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余計なことしか言わない人たち
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しおりを挟むその夜、私は駅前で神宮寺さんと待ち合わせていた。
(そろそろ言ってた時間だけど)
時計を確認するのとほぼ同時に足音が聞こえる。
そちらを見ると、ちょうど思い描いていた人が近付いてくるところだった。
「待たせたか?」
「いえ、大丈夫です」
「君はいつもまともに質問を返さないな。大丈夫かどうかじゃなく、待たせたかどうかを聞いたつもりだったんだが」
「……ちょっとだけ待ちました」
「それなら、悪かった」
最初に過ごした夜と同じく、神宮寺さんは悪かったと言う割に悪びれた様子を見せない。
細かいことをいちいち指摘してくるのは今に限った話ではなく、面倒な性格だという噂に真実味を与えていた。
「今日もお忙しかったんですか?」
「それなりに」
駅前で待ち合わせたけれど、電車には乗らない。
二人で夜道を歩きながら、ぽつぽつと他愛ない話をする。
「うちの事務所でのお仕事はいつまででしたっけ」
「今週で終わりだな」
「じゃあ、来週からはお会いする日も少なくなるんでしょうか」
「いや? 会いに来るが」
「……わざわざ?」
「いけないか?」
そこまでするか、という思いがないとは言わない。
確かに恋人同士ではあるけれど、私たちは偽物の、三ヶ月だけの関係なのである。
必要なことがあればメールで連絡を取り合えばいいし、別にこうして過ごす時間を作る必要はない。
「だって、一緒に過ごすのは週末だけですよね」
少し声を抑えて尋ねる。
てっきり毎日のように過ごすかと思っていたけれど、あんなことになるのは週末だけだった。
「なんだ、もっと俺に会いたいのか」
「……そういうわけではありませんが」
「別に、撮られ足りないならそう言ってくれればいい。君なら特別料金で引き受ける」
「お金で解決するなら、私も楽なんですが」
「へえ、他になにを支払うつもりだったんだ?」
「……白々しいです」
「なんのことを言っているのかわからないな」
鼻で笑われ、軽く唇を噛む。
撮影してほしいなんて言えば、当然のように身体を要求してくるだろう。
ドライに見えて意外と容赦なく要求してくる人だと、この一ヶ月で嫌になるくらい思い知っていた。
(今まで何枚、撮られたんだろう)
ぼんやりと考えたのは、毎回カメラを持ち出されることについて。
服を着ていようとそうでなかろうと、神宮寺さんは自分の撮りたいときに私を撮った。
恋人を引き受けた以上抗うこともできず、渋々撮られるのを受け入れていたのだけれど。
困ったことにこの人は私を抱きながら撮影するのが好きらしい。
「……写真、三ヶ月後には全部ちゃんと捨ててくださいね」
「それは俺が決めることであって、君が決めることじゃないな」
「なにかあったら絶対訴えますから」
「はいはい」
流されてむっとする。
でも、神宮寺さんが他の人にこういう態度を見せたところは、この一ヶ月間一度も見たことがなかった。
恋人になってほしいと頼まれるだけあって、多少は心を許されているらしい。
その事実に嬉しさを感じる自分がいる。
それがまた、なんとも言えず悔しい気がした。
「コンクールにちょうどよさそうな写真は撮れているんですか?」
「どう思う?」
「聞いているのは私です」
「偉そうだな」
「神宮寺さんほどじゃありません」
「俺のどこが偉そうなんだ」
「……全部?」
「は?」
本気で不思議がっているのを見て、つい笑ってしまった。
いつもとは違う響きを持って、鼻を鳴らされる。
「君には気を遣って接しているつもりなんだが」
不満げな様子が少し子供っぽい。
「最初からずっとそう言ってますよね。やっぱり三ヶ月だけでも恋人だからですか?」
聞いたのに返事がない。
かと思ったら、不意に立ち止まった。
「今夜は泊まるか」
「……えっ」
「君に誤解されたまま帰るのは不愉快だ」
(……変なの)
神宮寺さんにはこういうところがある。
私からの印象を気にしているとでも言えばいいのだろうか。
誰だって人からいい印象を持たれたいと思うものだろうけれど、恋人になれと言ったその夜に身体の関係を結ぶような人に、これ以上どんな感情を抱けばいいのかわからない。
強いて言うなら、恋愛感情を抱くかどうかだろう。
ただ、少なくとも私からこの人にその想いを向けることはない。
(本当はどういう人なのか知っちゃったし)
仕事に真面目でストイックな人。あまり人と関わらず、仕事以外でのやり取りは謎に包まれたミステリアスな人。
そんなイメージは関係を持ってからすっかり変わってしまった。
気遣っている素振りを見せながらも遠慮がなくて、自分のしたいことは絶対に押し通す。
嫌がることはしたくないと言うくせに、人のあられもない写真を撮りたがって文句を言う。
あれこれと難癖をつけることもあれば、子供のようにごねることもある。
一言で言えば、かなりめんどくさい。
仕事に真面目でストイック、という部分は変わらないようだけれど。
「意外と気にするんですね。かわいいです」
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