【R18】きみを抱く理由

さくら蒼

文字の大きさ
上 下
7 / 81
『どこまで』するの?

しおりを挟む

 その後はてっきり契約締結でお開きかと思ったのに、神宮寺さんは「恋人らしくするためにお互い慣れておくべきだ」と言い出した。
 その結果、私は夕食をご馳走になったレストランの最上階へ泊まることになっている。
 ホテルだということはわかっていたけれど、まさか自分が宿泊することになるとは思いもしていない。泊まる準備さえなにもなくて、やや困惑した。

「それで……どうするべき、でしょう」

 荷物を胸に抱き込んだまま、ドアの前で立ち尽くす。
 こういったところに慣れているのか、神宮寺さんはさっさと荷物を置いてソファに座っていた。

「少なくとも、そこに立ちっぱなしでいるのはおかしいだろうな」
「……連れてきたのは神宮寺さんです」

 泊まると言われたときはもちろん断った。
 けれど、恋人になると頷いてしまったときと同様、うまく言い負かされてしまって。

「とりあえず、こっちに来い」
「……はい」

 右手と右足が同時に前へ出そうになる。
 どくどくと心臓がうるさく高鳴っていた。
 ひどく緊張して、だけどその気持ちを悟られないよう、少し距離をあけて隣に座る。

「荷物、置かないのか」
「そ……う、です、ね」
「……別に取って食うつもりはないんだが」
「わ、私だっていきなり襲われると思っているわけじゃないです」
「だったらなんでそんなに硬くなってる?」
「自分にもわかりません……」
「やっぱり慣れておかないとだめそうだな」

 ふ、とまた神宮寺さんが笑った。
 意外と笑うじゃないかと今まで噂を立てていた人たちに言いたくなる。

「荷物」
「あ、はい」

 結局抱いたままだった荷物を取り上げられ、横に置かれた。
 急に自分を守るものがなくなったような気がして、肩に力が入ってしまう。

「……俺は君をなんて呼べばいい?」
「……あ」

 そういえば名前すら知らないのでは。
 私は有名人の神宮寺さんを知っているけれど、向こうからすればこっちはただのスタッフの一人でしかない。

「相模志保、と言います」
「知ってる」
「……え」
「…………昼に聞いた」

 昼というのはアキくんが乱入したあのときだろう。
 無礼なスタッフの名前を聞いたと考えれば別におかしな話ではない。
 その事実に私の心臓はますます縮み上がったけれど。

「……志保?」
「ひっ」
「……なんだ、その反応」
「ちょ、ちょっと心の準備ができていなくて」

 名前を呼んだのはとても甘い声だった。
 モデルに指示を出す、あの厳しい声しか知らなかったのに。

「苗字でお願いします……」
「……恋人同士でそれはおかしいだろう」
「あくまで契約の関係ですし……」
「……じゃあ、君も俺を苗字で呼ぶつもりなのか」
「他になんてお呼びすれば?」
「下の名前で。……そもそも知ってるのか?」
「知ってます。有名人ですから」
「光栄だな」

 皮肉めいた口調は、あまり喜んでいるように聞こえない。
 ふ、と鼻を鳴らしたのを見て、この人はどうやらこれが癖らしいと察する。

「……でも私、神宮寺さんは神宮寺さんとしか呼べません」
「そうか」
「だから私のことも相模でお願いします」
「わかった。……じゃあ、相模」
「はい」
「触っても?」
「えっ」

 どういう意味だと問う前に、もう大きな手が近付いてくる。

(せめて返事を待たない?)

 私が混乱していることなんて知りもせず、神宮寺さんは遠慮なく触れてきた。
 と言っても、顔の真横の髪を軽くつままれただけだったけれど。

「あ、あの」
「これは地毛か?」
「は、はい。昔からちょっと茶色くて。高校でも染めてるんじゃないかって呼び出されたことがあるんです」
「確かにこの色なら言われるだろうな」

(……あ。また笑った)

 至近距離で見てしまった笑顔は優しかった。
 さっき距離をあけて座ったはずなのに、いつこんなにも近付いてしまっていたのだろう。

「ああ、それからもうひとつ聞き忘れていた」
「……なんですか?」
「今現在、恋人はいるのか? あるいは……そうなりたいと思っている相手は?」

 聞くのが遅すぎやしないだろうか。
 というより、私が承諾した時点で今の質問にはいと答えるのはおかしすぎる。

「いません。そういう相手も……その、恥ずかしい話ですが、まったく」
「結婚の予定もないわけだ」
「……二十八の女に言っていいことじゃないと思いますよ」
「もったいない」

 さらりと指が滑って髪の毛先に絡まる。
 そこに、神宮寺さんが口付けた。

「君の周りには見る目のない男しかいないんだな」
「えっ、あ、いえ」

(なに、今の? なんで?)

 逃げ出さずにいるのが精いっぱいだなんて、この人にはわからないに違いない。

(そういうことを平然と言うから、今までいろんな人に勘違いされたんじゃないの?)

 結局、軽く身を引いて逃れようとした。
 だってどう考えてもおかしい。

「本物の恋人を必要としていないなら、そういうことは言うべきじゃないと思います」
「君も期待するのか?」

 ぎょっとして目が合ってしまった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

処理中です...