【R18】きみを抱く理由

さくら蒼

文字の大きさ
上 下
5 / 81
契約は少し強引に

しおりを挟む
「…………は」

 間の抜けた声は、私が出したのか、それとも高橋が出したのか、どっちだったのだろう。
 爆弾発言を落とした神宮寺さんは、その場の凍り付いた空気にも構わず、まっすぐこちらに向かって歩いてくる。
 そして、誰も見たことがないと噂だった笑顔を見せてきた。

「今日は一緒に帰ろうと思って。まだかかりそうか?」


 ――私はひどく頭を抱えていた。
 記念日にさえ来ないおしゃれなレストランも、目の前に並ぶご馳走も、まったく気にならないぐらいに。

「……先ほどはありがとうございました。でも、なんなんですか、恋人って」

 もちろん、私をここまで連れてきたのは神宮寺さんだった。
 渡りに船と演技に乗ったはいいものの、いざことが落ち着いてみればこの人はこの人でなにを言っているんだという話である。

「他にあの場を乗り切れそうな嘘が思いつかなかったからな」

 今はもうすっかりいつもの仏頂面に戻っている。あの瞬間見せた笑顔は、たぶん幻覚だったのだろう。

「だからって……」
「じゃあ、止めない方がよかったのか?」
「……そういうわけではありませんが」

 そう言ってから、この人にあの話を聞かれていたのだと気付く。

「聞こえて……いたんですね」
「……そうだな」
「……他に聞いていた人はいますか?」
「いや。俺だけだろうな」

(それなら、まだよかった)

 下劣なクズ男が勝手に自爆するのは構わないが、あんな話が事務所で行われたというのは知られたくなかった。
 言われる方にもそれだけの理由があったのではないか――なんて、誰かに思われでもしたら辛すぎる。
 思い返して、無意識に自分を抱き締めた。

「本当に……ありがとうございました。あのまま助けてもらわなければ、私……」
「あいつに乗っていた、と」
「…………」
「まあ、断れないだろうしな」

 私より長く業界にいるだけあって、よくわかっている。
 確か四つ年上だったか。
 フォトグラファーと私ではまた立場が違ってくるだろうけれど、この世界にいれば聞こえてくる話も嫌になるくらいある。
 だからきっと助けてくれた。
 ほとんど関わりのない、名前すら知らないような他人でも。

(……ああ、困ったな)

 仕事振りに尊敬して、ときどきスタジオで撮影するその姿に見とれて、いつしか心ごと惹かれていた。
 こんな形で距離が近付くとは思わず、憧れが強い想いに――。

「となると、君は俺に借りができたわけだ」
「…………ん?」

 いったん、思考を停止させる。

「借り、とはどういうことでしょう」
「そのままの意味だが? 君は俺になにかしら感謝の気持ちを見せる必要がある。そうだろう?」

 ――前言撤回。憧れも強い想いも、まとめてゴミ箱行き決定だ。

「……お言葉ですが、それは高橋――さんとなにも変わらないのではありませんか」
「俺をあんな男と一緒にするな」

(一緒だと思ったから言ってるんですけどね)

 一難去ってまた一難とはこのことか。
 額を押さえ、溜息を吐く。

「……感謝でも誠意でも変わらないです。私になにをしてほしいのか、わかりやすくはっきり言ってください」
「わかった」

 なにが来ても驚かない、と神宮寺さんの瞳を見つめ返す。
 悔しいことに目が合っただけで胸がざわついた。

「三ヶ月の間、俺の恋人になってくれ」
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

決して飼いならされたりしませんが~年下御曹司の恋人(仮)になります~

北館由麻
恋愛
アラサーOLの笑佳は敬愛する上司のもとで着々とキャリアを積んでいた。 ある日、本社からやって来たイケメン年下御曹司、響也が支社長代理となり、彼の仕事をサポートすることになったが、ひょんなことから笑佳は彼に弱みを握られ、頼みをきくと約束してしまう。 それは彼の恋人(仮)になること――!? クズ男との恋愛に懲りた過去から、もう恋をしないと決めていた笑佳に年下御曹司の恋人(仮)は務まるのか……。 そして契約彼女を夜な夜な甘やかす年下御曹司の思惑とは……!?

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

世界くんの想うツボ〜年下御曹司との甘い恋の攻防戦〜

遊野煌
恋愛
衛生陶器を扱うTONTON株式会社で見積課課長として勤務している今年35歳の源梅子(みなもとうめこ)は、五年前のトラウマから恋愛に臆病になっていた。そんなある日、梅子は新入社員として見積課に配属されたTONTON株式会社の御曹司、御堂世界(みどうせかい)と出会い、ひょんなことから三ヶ月間の契約交際をすることに。 キラキラネームにキラキラとした見た目で更に会社の御曹司である世界は、自由奔放な性格と振る舞いで完璧主義の梅子のペースを乱していく。 ──あ、それツボっすね。 甘くて、ちょっぴり意地悪な年下男子に振り回されて噛みつかれて恋に落ちちゃう物語。 恋に臆病なバリキャリvsキラキラ年下御曹司 恋の軍配はどちらに? ※画像はフリー素材です。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

処理中です...