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第2章 甘党くんとドライブデート!? 珍しい〈バウムクーヘン〉とは?

第12話 威力業務妨害!

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 声の主はわたしたちのすぐうしろ、プチガトーのショーケースの前に立っている大柄なおじさんだった。

 まだ真夏でもないのに派手なヤシの木柄のアロハシャツ。日に焼けた肌と頭に乗ったいかにもな感じのサングラスが余計に怖い。夢の国の雰囲気の中でその存在だけが異様に目立っていた。

 会計を終えたママは「外いこ」とわたしたちを促す。わたしもそれがいいと思った。だって怖いもん。関わりたくない、なるべく見ない方がいい。本能的にそう感じた。だけど……沢口くんが動かなかった。

「さ、沢口くんっ」

 わたしが呼んでも「待って」と低く言うだけ。え、まさか首を突っ込む気!? やだやだ、やめてよ。危ないよっ!

 怖いおじさんはショーケースを挟んだ向かいに立つ女性店員さんに向かって怒声を続けた。

「だから、今、取る時にあんた倒しただろそのケーキを! それ、買ってやるから割引してって言ってんの! わかんない?」

 言い分はともかく、すっごく威圧的で、要するに『ヤな感じ』の話し方だった。

「倒してしまったことは、お詫び申し上げます。ですがそれを割引してお売りすることは……」
「は? なに!? 聞こえないんだけど!」

 うわわ。怖い。こんなのわたしだったら泣いちゃうよう。

「そういったサービスは当店ではしておりませんので……」

 店員さんの声はとっても震えていた。うう、かわいそうで見ていられない。

「は? オレがいいって言ってんだから売れよ! おまえどうせそれ捨てんだろ!? もったいねーだろ! だったら数円でもカネもらって売ったほうが利益になんだろーがよ!」

「飾りが崩れたくらいで捨てたりはしませんよ?」

「…………は?」

 ほあおう! めまいがした。だって!

「多少の損壊なら簡単に直ります。さっき倒したってケーキがどんなふうになったか見てないんでわかんないですけど、ちょっと倒したくらいなら捨てるほど崩れたりしてないと思いますよ。まあ床に落ちたんなら無理だろうけど」

 ひいいいいっ! 沢口くんが止まらないんだもんんん!

「は、なにおまえ」
「だから床に落ちたケーキならタダでもらえるかもしんないっすね」
「はあ?」
「こういうの、店にめっちゃ迷惑だし見苦しいからやめたほうがいいよ。威力業務妨害《いりょくぎょうむぼうがい》」
「んだとてめえ!」「うわあああ! こわいようーっ!」

 途端に子どもらしく怖がってしゃがみ込んだ。……いや、その前に「威力業務妨害」とか大人みたいなこと言ってたよね?

(ちなみに威力業務妨害とは……うるさく騒いだり怖いことを言ったりして人のお仕事の邪魔をしちゃうわるいこと。警察に捕まったり罰金をとられたりするんだよ!)

「こ……子ども相手にやめてください! 警察呼びますよっ!」

 こうなればほかのお客さんたちも黙ってはいない。居心地がわるくなったらしいおじさんは「ちッ」と舌打ちをして混雑する店内のお客さんたちに避けられながらお店を出ていった。


「店員さん、すっごく感謝してたね」
「ヒーローみたいだったもん。沢口くん」

 わたしとママが順に言うと「あんまああいうことやるな』って言われてるんだけど」と照れくさそうに言う。

 たしかに、一歩間違えばすごく危ないもんね。わたしもハラハラしたもん。(だから絶対にマネはしないこと!)

「ああいうお客、どこにでもいるんで。うちにも来るらしいです。ナンクセつけてタダにしろだとか、お金返せだとか」

「そんなのの対応しなきゃなんないなんて、大変な仕事だよな」

 パパが苦く言うと沢口くんは「はは」と笑って「だけど」と言う。

「〈人の幸せにいちばん近い仕事〉だって、母はよく言ってます」

 ああ、そうだね。そうかもしれない。ケーキは、お菓子は、常に人の幸せに寄り添ってるものだもん。

「おれもなりたいんだよね。そんな、自分の仕事を誇れるような販売員に……母さんみたいに」

「……え?」

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