17 / 81
なにも見えない振りをする
1
しおりを挟む
***
「はい、オッケー!」
アキくんの出番が終わったことを告げる声に、ほっと息を吐く。
今日はとある番組の収録だった。
マネージャーの私がスタジオで見守る必要はないけれど、張本人のアキくんから頼まれたのだからどうしようもない。
「志保ちゃーん、終わったよー」
「相模です」
機材だらけの道を縫ってアキくんが駆け寄ってくる。
「危ないから走らないでください」
「あ、心配してくれてるんだ?」
「なにかあったら困ります。大事な身体なんですよ」
「商品だもんね、俺」
「……そういう言い方は嫌です」
「あは、優しい」
アキくんが私の顔を覗き込んで、にっ、と嬉しそうに笑う。
見上げると目が合った。
さすがアイドルなだけあって、年下でも私よりずっと背が高い。
「このまま顔近付けたらキスできそう」
「そういうのはいつか恋愛ドラマに出たらやってくださいね」
「志保ちゃんにしたいなー」
「私は女優ではないので」
「それなら俺だって俳優じゃないよ」
「なら、なおさらだめです」
ぴしゃりと言って時計を確認する。
「仲いいですよね、アキくんとマネージャーさん」
照明担当のスタッフが笑いかけてくる。
アキくんが前のめり気味に答えようとしたのを、袖を引っ張って止めた。
「よすぎて、少し手に負えないぐらいなんです」
「ただならぬ仲です、とか言っちゃえば?」
「アキくん、冗談にならないから。それ」
「そうですよ、アキくん。アイドルの恋愛ネタなんてご法度です。今まで何人も週刊誌にすっぱ抜かれてきたんですから、冗談ひとつ言うのにも気を遣わないと」
「えー、なんか息苦しいね。もっとちゃらちゃらーって感じじゃだめなのかな? 俺は軽い方が楽しくて好きなんだけど。それにほら、ああいうのって――」
「次、握手会が控えてます」
まだまだ話し続けそうなアキくんを連れて、次の仕事へ向かう。
スタジオを出ると、アキくんはぴったり私の横についてあれこれ話し始めた。
「で、この間のことなんだけど」
「……どのことですか」
「またまた、そんなわからない振りしちゃって」
(間違いなく神宮寺さんのことだとは思うけど)
「……プライベートに関することなら、今は仕事中なのでお話したくありません」
「気になって仕事にならないかも……」
「その手には乗りません」
(そこまで突っ込んでくる必要ある?)
いい意味でも悪い意味でも遠慮がなくて、少し苛立ちを感じてしまう。
オンとオフを切り替えたいから、余計に。
(枕営業で仕事を取ってきたのか、なんて傷付きはしなさそうだけど、興味津々に聞いてくるこっちの方が面倒かも)
アキくんが気にするのでは、とちょっとでも心配した自分に後悔する。
「いつからああいう関係?」
「…………」
「俺に教えてくれればよかったのに」
「…………」
「告白してきたのは神宮寺さんから?」
「アキくん」
立ち止まって、面白がるその顔を見つめる。
「さっきも言った通り、プライベートの話はしたくありません。向こうにも迷惑のかかることなので、これ以上は本当にやめてください」
アキくんもまた、私を見下ろした。
笑っているけれど、目は私を捉えて離さない。
「庇うんだ」
「……次の仕事に遅れます」
もう踏み込んでくるなと明確に示して、また歩き出そうとした。
けれど、後ろから腕を掴まれる。
「アキくん!」
「俺は嫌いだよ、神宮寺さん」
「……っ!」
一瞬で抱き寄せられ、こめかみに口付けられる。
驚きすぎて完全に硬直してしまった。
その間にアキくんはぱっと私の手を離す。
「志保ちゃんのことは好きだけどね」
それじゃあ行こうか、と先行する背中を見つめる。
今のはキスだった。唇に触れたわけではないけれど、間違いなく。
(でも、どうして)
いくら過ごす時間の長い関係でも、プライベートまで明かさなくてはいけないなんてルールはない。
それとも、そう思っているのは私だけだったのだろうか。
困ったことに今までこうして担当した経験があるのはアキくんだけ。他の事務所所属のタレントたちが担当とどの程度の距離感でいるのかわからない。
(有沢さんに聞いておいた方がいいのかな)
私を指導してくれた人ぐらいしか聞ける相手がいない。
ただ、「人による」という一言で終わるのは予想できた。
(……仕事にこういうことを持ち込まないでよ)
心の中で文句を言ったのは、アキくんと、それからもう一人。
これからのことを思うと、非常に胃が痛かった。
しばらく顔を見たくないな、とすら思ったのに、次の現場に向かうとすべての元凶がいた。
「表情が暗い」
「んー、じゃあこういう感じにしてみますー?」
神宮寺さんが撮影しているのは、うちとは違う事務所の子だった。SNSを始めとして、ニュースでも取り上げられるほど人気のタレント、美亜(みあ)である。
かわいいのはもちろん、受けた指示へのレスポンスが早い。
(自由にやるアキくんとは違うタイプだなぁ)
真面目な子なのだろう。律儀にどんな細かい指示も受け止め、きっちり行動で返している。
撮影されている間ですら華を感じるのだから、神宮寺さんの技術が加われば素晴らしい写真になるのだろう。
「はい、オッケー!」
アキくんの出番が終わったことを告げる声に、ほっと息を吐く。
今日はとある番組の収録だった。
マネージャーの私がスタジオで見守る必要はないけれど、張本人のアキくんから頼まれたのだからどうしようもない。
「志保ちゃーん、終わったよー」
「相模です」
機材だらけの道を縫ってアキくんが駆け寄ってくる。
「危ないから走らないでください」
「あ、心配してくれてるんだ?」
「なにかあったら困ります。大事な身体なんですよ」
「商品だもんね、俺」
「……そういう言い方は嫌です」
「あは、優しい」
アキくんが私の顔を覗き込んで、にっ、と嬉しそうに笑う。
見上げると目が合った。
さすがアイドルなだけあって、年下でも私よりずっと背が高い。
「このまま顔近付けたらキスできそう」
「そういうのはいつか恋愛ドラマに出たらやってくださいね」
「志保ちゃんにしたいなー」
「私は女優ではないので」
「それなら俺だって俳優じゃないよ」
「なら、なおさらだめです」
ぴしゃりと言って時計を確認する。
「仲いいですよね、アキくんとマネージャーさん」
照明担当のスタッフが笑いかけてくる。
アキくんが前のめり気味に答えようとしたのを、袖を引っ張って止めた。
「よすぎて、少し手に負えないぐらいなんです」
「ただならぬ仲です、とか言っちゃえば?」
「アキくん、冗談にならないから。それ」
「そうですよ、アキくん。アイドルの恋愛ネタなんてご法度です。今まで何人も週刊誌にすっぱ抜かれてきたんですから、冗談ひとつ言うのにも気を遣わないと」
「えー、なんか息苦しいね。もっとちゃらちゃらーって感じじゃだめなのかな? 俺は軽い方が楽しくて好きなんだけど。それにほら、ああいうのって――」
「次、握手会が控えてます」
まだまだ話し続けそうなアキくんを連れて、次の仕事へ向かう。
スタジオを出ると、アキくんはぴったり私の横についてあれこれ話し始めた。
「で、この間のことなんだけど」
「……どのことですか」
「またまた、そんなわからない振りしちゃって」
(間違いなく神宮寺さんのことだとは思うけど)
「……プライベートに関することなら、今は仕事中なのでお話したくありません」
「気になって仕事にならないかも……」
「その手には乗りません」
(そこまで突っ込んでくる必要ある?)
いい意味でも悪い意味でも遠慮がなくて、少し苛立ちを感じてしまう。
オンとオフを切り替えたいから、余計に。
(枕営業で仕事を取ってきたのか、なんて傷付きはしなさそうだけど、興味津々に聞いてくるこっちの方が面倒かも)
アキくんが気にするのでは、とちょっとでも心配した自分に後悔する。
「いつからああいう関係?」
「…………」
「俺に教えてくれればよかったのに」
「…………」
「告白してきたのは神宮寺さんから?」
「アキくん」
立ち止まって、面白がるその顔を見つめる。
「さっきも言った通り、プライベートの話はしたくありません。向こうにも迷惑のかかることなので、これ以上は本当にやめてください」
アキくんもまた、私を見下ろした。
笑っているけれど、目は私を捉えて離さない。
「庇うんだ」
「……次の仕事に遅れます」
もう踏み込んでくるなと明確に示して、また歩き出そうとした。
けれど、後ろから腕を掴まれる。
「アキくん!」
「俺は嫌いだよ、神宮寺さん」
「……っ!」
一瞬で抱き寄せられ、こめかみに口付けられる。
驚きすぎて完全に硬直してしまった。
その間にアキくんはぱっと私の手を離す。
「志保ちゃんのことは好きだけどね」
それじゃあ行こうか、と先行する背中を見つめる。
今のはキスだった。唇に触れたわけではないけれど、間違いなく。
(でも、どうして)
いくら過ごす時間の長い関係でも、プライベートまで明かさなくてはいけないなんてルールはない。
それとも、そう思っているのは私だけだったのだろうか。
困ったことに今までこうして担当した経験があるのはアキくんだけ。他の事務所所属のタレントたちが担当とどの程度の距離感でいるのかわからない。
(有沢さんに聞いておいた方がいいのかな)
私を指導してくれた人ぐらいしか聞ける相手がいない。
ただ、「人による」という一言で終わるのは予想できた。
(……仕事にこういうことを持ち込まないでよ)
心の中で文句を言ったのは、アキくんと、それからもう一人。
これからのことを思うと、非常に胃が痛かった。
しばらく顔を見たくないな、とすら思ったのに、次の現場に向かうとすべての元凶がいた。
「表情が暗い」
「んー、じゃあこういう感じにしてみますー?」
神宮寺さんが撮影しているのは、うちとは違う事務所の子だった。SNSを始めとして、ニュースでも取り上げられるほど人気のタレント、美亜(みあ)である。
かわいいのはもちろん、受けた指示へのレスポンスが早い。
(自由にやるアキくんとは違うタイプだなぁ)
真面目な子なのだろう。律儀にどんな細かい指示も受け止め、きっちり行動で返している。
撮影されている間ですら華を感じるのだから、神宮寺さんの技術が加われば素晴らしい写真になるのだろう。
0
お気に入りに追加
1,347
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

決して飼いならされたりしませんが~年下御曹司の恋人(仮)になります~
北館由麻
恋愛
アラサーOLの笑佳は敬愛する上司のもとで着々とキャリアを積んでいた。
ある日、本社からやって来たイケメン年下御曹司、響也が支社長代理となり、彼の仕事をサポートすることになったが、ひょんなことから笑佳は彼に弱みを握られ、頼みをきくと約束してしまう。
それは彼の恋人(仮)になること――!?
クズ男との恋愛に懲りた過去から、もう恋をしないと決めていた笑佳に年下御曹司の恋人(仮)は務まるのか……。
そして契約彼女を夜な夜な甘やかす年下御曹司の思惑とは……!?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる