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余計なことしか言わない人たち
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「は?」
「嫌な人だと思われたくないってことですもんね?」
「前々から思っていたんだが、君は隙あらば俺を『かわいい』と思いたがるな」
「そうでしょうか」
「先週も言われた」
相変わらず細かい。
なにを言っただろうかと思い出していると、近付いてきた神宮寺さんに手を引っ張られた。
「後で謝っても聞いてやらないからな」
「……抵抗します」
「君が抵抗したところで、たかが知れてる」
手のぬくもりに胸が高鳴ったなんて知られたくない。
おかしな関係ではあったけれど、それなりにいい関係を築けているからだろうか。
触れられると、少しどきどきする。
「……明日、普通に平日ですよ」
「それがどうした」
「朝帰りはちょっと」
「なんの問題があるのか、俺が納得するように説明できるなら家まで送ってやる」
「……なにを言っても納得してくれないくせに」
「わかっているなら諦めろ」
どうして、と喉まで出かかった。
本当の恋人らしく過ごす必要がそこまであるとは思えない。
けれど、この人は私を求めたがる。
(……わからないこと、意外と多いのかも)
身体を重ねても、お互いについて語るわけではない。
やり取りが増えたからといって、距離が縮まっているわけでは決してないのだ。
(聞いたら答えてくれたりするのかな)
そんな風に思ってしまって、口を開く。
「あの、神宮寺さん――」
「あれえ?」
緩い声が聞こえ、誰のものか理解する前に手を離す。
振り返るとアキくんがいた。
「二人ともこんなとこでなにしてんの?」
(よりによって……)
口が軽いとは言わないけれど、アキくんのことだから誰にどう話すか予測ができない。
そもそもこの関係を知られたくなかった。
「えーっと」
言いかけた私を遮ったのは神宮寺さんだった。
「言わなきゃわからないのか?」
(えっ)
妙にトゲを感じてどきりとする。
「なんとなーく想像はつくけど、やっぱり直接聞きたいじゃん? 俺の予想が合ってないかもしれないわけだし」
「恋人関係にあると言ったら?」
「神宮寺さん!」
私が言わずにおいたものを、あまりにもあっさり言ってしまう。
神宮寺さんは私をちらとも見ずに、アキくんだけを見つめていた。
「ふーん。……そうなの? 志保ちゃん」
「ええと、これにはいろいろと事情があっ――」
説明しようとしたのに、引き寄せられる。
あ、と声を上げる間もなく、その場でキスをされた。
(……え、なんで?)
ものすごく間の抜けたことを考えてしまった。
だって、他になにを考えればいいかわからない。
慌てられるようなかわいげがあったらよかったけれど、逆に頭が冷えてしまっていた。
「見せた方が早いだろう?」
神宮寺さんの言葉はアキくんに放たれた。
なんだか非常に険悪な空気が漂っている。
「うわ、見せつけられちゃった」
「あ……あのね、アキくん」
「有沢さんには内緒にしといてあげるー」
直属の上司の名を出すと、アキくんはいたずらっぽい笑みを残して立ち去ってしまった。
後には、私と神宮寺さんが残される。
「どうしてキスなんて……」
「黙っておく必要があるのか?」
この人にはそもそも悪びれるという単語が辞書にないのかもしれない。
そう、思った。
「それを言うなら、言う必要だってないはずです。ややこしくなるだけじゃないですか」
「変に誤魔化す方がややこしくなる」
「それは……。……でも、仕事をする相手とこんな関係になっているなんて、それこそおかしな噂を立てられても――」
「君は嫌だったのか?」
まっすぐ突き付けられた質問に、背筋が冷えたような気がした。
責めているわけでは、決してない。
神宮寺さんは純粋に私がどう思っているかを疑問に思っている。
「……嫌、というのとは違うと思います。でも、アキくんには知られたくありませんでした」
だって、先日神宮寺さんの話をしてしまった。
この後にアキくんの撮影をすることになるとしても、『実力を見て引き受けたのではなく、恋人のおねだりを聞いて引き受けた仕事』と思うかもしれない。
軽い性格とノリをしていても、アキくんはきちんと仕事と向き合う人だ。
裏工作のようなものがあったかもしれないと思わせれば、間違いなく傷付けてしまう。
たとえ、関わるすべての人にそんな考えがなかったとしても。
「君にとって、あいつは特別なのか」
「はい」
私がようやく任された大切な人。
彼を大きく羽ばたかせるのが、今の私の大切な目的だった。
「…………そうか」
ぱっと手が離れる。
そのことに違和感を覚えた。
「君がそう言うなら」
突き放すような一言。
別に私を傷付けるための言葉ではないのに、ひどく、胸が締め付けれられた。
先を歩き始めた神宮寺さんが、寂しげに見えたからかもしれない。
「あの」
「家まで送る」
「えっ」
「そうされたがっていたのは君の方だ」
確かにそれはそうだけれども。
(……なんなの、この感じ)
もやもやして、さっきまで繋いでいた手が寒々しい。
自分の気持ちも神宮寺さんの気持ちもわからなくて、ただひたすらに気まずかった。
「嫌な人だと思われたくないってことですもんね?」
「前々から思っていたんだが、君は隙あらば俺を『かわいい』と思いたがるな」
「そうでしょうか」
「先週も言われた」
相変わらず細かい。
なにを言っただろうかと思い出していると、近付いてきた神宮寺さんに手を引っ張られた。
「後で謝っても聞いてやらないからな」
「……抵抗します」
「君が抵抗したところで、たかが知れてる」
手のぬくもりに胸が高鳴ったなんて知られたくない。
おかしな関係ではあったけれど、それなりにいい関係を築けているからだろうか。
触れられると、少しどきどきする。
「……明日、普通に平日ですよ」
「それがどうした」
「朝帰りはちょっと」
「なんの問題があるのか、俺が納得するように説明できるなら家まで送ってやる」
「……なにを言っても納得してくれないくせに」
「わかっているなら諦めろ」
どうして、と喉まで出かかった。
本当の恋人らしく過ごす必要がそこまであるとは思えない。
けれど、この人は私を求めたがる。
(……わからないこと、意外と多いのかも)
身体を重ねても、お互いについて語るわけではない。
やり取りが増えたからといって、距離が縮まっているわけでは決してないのだ。
(聞いたら答えてくれたりするのかな)
そんな風に思ってしまって、口を開く。
「あの、神宮寺さん――」
「あれえ?」
緩い声が聞こえ、誰のものか理解する前に手を離す。
振り返るとアキくんがいた。
「二人ともこんなとこでなにしてんの?」
(よりによって……)
口が軽いとは言わないけれど、アキくんのことだから誰にどう話すか予測ができない。
そもそもこの関係を知られたくなかった。
「えーっと」
言いかけた私を遮ったのは神宮寺さんだった。
「言わなきゃわからないのか?」
(えっ)
妙にトゲを感じてどきりとする。
「なんとなーく想像はつくけど、やっぱり直接聞きたいじゃん? 俺の予想が合ってないかもしれないわけだし」
「恋人関係にあると言ったら?」
「神宮寺さん!」
私が言わずにおいたものを、あまりにもあっさり言ってしまう。
神宮寺さんは私をちらとも見ずに、アキくんだけを見つめていた。
「ふーん。……そうなの? 志保ちゃん」
「ええと、これにはいろいろと事情があっ――」
説明しようとしたのに、引き寄せられる。
あ、と声を上げる間もなく、その場でキスをされた。
(……え、なんで?)
ものすごく間の抜けたことを考えてしまった。
だって、他になにを考えればいいかわからない。
慌てられるようなかわいげがあったらよかったけれど、逆に頭が冷えてしまっていた。
「見せた方が早いだろう?」
神宮寺さんの言葉はアキくんに放たれた。
なんだか非常に険悪な空気が漂っている。
「うわ、見せつけられちゃった」
「あ……あのね、アキくん」
「有沢さんには内緒にしといてあげるー」
直属の上司の名を出すと、アキくんはいたずらっぽい笑みを残して立ち去ってしまった。
後には、私と神宮寺さんが残される。
「どうしてキスなんて……」
「黙っておく必要があるのか?」
この人にはそもそも悪びれるという単語が辞書にないのかもしれない。
そう、思った。
「それを言うなら、言う必要だってないはずです。ややこしくなるだけじゃないですか」
「変に誤魔化す方がややこしくなる」
「それは……。……でも、仕事をする相手とこんな関係になっているなんて、それこそおかしな噂を立てられても――」
「君は嫌だったのか?」
まっすぐ突き付けられた質問に、背筋が冷えたような気がした。
責めているわけでは、決してない。
神宮寺さんは純粋に私がどう思っているかを疑問に思っている。
「……嫌、というのとは違うと思います。でも、アキくんには知られたくありませんでした」
だって、先日神宮寺さんの話をしてしまった。
この後にアキくんの撮影をすることになるとしても、『実力を見て引き受けたのではなく、恋人のおねだりを聞いて引き受けた仕事』と思うかもしれない。
軽い性格とノリをしていても、アキくんはきちんと仕事と向き合う人だ。
裏工作のようなものがあったかもしれないと思わせれば、間違いなく傷付けてしまう。
たとえ、関わるすべての人にそんな考えがなかったとしても。
「君にとって、あいつは特別なのか」
「はい」
私がようやく任された大切な人。
彼を大きく羽ばたかせるのが、今の私の大切な目的だった。
「…………そうか」
ぱっと手が離れる。
そのことに違和感を覚えた。
「君がそう言うなら」
突き放すような一言。
別に私を傷付けるための言葉ではないのに、ひどく、胸が締め付けれられた。
先を歩き始めた神宮寺さんが、寂しげに見えたからかもしれない。
「あの」
「家まで送る」
「えっ」
「そうされたがっていたのは君の方だ」
確かにそれはそうだけれども。
(……なんなの、この感じ)
もやもやして、さっきまで繋いでいた手が寒々しい。
自分の気持ちも神宮寺さんの気持ちもわからなくて、ただひたすらに気まずかった。
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