【R18】きみを抱く理由

さくら蒼

文字の大きさ
上 下
14 / 81
余計なことしか言わない人たち

しおりを挟む

 その夜、私は駅前で神宮寺さんと待ち合わせていた。

(そろそろ言ってた時間だけど)

 時計を確認するのとほぼ同時に足音が聞こえる。
 そちらを見ると、ちょうど思い描いていた人が近付いてくるところだった。

「待たせたか?」
「いえ、大丈夫です」
「君はいつもまともに質問を返さないな。大丈夫かどうかじゃなく、待たせたかどうかを聞いたつもりだったんだが」
「……ちょっとだけ待ちました」
「それなら、悪かった」

 最初に過ごした夜と同じく、神宮寺さんは悪かったと言う割に悪びれた様子を見せない。
 細かいことをいちいち指摘してくるのは今に限った話ではなく、面倒な性格だという噂に真実味を与えていた。

「今日もお忙しかったんですか?」
「それなりに」

 駅前で待ち合わせたけれど、電車には乗らない。
 二人で夜道を歩きながら、ぽつぽつと他愛ない話をする。

「うちの事務所でのお仕事はいつまででしたっけ」
「今週で終わりだな」
「じゃあ、来週からはお会いする日も少なくなるんでしょうか」
「いや? 会いに来るが」
「……わざわざ?」
「いけないか?」

 そこまでするか、という思いがないとは言わない。
 確かに恋人同士ではあるけれど、私たちは偽物の、三ヶ月だけの関係なのである。
 必要なことがあればメールで連絡を取り合えばいいし、別にこうして過ごす時間を作る必要はない。

「だって、一緒に過ごすのは週末だけですよね」

 少し声を抑えて尋ねる。
 てっきり毎日のように過ごすかと思っていたけれど、あんなことになるのは週末だけだった。

「なんだ、もっと俺に会いたいのか」
「……そういうわけではありませんが」
「別に、撮られ足りないならそう言ってくれればいい。君なら特別料金で引き受ける」
「お金で解決するなら、私も楽なんですが」
「へえ、他になにを支払うつもりだったんだ?」
「……白々しいです」
「なんのことを言っているのかわからないな」

 鼻で笑われ、軽く唇を噛む。
 撮影してほしいなんて言えば、当然のように身体を要求してくるだろう。
 ドライに見えて意外と容赦なく要求してくる人だと、この一ヶ月で嫌になるくらい思い知っていた。

(今まで何枚、撮られたんだろう)

 ぼんやりと考えたのは、毎回カメラを持ち出されることについて。
 服を着ていようとそうでなかろうと、神宮寺さんは自分の撮りたいときに私を撮った。
 恋人を引き受けた以上抗うこともできず、渋々撮られるのを受け入れていたのだけれど。
 困ったことにこの人は私を抱きながら撮影するのが好きらしい。

「……写真、三ヶ月後には全部ちゃんと捨ててくださいね」
「それは俺が決めることであって、君が決めることじゃないな」
「なにかあったら絶対訴えますから」
「はいはい」

 流されてむっとする。
 でも、神宮寺さんが他の人にこういう態度を見せたところは、この一ヶ月間一度も見たことがなかった。
 恋人になってほしいと頼まれるだけあって、多少は心を許されているらしい。
 その事実に嬉しさを感じる自分がいる。
 それがまた、なんとも言えず悔しい気がした。

「コンクールにちょうどよさそうな写真は撮れているんですか?」
「どう思う?」
「聞いているのは私です」
「偉そうだな」
「神宮寺さんほどじゃありません」
「俺のどこが偉そうなんだ」
「……全部?」
「は?」

 本気で不思議がっているのを見て、つい笑ってしまった。
 いつもとは違う響きを持って、鼻を鳴らされる。

「君には気を遣って接しているつもりなんだが」

 不満げな様子が少し子供っぽい。

「最初からずっとそう言ってますよね。やっぱり三ヶ月だけでも恋人だからですか?」

 聞いたのに返事がない。
 かと思ったら、不意に立ち止まった。

「今夜は泊まるか」
「……えっ」
「君に誤解されたまま帰るのは不愉快だ」

(……変なの)

 神宮寺さんにはこういうところがある。
 私からの印象を気にしているとでも言えばいいのだろうか。
 誰だって人からいい印象を持たれたいと思うものだろうけれど、恋人になれと言ったその夜に身体の関係を結ぶような人に、これ以上どんな感情を抱けばいいのかわからない。
 強いて言うなら、恋愛感情を抱くかどうかだろう。
 ただ、少なくとも私からこの人にその想いを向けることはない。

(本当はどういう人なのか知っちゃったし)

 仕事に真面目でストイックな人。あまり人と関わらず、仕事以外でのやり取りは謎に包まれたミステリアスな人。
 そんなイメージは関係を持ってからすっかり変わってしまった。
 気遣っている素振りを見せながらも遠慮がなくて、自分のしたいことは絶対に押し通す。
 嫌がることはしたくないと言うくせに、人のあられもない写真を撮りたがって文句を言う。
 あれこれと難癖をつけることもあれば、子供のようにごねることもある。
 一言で言えば、かなりめんどくさい。
 仕事に真面目でストイック、という部分は変わらないようだけれど。

「意外と気にするんですね。かわいいです」
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

決して飼いならされたりしませんが~年下御曹司の恋人(仮)になります~

北館由麻
恋愛
アラサーOLの笑佳は敬愛する上司のもとで着々とキャリアを積んでいた。 ある日、本社からやって来たイケメン年下御曹司、響也が支社長代理となり、彼の仕事をサポートすることになったが、ひょんなことから笑佳は彼に弱みを握られ、頼みをきくと約束してしまう。 それは彼の恋人(仮)になること――!? クズ男との恋愛に懲りた過去から、もう恋をしないと決めていた笑佳に年下御曹司の恋人(仮)は務まるのか……。 そして契約彼女を夜な夜な甘やかす年下御曹司の思惑とは……!?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...