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契約は少し強引に
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(……今日は本当に散々だった)
あの後、アキくんにはこってり言い聞かせた。
とはいえ、どこまで通用しているのか怪しい。
彼は自分のしたいようにするし、そんな姿が好かれ、望まれている。あまり私が舵を取っていいキャラではない。
(いい子……ではあるんだけど)
たった二つしか違わない相手にそんな感想を抱きながら、やっとの思いで夜を迎えた。
明日の心配をしながら事務所のドアをくぐろうとしたそのとき。
「相模さん、ちょっと」
「なんでしょう?」
上司に声を掛けられ、出ようとした足を引っ込める。
「高橋さんが話したいらしいから。たぶん、アキくんのこと」
「高橋さんって、まさか」
「そう、あのプロデューサーの」
(……わあ)
いくつもの人気番組を同時進行している敏腕プロデューサーとして業界では有名なだった。
アキくんが関係した話となれば、きっと番組の出演に関することだろう。というより、他にない。
「すぐに向かいます」
「うん、よろしく」
今まで、徐々に人気は出ても大きな出番のなかったアキくん。
ここであの高橋さんが作る番組に出られるとなれば、一気に知名度が増すだろう。
(……よし)
これはもう帰っている暇ではない。
仕事に生きる女として、なにがなんでもアキくんの未来をつかみ取らねばいけなかった。
――と、張り切っていたにも関わらず。
「……つまりそれは、『枕営業』というものですか」
話を聞いた私は、聞けずにいたそれをついに尋ねてしまった。
「いやいや、そういうわけじゃないんだよ。ただ、いろいろと便宜を図るにはメリットが欲しいなって話で」
(……タンスの角に小指をぶつければいいのに)
つまるところ、こういうことだった。
新しく番組を作る予定がある。どうせならこの事務所からアイドルの子をメインとして使いたい。売り出し中の子となるとアキくんが候補に入っているが、正直、他の子とも迷っている。もしアキくんを使うにあたってプラスになるものがあれば、間違いなく決め打つのだが……。
――どうしてもアキくんを売り出したいなら、マネージャーの私に身体を売ってほしい。そうすれば望み通りにしよう。
(本当に、心の底から、軽蔑した)
面と向かって言えない分、心の中で噛み締める。
敏腕プロデューサーの裏側がこんな下劣だったとは思いもしなかった。
尊敬していた部分もあったのに、今、この瞬間木っ端みじんに砕け散った。尊敬していた、なんて過去は綺麗さっぱり消し去って下水道に流してしまいたい。
「……私に見せられる誠意がないと言った場合、どうなりますか」
わかっていて、そう聞く。
「それはまあ……もちろん、アキくんの起用は難しくなるだろうね。今回だけでなく、今後も」
(……もっと言えば、今後の業界で、ってことね)
そういうことがまかり通る業界だというのは知っていたつもりだった。
かつて声をかけられたあのときのおぞましさが、今また新しくよみがえる。
「私は――」
言いかけた言葉を飲み込む。
無遠慮で汚らわしい手が私の肩を掴んでいた。
「アキくんの将来は、相模さんにかかってるんだよ」
わかりました、なんて言えば今すぐこの場で押し倒されるのではないだろうか。
そう思ってしまうほど、高橋さん――もはやさん付けすることすら忌々しい――は鼻息を荒くしていた。
「わかるよね、相模さん」
手を振り払えればどんなによかったか。
たとえ切り刻んでゴミ箱に捨てたくなるような男でも、業界ではかなりの影響力がある。
アキくんを潰すことなんてたやすいだろう。下手をすればうちの事務所自体、この男によって消されてしまうかもしれない。
(どうして私が)
今ほどそう言いたくなるときはなかった。
――しかし、私でよかったのかもしれない。
(……恋人はいない。結婚の予定もない。これからもずっとずっと。……だったら、ここで条件を飲んだ方がこの先みんなのためになるんじゃないの)
数年前、俳優のあの人に声をかけられたときは逃げてしまった。
まだ業界にキラキラしたものだけを見ていた、悲しいくらい若い頃だったから。
でも今の私はもう、華やかさの裏側を知っている。
(……あーあ)
なんだかとても馬鹿らしくなってしまった。
どうでもいい、と笑えてきてしまうぐらいに。
溜息を、ひとつ。
こんな安い身体でアキくんの、そして事務所の未来が買えるのなら充分すぎるに違いない――。
「――失礼します」
ノックと同時に声が聞こえた瞬間、高橋の手が私の肩をぱっと離れた。
返事も待たず入ってきたのは、まさかの神宮寺さん。
「ど――うかしたのかい、神宮寺くん」
「いえ」
神宮寺さんの視線が高橋から私へ移る。
少し眉を寄せたように見えたのは果たして気のせいか。
しかし、すぐ――鼻で笑う。
「恋人を迎えに来たんです」
あの後、アキくんにはこってり言い聞かせた。
とはいえ、どこまで通用しているのか怪しい。
彼は自分のしたいようにするし、そんな姿が好かれ、望まれている。あまり私が舵を取っていいキャラではない。
(いい子……ではあるんだけど)
たった二つしか違わない相手にそんな感想を抱きながら、やっとの思いで夜を迎えた。
明日の心配をしながら事務所のドアをくぐろうとしたそのとき。
「相模さん、ちょっと」
「なんでしょう?」
上司に声を掛けられ、出ようとした足を引っ込める。
「高橋さんが話したいらしいから。たぶん、アキくんのこと」
「高橋さんって、まさか」
「そう、あのプロデューサーの」
(……わあ)
いくつもの人気番組を同時進行している敏腕プロデューサーとして業界では有名なだった。
アキくんが関係した話となれば、きっと番組の出演に関することだろう。というより、他にない。
「すぐに向かいます」
「うん、よろしく」
今まで、徐々に人気は出ても大きな出番のなかったアキくん。
ここであの高橋さんが作る番組に出られるとなれば、一気に知名度が増すだろう。
(……よし)
これはもう帰っている暇ではない。
仕事に生きる女として、なにがなんでもアキくんの未来をつかみ取らねばいけなかった。
――と、張り切っていたにも関わらず。
「……つまりそれは、『枕営業』というものですか」
話を聞いた私は、聞けずにいたそれをついに尋ねてしまった。
「いやいや、そういうわけじゃないんだよ。ただ、いろいろと便宜を図るにはメリットが欲しいなって話で」
(……タンスの角に小指をぶつければいいのに)
つまるところ、こういうことだった。
新しく番組を作る予定がある。どうせならこの事務所からアイドルの子をメインとして使いたい。売り出し中の子となるとアキくんが候補に入っているが、正直、他の子とも迷っている。もしアキくんを使うにあたってプラスになるものがあれば、間違いなく決め打つのだが……。
――どうしてもアキくんを売り出したいなら、マネージャーの私に身体を売ってほしい。そうすれば望み通りにしよう。
(本当に、心の底から、軽蔑した)
面と向かって言えない分、心の中で噛み締める。
敏腕プロデューサーの裏側がこんな下劣だったとは思いもしなかった。
尊敬していた部分もあったのに、今、この瞬間木っ端みじんに砕け散った。尊敬していた、なんて過去は綺麗さっぱり消し去って下水道に流してしまいたい。
「……私に見せられる誠意がないと言った場合、どうなりますか」
わかっていて、そう聞く。
「それはまあ……もちろん、アキくんの起用は難しくなるだろうね。今回だけでなく、今後も」
(……もっと言えば、今後の業界で、ってことね)
そういうことがまかり通る業界だというのは知っていたつもりだった。
かつて声をかけられたあのときのおぞましさが、今また新しくよみがえる。
「私は――」
言いかけた言葉を飲み込む。
無遠慮で汚らわしい手が私の肩を掴んでいた。
「アキくんの将来は、相模さんにかかってるんだよ」
わかりました、なんて言えば今すぐこの場で押し倒されるのではないだろうか。
そう思ってしまうほど、高橋さん――もはやさん付けすることすら忌々しい――は鼻息を荒くしていた。
「わかるよね、相模さん」
手を振り払えればどんなによかったか。
たとえ切り刻んでゴミ箱に捨てたくなるような男でも、業界ではかなりの影響力がある。
アキくんを潰すことなんてたやすいだろう。下手をすればうちの事務所自体、この男によって消されてしまうかもしれない。
(どうして私が)
今ほどそう言いたくなるときはなかった。
――しかし、私でよかったのかもしれない。
(……恋人はいない。結婚の予定もない。これからもずっとずっと。……だったら、ここで条件を飲んだ方がこの先みんなのためになるんじゃないの)
数年前、俳優のあの人に声をかけられたときは逃げてしまった。
まだ業界にキラキラしたものだけを見ていた、悲しいくらい若い頃だったから。
でも今の私はもう、華やかさの裏側を知っている。
(……あーあ)
なんだかとても馬鹿らしくなってしまった。
どうでもいい、と笑えてきてしまうぐらいに。
溜息を、ひとつ。
こんな安い身体でアキくんの、そして事務所の未来が買えるのなら充分すぎるに違いない――。
「――失礼します」
ノックと同時に声が聞こえた瞬間、高橋の手が私の肩をぱっと離れた。
返事も待たず入ってきたのは、まさかの神宮寺さん。
「ど――うかしたのかい、神宮寺くん」
「いえ」
神宮寺さんの視線が高橋から私へ移る。
少し眉を寄せたように見えたのは果たして気のせいか。
しかし、すぐ――鼻で笑う。
「恋人を迎えに来たんです」
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