一番悪いのは誰

jun

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後味の悪いお茶会

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私は初めてあの人に会った時の恐怖を忘れない。
「よろしくお願いしますね」と笑顔を向けられた時、何故か全身に鳥肌が立った。
あまりの事に泣き出してしまい、ごめんなさいと謝ろうとした時のあの人の顔は歪んでいた。
その顔が忘れられず、その後からあの人には近付かなかった。
あの人はお兄様とジーノには微笑むのに、私にはフンと鼻で笑い、話す事もなかった。
お父様とお母様の前では愛想良く笑い、私にだけ陰で小さな嫌がらせをした。
誰も私の話しを信じず、あの人を信じた。
ジーノもあの人の側に侍り、お兄様まであの人の言うがままだった。
お兄様と結婚してからはお父様もお母様も変わってしまった。
だから私は離宮に籠った。

私一人ではどうにも出来なかった。
ファビオが動き出してからは早かった。
ローラ様の存在が大きかったのだろう。

お兄様の側近はリンカに言いなりだったけど、ファビオは違った。
リンカとは必ず手の届かない距離を保ち、決してリンカの目を見なかった。

そんなファビオに私は惹かれていた。

大勢の男性がリンカに惹かれている中で、ファビオだけはリンカを嫌っていたから、勝手に仲間意識もあったし、ひょっとしたら私を見てくれるかもと思った時があった。

でも、見てしまった。

ファビオが愛おしそうに見つめる女性がいる事を。
近衛隊に差し入れにきていたローラ様。
ファビオは一時も離さず、隊員達を牽制していた。
それを遠くから私は見ていた。

そうか…ファビオにはもう心に決めた人がいたからリンカの魅了に惑わされなかったんだ・・・・。

それから私は自分の宮に籠った。
そう私はリンカから逃げた。
何もせず、放置した。

そしてリンカの自作自演の犯人にされそうになって、ようやく事態が動いた。
よりにもよってファビオの結婚式の翌日にリンカはことを成した。
怒ったファビオの動きは早かった。
リンカに傅かない私に目をつけた。
そしてファビオはリンカの魅了を解除した。
それからは早かった。

私は何も出来なかった。
お兄様と側近達でほとんど解決してしまった。

知っていた私は何も出来ないまま。

そしてファビオの最愛のローラ様がリンカの犠牲になってしまった。

私とファビオの噂に傷付いていた時に。

私は噂が流れた時に、ほんの少し、ほんの少しだけ喜んでしまった。

その罰が下ったのだろう。

月に一度、ファビオとローラ様との仲睦まじい姿を見る事になった。

最初は辛かった。
見ていられなかった。
ローラ様が転びそうになる度、抱きしめるファビオを見るのは胸が苦しくなった。
何度も何度も繰り返し見せられる二人の姿に私は目を逸らした。

それでも何もしなかった私への罰だとローラ様の姿を見続けた。

二回目、三回目と見るうちに、ローラ様が倒れそうになると「あ!」と声が出た。

初めて足を動かせた時には拍手が自然と出た。
数歩歩き、杖で歩けるようになった時には、ただローラ様を応援している自分がいた。

立つだけで汗だくになっていたローラ様が杖をついて歩いた時は涙が出た。

それからもローラ様は月に一度の庭園の散歩を続けていたが、人の手を借りずに杖だけで歩けるようになった頃、リンカの事件に関わっていた人達と、一人ずつお茶を飲むようになった。
最初一人はジーノだった。

窓から見ていたジーノは、ローラ様と何かを話した後、泣いていた。
ジーノの側まで行き、ローラ様は泣き止むまでジーノの背中を、トントン、トントンと子供をあやすように優しく叩いていた。

ローラ様は私を許してくれるだろうか…。
ふとそんな事を思った。

私とファビオの噂はローラ様を深く傷付けただろう。
そんな私とお茶を飲んでくれるのだろうか…。

来月、呼ばれるのは私だろう。
ローラ様は私に何を話すだろう。

1カ月後のお茶会を思うと、少し怖くなった。
そしてお茶会の日になった。



「ローラ様、今日はお招き頂きありがとうございます。」

「フェデリカ様、お越し下さりありがとうございます。」

「ローラ様・・私、どうしてもローラ様に謝りたい事があるのです・・・」

「事件とは別に、ですか?」

「はい…私…リンカに惑わされないファビオに惹かれていたのです…。
私…あの噂…少し、少しですよ!
喜んでしまったんです…ごめんなさい、ローラ様…ローラ様はその事で苦しんでいたのに…ごめんなさい…。」

「フフ、フェデリカ様、そんな顔しないで下さい。
確かに連絡が取れない状況でしたから、不安にもなりましたが、ファビオですよ、それこそ魅了にでもかからなければ浮気なんてしまさんし、逆に、フェデリカ様のような王女様に好かれるなんて名誉な事ですよ。

フェデリカ様は好きだからと、ファビオを妃殿下のように誘惑した訳でもないのです。
そんな死にそうな顔をする必要なんかないですよ。フェデリカ様はとても優しい方なんですね…。
一年半、気にして下さっていたなんて私の方こそ謝らなければなりません。

フェデリカ様、フェデリカ様の気持ちも考えず、私は一年半もフェデリカ様にお辛い思いをさせてしまいました、申し訳ございませんでした。」
と頭を下げたローラ様。

「ローラ様!おやめ下さい!ローラ様が謝る事ではございません!
私が勝手に後ろめたい気持ちになっていただけです!」

「フェデリカ様、私は一年半前、私に謝罪するのは元妃殿下と実行犯です、歩けるようになったら褒めて下さいと言いました。

謝罪されたら私は許さなければなりませんし、王女様に謝られたら、普通は私のように自分の方こそ悪いのだと頭を下げねばなりません。
あまり良い気持ちにはお互いなりませんよね?
ですから例えそう思っていても、謝らないで下さい。
本当に悪い事をした時に謝って下さい。

この一年半、フェデリカ様は私の姿を見る度にそのように思っていただけなのですか?
私の歩く訓練はフェデリカ様に何も響かなかったのですね・・・。
ただ罪悪感だけを抱えて見ていただけだったのですね…。」

「違います!ローラ様の姿は城にいる皆に元気や勇気をもらいました!」

「フェデリカ様は?フェデリカ様はどのように思われたのですか?」

「私も勿論、元気を頂きましたし、頑張ろうと思いました!」

「何を頑張ったのですか?私の姿を見て何を感じ、何をしようと思ったのですか?」

「それは・・・」

「私は最初の一、二回は皆さんに見せつける為に来ていましたが、段々出来る事が増えていくと、皆さんに報告しているつもりでここに来るようになりました。
“今月はここまで出来るようになりました!、来月はもっと良い報告が出来るよう頑張ります!”という気持ちで来ていたのです。
知らない方々に“頑張って”と声をかけて頂けるようになって、それが私の活力になりました。
皆さんも罪悪感を持ちながらも応援してくれていると思っていました。

フェデリカ様、反省する時間は終わって先に進みましょう。
私はもう怒りも恨みもありません。
ただ歩けるようになりたい、それだけです。
次、またお茶を飲んで頂ける機会がありましたら、その時は、こんなに歩けるようになったのかと褒めて頂けますか?」

「はい・・・私は一年半もの間、何も学習していなかったのですね・・ローラ様が全身で私達に伝えていた事を何も受け取っていませんでした…。
次、お会いした時はローラ様に褒めて頂けるような報告をしたいと思います。
そして次こそ、楽しいお茶会にしてみせます。」

「偉そうな事を言ってしまい、申し訳ありませんでした。
でもフェデリカ様とこうしてお話し出来て嬉しかったです。
次、楽しみにしていますね。」


こうして初めてのローラ様のお茶会は苦いものとなった。
ローラ様に言われた通りだ…。
私はただ、申し訳ない、ごめんなさい、とそればかり考えながらローラ様の姿を見ていた。
ジーノはローラ様を見てから、今までと違ってお兄様への劣等感がなくなった。
自分で今しなければならない事を意欲的に行っていた。
私は通常業務しかしていなかった。
ジーノは、
「ローラ先生に褒められた!」
と私に自慢していた。
なのに私はローラ様に頭を下げさせてしまった。
あんなに頑張った人に…。

恥ずかしい・・・。

次のお茶会こそは絶対ローラ様に褒めてもらえるようにしようと心に誓った。















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