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契約は少し強引に
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一秒、二秒、三秒、と無駄な時間が流れていく。
私が言われた意味を理解したのは、たぶん五秒後。
「『なに』になれと言ったんでしょう。すみません、最近耳が遠いみたいで」
「恋人、だ。二回も言わせるな」
「言わせたのはそっちです。どう考えたって正気じゃないか、なにかの聞き間違いだと思うじゃないですか」
「なるほど、君は俺の正気を疑ったんだな」
「そうです。……あ」
「……正直なのは別に構わないが」
苦い顔をしたのを見て、こっちの方が複雑な気持ちだと訴えたくなる。
恋人はいないし、結婚の予定もない。だからといって、こんな形で男女の話が出なくてもいいだろう。
「変な誤解をしないでもらいたい。君にとっても悪い話じゃないだろう。さっきのアレがあった以上、嘘だと知られれば困る。あの後に別れてフリーになった、なんて言えば、また声をかけられかねないしな」
「だからって……」
(言っている意味は理解できる。またあんな風になるのは嫌、だけど)
「神宮寺さんのメリットはなんでしょう?」
どう考えてもそこが問題だった。
私のメリットは神宮寺さんの言う通り。恋人がいる、しかも神宮寺さんともなればさすがの高橋も手出しをしづらい。
なにか裏があるのでは? と考えて、神宮寺さんの言葉をもう一度振り返った。
「……三ヶ月の間、って言いましたっけ」
「ああ。その期日が俺のメリットだ」
話を促すために口をつぐむ。
「三ヶ月後、とある写真コンクールがある。テーマは『恋人』なんだが、俺には相手がいない。そのモデルを探していた……とまで言えばもうわかるだろう?」
「……私をモデルに? 現場には慣れていますが、撮られるのは素人ですよ」
「だからいい。恋人同士の間に、こなれた空気は必要ないだろう」
「それはそうかもしれませんが……」
「それに、俺は本物の恋人を望んでいない。あくまでモデルでいてもらわなきゃならないが、勘違いする女の方が多いからな」
(まあ、そうでしょうね)
高橋との一件がない状態でこんな提案をされれば、私だって勘違いしたに違いない。
仕事をするその姿に淡い思いを抱いていたなんて、気付かれないようにしなければ。
「理由もメリットもわかりました。でも、本当に私でいいんですか」
「ああ」
思ったよりも早く答えが返ってきた。
やや食い気味だったのが意外で、他になにを質問しようとしていたのか忘れてしまう。
私がそんな状態だとも知らず、神宮寺さんは嘘のない笑みを口元に浮かべた。
「君がいい」
こんな風に笑うのか――と思ったときにはもう遅かった。
「わかりました。お引き受けします」
滑るように提案を飲み込んで、高鳴る胸を押さえている。
(君がいいなんて言われて、断れる?)
都合がよかったという意味でもなんでもいい。
その言葉が私の背中を押してしまったのは間違いない。
「じゃあ、今日から三ヶ月、俺と君は恋人だ」
――こうして、私たちの三ヶ月間の契約が始まったのだった。
私が言われた意味を理解したのは、たぶん五秒後。
「『なに』になれと言ったんでしょう。すみません、最近耳が遠いみたいで」
「恋人、だ。二回も言わせるな」
「言わせたのはそっちです。どう考えたって正気じゃないか、なにかの聞き間違いだと思うじゃないですか」
「なるほど、君は俺の正気を疑ったんだな」
「そうです。……あ」
「……正直なのは別に構わないが」
苦い顔をしたのを見て、こっちの方が複雑な気持ちだと訴えたくなる。
恋人はいないし、結婚の予定もない。だからといって、こんな形で男女の話が出なくてもいいだろう。
「変な誤解をしないでもらいたい。君にとっても悪い話じゃないだろう。さっきのアレがあった以上、嘘だと知られれば困る。あの後に別れてフリーになった、なんて言えば、また声をかけられかねないしな」
「だからって……」
(言っている意味は理解できる。またあんな風になるのは嫌、だけど)
「神宮寺さんのメリットはなんでしょう?」
どう考えてもそこが問題だった。
私のメリットは神宮寺さんの言う通り。恋人がいる、しかも神宮寺さんともなればさすがの高橋も手出しをしづらい。
なにか裏があるのでは? と考えて、神宮寺さんの言葉をもう一度振り返った。
「……三ヶ月の間、って言いましたっけ」
「ああ。その期日が俺のメリットだ」
話を促すために口をつぐむ。
「三ヶ月後、とある写真コンクールがある。テーマは『恋人』なんだが、俺には相手がいない。そのモデルを探していた……とまで言えばもうわかるだろう?」
「……私をモデルに? 現場には慣れていますが、撮られるのは素人ですよ」
「だからいい。恋人同士の間に、こなれた空気は必要ないだろう」
「それはそうかもしれませんが……」
「それに、俺は本物の恋人を望んでいない。あくまでモデルでいてもらわなきゃならないが、勘違いする女の方が多いからな」
(まあ、そうでしょうね)
高橋との一件がない状態でこんな提案をされれば、私だって勘違いしたに違いない。
仕事をするその姿に淡い思いを抱いていたなんて、気付かれないようにしなければ。
「理由もメリットもわかりました。でも、本当に私でいいんですか」
「ああ」
思ったよりも早く答えが返ってきた。
やや食い気味だったのが意外で、他になにを質問しようとしていたのか忘れてしまう。
私がそんな状態だとも知らず、神宮寺さんは嘘のない笑みを口元に浮かべた。
「君がいい」
こんな風に笑うのか――と思ったときにはもう遅かった。
「わかりました。お引き受けします」
滑るように提案を飲み込んで、高鳴る胸を押さえている。
(君がいいなんて言われて、断れる?)
都合がよかったという意味でもなんでもいい。
その言葉が私の背中を押してしまったのは間違いない。
「じゃあ、今日から三ヶ月、俺と君は恋人だ」
――こうして、私たちの三ヶ月間の契約が始まったのだった。
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