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契約は少し強引に
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「…………は」
間の抜けた声は、私が出したのか、それとも高橋が出したのか、どっちだったのだろう。
爆弾発言を落とした神宮寺さんは、その場の凍り付いた空気にも構わず、まっすぐこちらに向かって歩いてくる。
そして、誰も見たことがないと噂だった笑顔を見せてきた。
「今日は一緒に帰ろうと思って。まだかかりそうか?」
――私はひどく頭を抱えていた。
記念日にさえ来ないおしゃれなレストランも、目の前に並ぶご馳走も、まったく気にならないぐらいに。
「……先ほどはありがとうございました。でも、なんなんですか、恋人って」
もちろん、私をここまで連れてきたのは神宮寺さんだった。
渡りに船と演技に乗ったはいいものの、いざことが落ち着いてみればこの人はこの人でなにを言っているんだという話である。
「他にあの場を乗り切れそうな嘘が思いつかなかったからな」
今はもうすっかりいつもの仏頂面に戻っている。あの瞬間見せた笑顔は、たぶん幻覚だったのだろう。
「だからって……」
「じゃあ、止めない方がよかったのか?」
「……そういうわけではありませんが」
そう言ってから、この人にあの話を聞かれていたのだと気付く。
「聞こえて……いたんですね」
「……そうだな」
「……他に聞いていた人はいますか?」
「いや。俺だけだろうな」
(それなら、まだよかった)
下劣なクズ男が勝手に自爆するのは構わないが、あんな話が事務所で行われたというのは知られたくなかった。
言われる方にもそれだけの理由があったのではないか――なんて、誰かに思われでもしたら辛すぎる。
思い返して、無意識に自分を抱き締めた。
「本当に……ありがとうございました。あのまま助けてもらわなければ、私……」
「あいつに乗っていた、と」
「…………」
「まあ、断れないだろうしな」
私より長く業界にいるだけあって、よくわかっている。
確か四つ年上だったか。
フォトグラファーと私ではまた立場が違ってくるだろうけれど、この世界にいれば聞こえてくる話も嫌になるくらいある。
だからきっと助けてくれた。
ほとんど関わりのない、名前すら知らないような他人でも。
(……ああ、困ったな)
仕事振りに尊敬して、ときどきスタジオで撮影するその姿に見とれて、いつしか心ごと惹かれていた。
こんな形で距離が近付くとは思わず、憧れが強い想いに――。
「となると、君は俺に借りができたわけだ」
「…………ん?」
いったん、思考を停止させる。
「借り、とはどういうことでしょう」
「そのままの意味だが? 君は俺になにかしら感謝の気持ちを見せる必要がある。そうだろう?」
――前言撤回。憧れも強い想いも、まとめてゴミ箱行き決定だ。
「……お言葉ですが、それは高橋――さんとなにも変わらないのではありませんか」
「俺をあんな男と一緒にするな」
(一緒だと思ったから言ってるんですけどね)
一難去ってまた一難とはこのことか。
額を押さえ、溜息を吐く。
「……感謝でも誠意でも変わらないです。私になにをしてほしいのか、わかりやすくはっきり言ってください」
「わかった」
なにが来ても驚かない、と神宮寺さんの瞳を見つめ返す。
悔しいことに目が合っただけで胸がざわついた。
「三ヶ月の間、俺の恋人になってくれ」
間の抜けた声は、私が出したのか、それとも高橋が出したのか、どっちだったのだろう。
爆弾発言を落とした神宮寺さんは、その場の凍り付いた空気にも構わず、まっすぐこちらに向かって歩いてくる。
そして、誰も見たことがないと噂だった笑顔を見せてきた。
「今日は一緒に帰ろうと思って。まだかかりそうか?」
――私はひどく頭を抱えていた。
記念日にさえ来ないおしゃれなレストランも、目の前に並ぶご馳走も、まったく気にならないぐらいに。
「……先ほどはありがとうございました。でも、なんなんですか、恋人って」
もちろん、私をここまで連れてきたのは神宮寺さんだった。
渡りに船と演技に乗ったはいいものの、いざことが落ち着いてみればこの人はこの人でなにを言っているんだという話である。
「他にあの場を乗り切れそうな嘘が思いつかなかったからな」
今はもうすっかりいつもの仏頂面に戻っている。あの瞬間見せた笑顔は、たぶん幻覚だったのだろう。
「だからって……」
「じゃあ、止めない方がよかったのか?」
「……そういうわけではありませんが」
そう言ってから、この人にあの話を聞かれていたのだと気付く。
「聞こえて……いたんですね」
「……そうだな」
「……他に聞いていた人はいますか?」
「いや。俺だけだろうな」
(それなら、まだよかった)
下劣なクズ男が勝手に自爆するのは構わないが、あんな話が事務所で行われたというのは知られたくなかった。
言われる方にもそれだけの理由があったのではないか――なんて、誰かに思われでもしたら辛すぎる。
思い返して、無意識に自分を抱き締めた。
「本当に……ありがとうございました。あのまま助けてもらわなければ、私……」
「あいつに乗っていた、と」
「…………」
「まあ、断れないだろうしな」
私より長く業界にいるだけあって、よくわかっている。
確か四つ年上だったか。
フォトグラファーと私ではまた立場が違ってくるだろうけれど、この世界にいれば聞こえてくる話も嫌になるくらいある。
だからきっと助けてくれた。
ほとんど関わりのない、名前すら知らないような他人でも。
(……ああ、困ったな)
仕事振りに尊敬して、ときどきスタジオで撮影するその姿に見とれて、いつしか心ごと惹かれていた。
こんな形で距離が近付くとは思わず、憧れが強い想いに――。
「となると、君は俺に借りができたわけだ」
「…………ん?」
いったん、思考を停止させる。
「借り、とはどういうことでしょう」
「そのままの意味だが? 君は俺になにかしら感謝の気持ちを見せる必要がある。そうだろう?」
――前言撤回。憧れも強い想いも、まとめてゴミ箱行き決定だ。
「……お言葉ですが、それは高橋――さんとなにも変わらないのではありませんか」
「俺をあんな男と一緒にするな」
(一緒だと思ったから言ってるんですけどね)
一難去ってまた一難とはこのことか。
額を押さえ、溜息を吐く。
「……感謝でも誠意でも変わらないです。私になにをしてほしいのか、わかりやすくはっきり言ってください」
「わかった」
なにが来ても驚かない、と神宮寺さんの瞳を見つめ返す。
悔しいことに目が合っただけで胸がざわついた。
「三ヶ月の間、俺の恋人になってくれ」
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