【R18】きみを抱く理由

さくら蒼

文字の大きさ
上 下
4 / 81
契約は少し強引に

しおりを挟む
(……今日は本当に散々だった)

 あの後、アキくんにはこってり言い聞かせた。
 とはいえ、どこまで通用しているのか怪しい。
 彼は自分のしたいようにするし、そんな姿が好かれ、望まれている。あまり私が舵を取っていいキャラではない。

(いい子……ではあるんだけど)

 たった二つしか違わない相手にそんな感想を抱きながら、やっとの思いで夜を迎えた。
 明日の心配をしながら事務所のドアをくぐろうとしたそのとき。

「相模さん、ちょっと」
「なんでしょう?」

 上司に声を掛けられ、出ようとした足を引っ込める。

「高橋さんが話したいらしいから。たぶん、アキくんのこと」
「高橋さんって、まさか」
「そう、あのプロデューサーの」

(……わあ)

 いくつもの人気番組を同時進行している敏腕プロデューサーとして業界では有名なだった。
 アキくんが関係した話となれば、きっと番組の出演に関することだろう。というより、他にない。

「すぐに向かいます」
「うん、よろしく」

 今まで、徐々に人気は出ても大きな出番のなかったアキくん。
 ここであの高橋さんが作る番組に出られるとなれば、一気に知名度が増すだろう。

(……よし)

 これはもう帰っている暇ではない。
 仕事に生きる女として、なにがなんでもアキくんの未来をつかみ取らねばいけなかった。

 ――と、張り切っていたにも関わらず。

「……つまりそれは、『枕営業』というものですか」

 話を聞いた私は、聞けずにいたそれをついに尋ねてしまった。

「いやいや、そういうわけじゃないんだよ。ただ、いろいろと便宜を図るにはメリットが欲しいなって話で」

(……タンスの角に小指をぶつければいいのに)

 つまるところ、こういうことだった。
 新しく番組を作る予定がある。どうせならこの事務所からアイドルの子をメインとして使いたい。売り出し中の子となるとアキくんが候補に入っているが、正直、他の子とも迷っている。もしアキくんを使うにあたってプラスになるものがあれば、間違いなく決め打つのだが……。
 ――どうしてもアキくんを売り出したいなら、マネージャーの私に身体を売ってほしい。そうすれば望み通りにしよう。

(本当に、心の底から、軽蔑した)

 面と向かって言えない分、心の中で噛み締める。
 敏腕プロデューサーの裏側がこんな下劣だったとは思いもしなかった。
 尊敬していた部分もあったのに、今、この瞬間木っ端みじんに砕け散った。尊敬していた、なんて過去は綺麗さっぱり消し去って下水道に流してしまいたい。

「……私に見せられる誠意がないと言った場合、どうなりますか」

 わかっていて、そう聞く。

「それはまあ……もちろん、アキくんの起用は難しくなるだろうね。今回だけでなく、今後も」

(……もっと言えば、今後の業界で、ってことね)

 そういうことがまかり通る業界だというのは知っていたつもりだった。
 かつて声をかけられたあのときのおぞましさが、今また新しくよみがえる。

「私は――」

 言いかけた言葉を飲み込む。
 無遠慮で汚らわしい手が私の肩を掴んでいた。

「アキくんの将来は、相模さんにかかってるんだよ」

 わかりました、なんて言えば今すぐこの場で押し倒されるのではないだろうか。
 そう思ってしまうほど、高橋さん――もはやさん付けすることすら忌々しい――は鼻息を荒くしていた。

「わかるよね、相模さん」

 手を振り払えればどんなによかったか。
 たとえ切り刻んでゴミ箱に捨てたくなるような男でも、業界ではかなりの影響力がある。
 アキくんを潰すことなんてたやすいだろう。下手をすればうちの事務所自体、この男によって消されてしまうかもしれない。

(どうして私が)

 今ほどそう言いたくなるときはなかった。
 ――しかし、私でよかったのかもしれない。

(……恋人はいない。結婚の予定もない。これからもずっとずっと。……だったら、ここで条件を飲んだ方がこの先みんなのためになるんじゃないの)

 数年前、俳優のあの人に声をかけられたときは逃げてしまった。
 まだ業界にキラキラしたものだけを見ていた、悲しいくらい若い頃だったから。
 でも今の私はもう、華やかさの裏側を知っている。

(……あーあ)

 なんだかとても馬鹿らしくなってしまった。
 どうでもいい、と笑えてきてしまうぐらいに。
 溜息を、ひとつ。
 こんな安い身体でアキくんの、そして事務所の未来が買えるのなら充分すぎるに違いない――。

「――失礼します」

 ノックと同時に声が聞こえた瞬間、高橋の手が私の肩をぱっと離れた。
 返事も待たず入ってきたのは、まさかの神宮寺さん。

「ど――うかしたのかい、神宮寺くん」
「いえ」

 神宮寺さんの視線が高橋から私へ移る。
 少し眉を寄せたように見えたのは果たして気のせいか。
 しかし、すぐ――鼻で笑う。

「恋人を迎えに来たんです」
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

決して飼いならされたりしませんが~年下御曹司の恋人(仮)になります~

北館由麻
恋愛
アラサーOLの笑佳は敬愛する上司のもとで着々とキャリアを積んでいた。 ある日、本社からやって来たイケメン年下御曹司、響也が支社長代理となり、彼の仕事をサポートすることになったが、ひょんなことから笑佳は彼に弱みを握られ、頼みをきくと約束してしまう。 それは彼の恋人(仮)になること――!? クズ男との恋愛に懲りた過去から、もう恋をしないと決めていた笑佳に年下御曹司の恋人(仮)は務まるのか……。 そして契約彼女を夜な夜な甘やかす年下御曹司の思惑とは……!?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...