する。

「仲いいですよね、アキくんとマネージャーさん」

 照明担当のスタッフが笑いかけてくる。
 アキくんが前のめり気味に答えようとしたのを、袖を引っ張って止めた。

「よすぎて、少し手に負えないぐらいなんです」
「ただならぬ仲です、とか言っちゃえば?」
「アキくん、冗談にならないから。それ」
「そうですよ、アキくん。アイドルの恋愛ネタなんてご法度です。今まで何人も週刊誌にすっぱ抜かれてきたんですから、冗談ひとつ言うのにも気を遣わないと」
「えー、なんか息苦しいね。もっとちゃらちゃらーって感じじゃだめなのかな? 俺は軽い方が楽しくて好きなんだけど。それにほら、ああいうのって――」
「次、握手会が控えてます」

 まだまだ話し続けそうなアキくんを連れて、次の仕事へ向かう。
 スタジオを出ると、アキくんはぴったり私の横についてあれこれ話し始めた。

「で、この間のことなんだけど」
「……どのことですか」
「またまた、そんなわからない振りしちゃって」

(間違いなく神宮寺さんのことだとは思うけど)

「……プライベートに関することなら、今は仕事中なのでお話したくありません」
「気になって仕事にならないかも……」
「その手には乗りません」

(そこまで突っ込んでくる必要ある?)

 いい意味でも悪い意味でも遠慮がなくて、少し苛立ちを感じてしまう。
 オンとオフを切り替えたいから、余計に。

(枕営業で仕事を取ってきたのか、なんて傷付きはしなさそうだけど、興味津々に聞いてくるこっちの方が面倒かも)

 アキくんが気にするのでは、とちょっとでも心配した自分に後悔する。

「いつからああいう関係?」
「…………」
「俺に教えてくれればよかったのに」
「…………」
「告白してきたのは神宮寺さんから?」
「アキくん」

 立ち止まって、面白がるその顔を見つめる。

「さっきも言った通り、プライベートの話はしたくありません。向こうにも迷惑のかかることなので、これ以上は本当にやめてください」

 アキくんもまた、私を見下ろした。
 笑っているけれど、目は私を捉えて離さない。

「庇うんだ」
「……次の仕事に遅れます」

 もう踏み込んでくるなと明確に示して、また歩き出そうとした。
 けれど、後ろから腕を掴まれる。

「アキくん!」
「俺は嫌いだよ、神宮寺さん」
「……っ!」

 一瞬で抱き寄せられ、こめかみに口付けられる。
 驚きすぎて完全に硬直してしまった。
 その間にアキくんはぱっと私の手を離す。

「志保ちゃんのことは好きだけどね」

 それじゃあ行こうか、と先行する背中を見つめる。
 今のはキスだった。唇に触れたわけではないけれど、間違いなく。

(でも、どうして)

 いくら過ごす時間の長い関係でも、プライベートまで明かさなくてはいけないなんてルールはない。
 それとも、そう思っているのは私だけだったのだろうか。
 困ったことに今までこうして担当した経験があるのはアキくんだけ。他の事務所所属のタレントたちが担当とどの程度の距離感でいるのかわからない。

(有沢さんに聞いておいた方がいいのかな)

 私を指導してくれた人ぐらいしか聞ける相手がいない。
 ただ、「人による」という一言で終わるのは予想できた。

(……仕事にこういうことを持ち込まないでよ)

 心の中で文句を言ったのは、アキくんと、それからもう一人。
 これからのことを思うと、非常に胃が痛かった。


 しばらく顔を見たくないな、とすら思ったのに、次の現場に向かうとすべての元凶がいた。

「表情が暗い」
「んー、じゃあこういう感じにしてみますー?」

 神宮寺さんが撮影しているのは、うちとは違う事務所の子だった。SNSを始めとして、ニュースでも取り上げられるほど人気のタレント、美亜(みあ)である。
 かわいいのはもちろん、受けた指示へのレスポンスが早い。

(自由にやるアキくんとは違うタイプだなぁ)

 真面目な子なのだろう。律儀にどんな細かい指示も受け止め、きっちり行動で返している。
 撮影されている間ですら華を感じるのだから、神宮寺さんの技術が加われば素晴らしい写真になるのだろう。
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